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16:兄を結婚式に参加させたい(2)

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「と、いうことがあったのよ」

 雨が降る6月の午後。駅にあるカフェでガトーショコラを食べながら、私は招待状事件の話を無難な茶髪に染め直した大志たいしに話した。
 ザーッと降る雨がテラス席のテントを激しく打ち付ける。おしゃれな長靴を履いてきて正解の天気だ。

「それがどうした?」

 頬杖をつき、ブラックコーヒーを飲む彼は一つの傘の中で誰かを待つ男女を眺めながら聞いてくる。
 
「だからね、要するに東京についてきて欲しいって話」
「大事なところを端折り過ぎや、阿保」

 ふぅ、ため息をこぼし、ティーカップを置くと大志たいしは詳細を話せとでも言わんばかりに顎をくいっと上げた。
 私はカバンから例の招待状を取り出すと、それを彼に見せる。

「兄がこの結婚式に出席します」
「そうか」
「そのため、兄は再来週の土曜日に東京へ行きます」
「おう」
「母は金曜日から出張で帰るのは早くても土曜日の夜中です」
「…それで?」
「だから仕方なく祖母の家に行くことになってたんですけど、まさかの祖母が急遽入院しまして…」

 ここまで言うと、大志たいしは全てを察してくれた。

「兄貴は妹が家に一人になるのなら行かないと言っていると」
「そういうことです」

 私は両手で顔を覆い、兄が過保護で困ると嘆いた。

 そんなに心配なら友人の家に泊まると言っても、自分の知らない友人の家はダメだと言うし、じゃあ大志たいしの家に泊まると言うと、男はダメだと言う。彼氏(仮)なんだから良いではないかと思う。

 そんなに否定されたら、どうもしようがない。
 あとは私が兄と共に結婚式に出席する以外に打つ手がない。だが呼ばれてもいない人間が出席するなど不可能なわけで…。
 結局、兄は結婚式を欠席すると言い出した。母も兄が心配なら仕方がない、と何故かあちら側の味方だ。

「四面楚歌って言うんだっけ?こういうの」

 私は頬杖をつき、アイスカフェ・オ・レのグラスに刺さっているストローを回す。

「それでもう東京まで着いて行くしかないと?」
「そう。だから、私は東京まで着いて行く案を提示したんだけど…」
「でも兄貴は結婚式に出席してる間に一人になるのも許さへんと」
「そうなのよぉ!一人で大都会東京を散策とかすると迷子になるからとか言うの!これでも中3までその大都会に住んでたのに!」

 私がドンと机を叩くと空のケーキのお皿が少し跳ねた。少し強く叩きすぎたようだ。騒いでごめん、マスター。

「それならホテルでおとなしくしとくとか…」
「それはやだ。どうせなら観光したい」
「わがままかよ。じゃあ、親父さんに頼めば?」
「お父さんは接待ゴルフだそうです」
「ことごとくタイミングが悪いな、全員」
「神の見えざる手が働いているのよ」
「それ、使い方合っとる?」
「知らないけど…、ねえ、お願い!お兄ちゃんは大志たいしがついてくるなら行くって言ってるの!」

   神に手を合わせるように、私は目の前の大志たいし大明神様に手を合わせた。
 せっかく兄が昔の友人に会えるチャンスを私は潰してほしくない。
 懇願する私に根負けしたのか彼は観念したように息を吐き出すと『わかった』と言ってくれた。

「ほんと!?」
「ああ」
「ありがとう!あ、新幹線とかホテルの手配はこっちでするから任せてね」
「おう」
「あ、どこ観光したいか考えておいてね!」
「ういっす」

   無愛想に返事をする大志たいしだが、チラリと見えたスマホの検索画面には『東京 観光 デート』という文字があった。
 話を持ちかけた瞬間から行く気あっただろう、絶対…。

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