上 下
6 / 42

6:今年の桜はもうすぐ散る(2)

しおりを挟む
 端的に言うと、『最強の防犯とは家に人がいるということである。だから俺は家を守るために家から出ない』というのが兄の主張だった。
 今までのブログ記事の中で過去1番にくだらない内容だ。私は私の貴重な時間を無駄にしたことを後悔した。

「ほんと、屁理屈しか言わない」

    思わず声に出してしまい、私は慌てて手で口を塞ぐ。そして何食わぬ顔でベンチに腰掛けた。

(…少し外に出るだけでも、世界には癒しが溢れているというのに)

 駅から徒歩2分のマンション。私たち家族が住むそこの敷地内にある公園には、今日も癒しが溢れている。
 無邪気に遊ぶ幼な子たちの可愛らしい姿や、風が吹くとひらひらと舞う桜の花びら。
 赤く染まった空に、もうすぐ夕飯だとベランダから子どもを呼ぶ母親の姿。
 そして、今にも転びそうな拙い歩き方、走るたびにぷるぷると揺れるもちもちの頬の幼女と、その幼い妹を抱き上げる兄。
 
(かわいい…)
 
 かわいいの権化。子どもは本当に癒しだ。最強である。
 妹を可愛がるあのお兄ちゃんは小学校4年生くらいだろうか。妹の抱き方がもうプロのそれだ。日頃からお世話をしているのだろう。
   その光景を見ながら私はふと、母の言葉を思い出した。

 その昔、兄はあんなふうに私を抱き上げてくれていたらしい。
 兄が小学校に行くときは自分もリュックを背負い、玄関まで行って靴を履かせろとせがんでいたそうだ。
 一緒には行けないと言うと、毎度今生の別れであるかのように泣き叫ぶものだから、兄は私を登校班の集合場所まで連れて行き、泣き止むまであやしていたという。
 引っ越しのための荷造りの時、昔のアルバムを見つけた母は懐かしそうにそう話した。
 絶対嘘だと思いたかったが、卒業文集の黒歴史がある私が彼女の記憶違いだと否定できるわけもなく、その話は二度としないでほしいと懇願した。
 
「いいなぁ…」

 兄に手を引かれ、よちよちと歩く幼女の背を眺めながら、私は無意識にそう呟いていた。
 私だって、本当は兄と出かけたい。桜の下を歩きたい。
 
「何が『いいな』なんだよ」

 ぼーっとしていた私は、突然後ろから声をかけられて驚きのあまりビクッと体が跳ねた。
 後ろを振り返ると、そこにいたのは社会不適合者の兄。

「え?え?お、おおおお、お兄ちゃん?」
 
 私は先日に引き続き、またしても目玉が飛び出そうなほどに目を見開いた。
 相変わらず毛玉のついたスウェットに、セットをしていない癖のある黒髪と死んだ魚の目をしているが、確かにそこに兄が立っている。夕陽を背に立っている。
 
「なんで?なんでここに?」
「このマンションに住んでるからだよ。つーか、お前、帰ってくんの早くね?」
「一本早い電車に乗れたから…って、え?お兄ちゃん、ここ外…」

 私が外にいる兄の姿を見たのは引っ越しの時以来だ。これは幻ではなかろうかと私は目を擦った。ああ、アイシャドウが袖についてしまった。
 
「…お前が知らないだけで、俺だって外に出る時もあるぞ」
「嘘だぁ」
「まあ、お前が家にいるときは絶対外に出てないから、お前は知らないだろうけど」
「なんで私がいるときは外に出ないのよ」
「かわいい妹と一緒にいたいからだ」
「嘘つけ。私が家にいても、部屋にこもってるだけじゃん」

 軽口を叩きながらも、私は何故か泣きたくなった。私が知らないだけで、兄はちゃんと外に出られたのだ。
 外に出た。たったそれだけの事が、その事実が私には何よりも嬉しい。

「食うか?団子」

 私が何に感動しているのか、皆目検討もつかない兄は首を傾げ、どこぞの県のクマのゆるキャラがプリントされたエコバッグを差し出した。中を見ると、そこには三色団子だけが入っている。
 私は一言、『食う』とだけ答えた。

 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編更新日 12/25日 *『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11,11/15,11/19 *『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 *『いつもあなたの幸せを。』 9/14 *『伝統行事』 8/24 *『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで *『日常のひとこま』は公開終了しました。 7月31日   *『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 *『ある時代の出来事』 6/8   *女の子は『かわいい』を見せびらかしたい。全1頁。 *光と影 全1頁。 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和6年1/7 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

アーコレードへようこそ

松穂
ライト文芸
洋食レストラン『アーコレード(Accolade)』慧徳学園前店のひよっこ店長、水奈瀬葵。  楽しいスタッフや温かいお客様に囲まれて毎日大忙し。  やっと軌道に乗り始めたこの時期、突然のマネージャー交代?  異名サイボーグの新任上司とは?  葵の抱える過去の傷とは?  変化する日常と動き出す人間模様。  二人の間にめでたく恋情は芽生えるのか?  どこか懐かしくて最高に美味しい洋食料理とご一緒に、一読いかがですか。  ※ 完結いたしました。ありがとうございました。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

深窓のお嬢さまと、黒の語り部

花野はる
ライト文芸
お金持ちのお屋敷で生まれ育ったお嬢さま。 何不自由ない暮らしなのに、そのお嬢様はいつも寂しがっていました。 だんだん元気がなくなって行く娘を心配した両親は、最近街にやって来た語り部の評判を耳にし、屋敷に招くことにしました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

三度目の庄司

西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。 小学校に入学する前、両親が離婚した。 中学校に入学する前、両親が再婚した。 両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。 名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。 有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。 健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...