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6:今年の桜はもうすぐ散る(2)
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端的に言うと、『最強の防犯とは家に人がいるということである。だから俺は家を守るために家から出ない』というのが兄の主張だった。
今までのブログ記事の中で過去1番にくだらない内容だ。私は私の貴重な時間を無駄にしたことを後悔した。
「ほんと、屁理屈しか言わない」
思わず声に出してしまい、私は慌てて手で口を塞ぐ。そして何食わぬ顔でベンチに腰掛けた。
(…少し外に出るだけでも、世界には癒しが溢れているというのに)
駅から徒歩2分のマンション。私たち家族が住むそこの敷地内にある公園には、今日も癒しが溢れている。
無邪気に遊ぶ幼な子たちの可愛らしい姿や、風が吹くとひらひらと舞う桜の花びら。
赤く染まった空に、もうすぐ夕飯だとベランダから子どもを呼ぶ母親の姿。
そして、今にも転びそうな拙い歩き方、走るたびにぷるぷると揺れるもちもちの頬の幼女と、その幼い妹を抱き上げる兄。
(かわいい…)
かわいいの権化。子どもは本当に癒しだ。最強である。
妹を可愛がるあのお兄ちゃんは小学校4年生くらいだろうか。妹の抱き方がもうプロのそれだ。日頃からお世話をしているのだろう。
その光景を見ながら私はふと、母の言葉を思い出した。
その昔、兄はあんなふうに私を抱き上げてくれていたらしい。
兄が小学校に行くときは自分もリュックを背負い、玄関まで行って靴を履かせろとせがんでいたそうだ。
一緒には行けないと言うと、毎度今生の別れであるかのように泣き叫ぶものだから、兄は私を登校班の集合場所まで連れて行き、泣き止むまであやしていたという。
引っ越しのための荷造りの時、昔のアルバムを見つけた母は懐かしそうにそう話した。
絶対嘘だと思いたかったが、卒業文集の黒歴史がある私が彼女の記憶違いだと否定できるわけもなく、その話は二度としないでほしいと懇願した。
「いいなぁ…」
兄に手を引かれ、よちよちと歩く幼女の背を眺めながら、私は無意識にそう呟いていた。
私だって、本当は兄と出かけたい。桜の下を歩きたい。
「何が『いいな』なんだよ」
ぼーっとしていた私は、突然後ろから声をかけられて驚きのあまりビクッと体が跳ねた。
後ろを振り返ると、そこにいたのは社会不適合者の兄。
「え?え?お、おおおお、お兄ちゃん?」
私は先日に引き続き、またしても目玉が飛び出そうなほどに目を見開いた。
相変わらず毛玉のついたスウェットに、セットをしていない癖のある黒髪と死んだ魚の目をしているが、確かにそこに兄が立っている。夕陽を背に立っている。
「なんで?なんでここに?」
「このマンションに住んでるからだよ。つーか、お前、帰ってくんの早くね?」
「一本早い電車に乗れたから…って、え?お兄ちゃん、ここ外…」
私が外にいる兄の姿を見たのは引っ越しの時以来だ。これは幻ではなかろうかと私は目を擦った。ああ、アイシャドウが袖についてしまった。
「…お前が知らないだけで、俺だって外に出る時もあるぞ」
「嘘だぁ」
「まあ、お前が家にいるときは絶対外に出てないから、お前は知らないだろうけど」
「なんで私がいるときは外に出ないのよ」
「かわいい妹と一緒にいたいからだ」
「嘘つけ。私が家にいても、部屋にこもってるだけじゃん」
軽口を叩きながらも、私は何故か泣きたくなった。私が知らないだけで、兄はちゃんと外に出られたのだ。
外に出た。たったそれだけの事が、その事実が私には何よりも嬉しい。
「食うか?団子」
