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10:ボーイズビーアンビシャス(4)

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 大志たいしが帰る間際、返却する本が一冊足りないことに気づいた私は自室に戻った。
 だが、部屋のどこを探しても本がない。

「お兄ちゃんの部屋かな?」

 そういえば兄も読んでいたことを思い出した私は、部屋の前で待っていた彼とともに隣の兄の部屋に入った。
 部屋にあった紙に『漫画どこ?』と書いて、ベランダで電話している兄に見せる。兄は煩わしそうに、『ちょっと待て』とジェスチャーで返した。

「本棚?」
「多分そうだろうけど、勝手に漁ったら怒られるよ」
「漫画一冊取るだけでなんやから、大丈夫やって」

 大志たいしはそう言うと、カーテンの掛けられた本棚を探し始めた。私は一応止めたので、怒るのは彼だけで頼みたい。
 
「…あった」

 大志たいしが驚いたような声を上げる。どうやらあったらしい。
 私は手招きする彼の元へ行く。すると、本棚の一番下に私の中学の卒業アルバムが置いてあった。

「あったって、そっち?」
「見ていい?」
「別に良いけど…」

 座椅子に腰掛け、嬉しそうにアルバムを開く大志たいし。何がそんなに嬉しいのだろう。
 私はベッドに座り、兄の目を盗みつつ、目視で漫画を探した。

「それにしても、お兄ちゃんも見つけてたなら教えてくれても良いのにね」
「忘れてたんやろ。何組?」
「さっき話題に出したのに?えーっと、確か5組だったはず」
「そういうのって、後からあー!って思い出すもんやん?つーか、いなくね?本当に5組?」
「そう言われると不安になるじゃん。ちょっと見せて」

 私は我の肩口からアルバムを覗き込む。中三の時は確かに5組だったと言う記憶があるが、記憶力が悪いため自信がない。
 あ行から指でなぞり、自分の名前を探した私は、『春日結かすがゆい』という名前の箇所で指を止めた。
 
「あった。親が離婚したから苗字が違うけど、これだよ」

 その眼鏡でおかっぱ頭の芋っぽい女子中学生が私だ。今より10キロは太っている。
 大志たいしはそんな中学時代の私を見て、一瞬固まった。悪かったな、ブサイクで。

「見違えるほど綺麗になっただろうが」

 私は彼の後頭部を軽く小突く。すると彼は、ハッとしたように『そうだな』と言った。

「そんなに意外だった?」
「まあ、それなりに」

 室内に気まずい空気が流れる。そんなにがっかりさせてしまっただろうか。もしや、先程兄が中学時代の私を可愛いと言ったせいで期待していたのかも知れない。そう考えると、なんだか申し訳ない気持ちになる。
 何か話題を変えようと私が口を開いた時、不意にベランダの窓が開いた。

「なーに勝手に人の部屋を漁ってんだよ」
「あ、すんません」

 兄はアルバムを取り上げるとひどく冷たい目で大志たいしを見下ろす。
 ほら、やっぱり勝手に漁ると怒られるではないか。私は友人を守るために彼と兄の間に立ち、貼り付けた笑顔で兄に話しかけた。

「卒アル、ここにあったんだね」
「ああ、さっきお前が話してたから探してみたら見つかったんだ」
「へぇ、ありがとう」
「どういたしまして」
「でも、結局どこにあったの?」
「ん?俺のほぼ使っていない衣装ケースの中」
「あー、それは見つからないはずだわ」

 年中スウェットか高校の時のジャージしか着ない兄が、クローゼットの奥の方にある衣装ケースを開けることは滅多にない。気がつかなくても当然だ。
 私はついでだから、これを機に一度いらない衣服を捨てて新しい服を買い、そして外に出ようと提案した。だが兄は流されないぞとアルバムで私の頭を軽く叩いた。軽くても結構痛い。

「おい、漫画はそこにあるから持っていけ」

 兄は本棚の1番上に積み重なっている、まだ包装のビニールも開けていない漫画と漫画の間に挟まっている本を指さした。
 そして、クイっと顎を上げて早く部屋から出るように促す。
 そんなに勝手に探したことを怒っているのだろうか。短気な男だ。
 部屋を出る直前、兄は大志たいしの首根っこを掴み、低く囁いた。
 
「おい」
「は、はい…」
「今見たことは忘れろ。友人でい続けたいのなら、記憶から抹殺しろ」
「…はい」
「え、流石にひどくない?お兄ちゃん」

 脅しかのように、中学時代のブスな私を記憶から消せという兄。
 中学時代の私は、それを知ってしまったら友人でいられなくなってしまうほどひどいものらしい。だんだん悲しくなってきた。
 違う、そういうことじゃないと顔の前で手を振り、焦る大志たいしの姿がより私を惨めにさせた。
 兄はそんな私の肩にポンと手を置き、慰めるような口調で言う。

「中学時代のお前と今のお前はギャップがありすぎるからな。男は女に夢見るもんだ」
「どういう意味よ。ほんと嫌い。お兄ちゃんなんか嫌い」
「嫌いって言うな。あれだよ、つまりは今がめちゃくちゃ可愛いってことだよ」
「そういうこと言えば私の機嫌が治ると思ったら大間違いだぞ、馬鹿野郎」
「いや、兄貴の言う通りやぞ。今のゆいはめっちゃ可愛い」
「じゃあ昔は?」
「それは…」
「はい、言葉に詰まった!もう処刑!ほんと処刑!」

 私は大志たいしの両頬を引っ張ってやった。意外とよく伸びる。
 本当に腹が立ったので、結局この日はもう帰らなければならないと言う彼をを引き留め、もう一戦、今度はスライムが落ちてくるだけのゲームで対戦した。
 
 
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