私が何に感動しているのか、皆目検討もつかない兄は首を傾げ、どこぞの県のクマのゆるキャラがプリントされたエコバッグを差し出した。中を見ると、そこには三色団子だけが入っている。
私は一言、『食う』とだけ答えた。
今までのブログ記事の中で過去1番にくだらない内容だ。私は私の貴重な時間を無駄にしたことを後悔した。
「ほんと、屁理屈しか言わない」
思わず声に出してしまい、私は慌てて手で口を塞ぐ。そして何食わぬ顔でベンチに腰掛けた。
(…少し外に出るだけでも、世界には癒しが溢れているというのに)
駅から徒歩2分のマンション。私たち家族が住むそこの敷地内にある公園には、今日も癒しが溢れている。
無邪気に遊ぶ幼な子たちの可愛らしい姿や、風が吹くとひらひらと舞う桜の花びら。
赤く染まった空に、もうすぐ夕飯だとベランダから子どもを呼ぶ母親の姿。
そして、今にも転びそうな拙い歩き方、走るたびにぷるぷると揺れるもちもちの頬の幼女と、その幼い妹を抱き上げる兄。
(かわいい…)
かわいいの権化。子どもは本当に癒しだ。最強である。
妹を可愛がるあのお兄ちゃんは小学校4年生くらいだろうか。妹の抱き方がもうプロのそれだ。日頃からお世話をしているのだろう。
その光景を見ながら私はふと、母の言葉を思い出した。
その昔、兄はあんなふうに私を抱き上げてくれていたらしい。
兄が小学校に行くときは自分もリュックを背負い、玄関まで行って靴を履かせろとせがんでいたそうだ。
一緒には行けないと言うと、毎度今生の別れであるかのように泣き叫ぶものだから、兄は私を登校班の集合場所まで連れて行き、泣き止むまであやしていたという。
引っ越しのための荷造りの時、昔のアルバムを見つけた母は懐かしそうにそう話した。
絶対嘘だと思いたかったが、卒業文集の黒歴史がある私が彼女の記憶違いだと否定できるわけもなく、その話は二度としないでほしいと懇願した。
「いいなぁ…」
兄に手を引かれ、よちよちと歩く幼女の背を眺めながら、私は無意識にそう呟いていた。
私だって、本当は兄と出かけたい。桜の下を歩きたい。
「何が『いいな』なんだよ」
ぼーっとしていた私は、突然後ろから声をかけられて驚きのあまりビクッと体が跳ねた。
後ろを振り返ると、そこにいたのは社会不適合者の兄。
「え?え?お、おおおお、お兄ちゃん?」
私は先日に引き続き、またしても目玉が飛び出そうなほどに目を見開いた。
相変わらず毛玉のついたスウェットに、セットをしていない癖のある黒髪と死んだ魚の目をしているが、確かにそこに兄が立っている。夕陽を背に立っている。
「なんで?なんでここに?」
「このマンションに住んでるからだよ。つーか、お前、帰ってくんの早くね?」
「一本早い電車に乗れたから…って、え?お兄ちゃん、ここ外…」
私が外にいる兄の姿を見たのは引っ越しの時以来だ。これは幻ではなかろうかと私は目を擦った。ああ、アイシャドウが袖についてしまった。
「…お前が知らないだけで、俺だって外に出る時もあるぞ」
「嘘だぁ」
「まあ、お前が家にいるときは絶対外に出てないから、お前は知らないだろうけど」
「なんで私がいるときは外に出ないのよ」
「かわいい妹と一緒にいたいからだ」
「嘘つけ。私が家にいても、部屋にこもってるだけじゃん」
軽口を叩きながらも、私は何故か泣きたくなった。私が知らないだけで、兄はちゃんと外に出られたのだ。
外に出た。たったそれだけの事が、その事実が私には何よりも嬉しい。
「食うか?団子」
私が何に感動しているのか、皆目検討もつかない兄は首を傾げ、どこぞの県のクマのゆるキャラがプリントされたエコバッグを差し出した。中を見ると、そこには三色団子だけが入っている。
私は一言、『食う』とだけ答えた。
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