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七十六 完璧なデート
しおりを挟む一通り観光地を回って、宿にたどり着いた。律に任せっきりで情報を何も知らずに着いてきた俺は、宿の外観にビビッてしり込みしてしまった。風情のあるたたずまいをした、純和風の建物。良くあるホテルのようなものを想像していた俺は、驚いて思わず律の袖を掴む。
「ちょっ、おい、律っ。ここなの?」
「んー。そうだけど?」
ケロッとした顔でそう言い、「早く行こう」と俺を引っ張る。だが、こっちは半信半疑だ。
「ここ、高くないの?」
「高いよ? そんな安宿泊まらんでしょ。恋人と旅行デートよ?」
「そ、そりゃ、そうなの……か?」
確かに、デートなのだからビジネスホテルというわけには行かないだろう。だからと言って、こんなハイクラスの宿、想像してなかったんだけど。宿泊費用は任せきりとあって、律が持っている。年上だからといって、甘えるわけには行かない。
「律、ここの料金――」
律の指が俺の唇をむにゅっと摘まんだ。
「無粋なこと言うなって。良いんだよ。今回はおれが色々決めたんだから。次、期待してる」
そう言ってニマリと笑う律に、黙るしかなかった。
(クソ。次――次の旅行では、俺が最高のプランで演出してやるっ……)
負けてなるものか。律が喜ぶ、最高の宿を探して、最高のデートコースを作ってやる。ま、まあ、その前に、律の考えたプランを参考にするために、しっかり堪能しないとな。
律に手を掴まれ、宿の入り口へと向かう。自然と手を繋いだまま宿にやって来た俺たちに、若女将らしい女の人が「あら」という顔をしてニッコリと微笑む。その笑みで、手を繋いでいたことに気が付いた俺は、慌てて手を離そうとしたが、律がぎゅっと掴むのでほどけなかった。
「おい」
小声で抗議する俺に、律が「いいじゃん」と唇を尖らせる。
良いけど。良いけどさ。
(くそ……)
まだ、こういうの、慣れない。恥ずかしくて、顔が熱い。
若女将に案内された部屋は、施設内でも良い部屋なのだとすぐに解った。一泊するだけなのに、部屋が三つもある。俺たちは二人なのに。一部屋はテーブルの置かれた和風の部屋で、もう一部屋は和室。三人か四人、家族でも宿泊できる部屋だ。最後に、ベッドが置かれた和洋室だった。広々としたベッドが二つ置かれている。
案内されるままに部屋をぐるりと眺め見て、改めて『良い部屋』だと認識した。部屋の奥には中庭に続く扉があり、庭には専用露天風呂もある。誰にも邪魔されず、二人だけで露天風呂を堪能できる。そう言う部屋のようだ。
(これは、やばいな)
デートコースとして完璧な宿だ。食事は別棟にある離れの個室で食べるらしく、従業員が急に入ってくると言った煩わしさもないらしい。「ごゆっくりどうぞ」と若女将が下がってしまえば、あとは二人きりだ。
「んー、良いところだねえ」
「……マジで」
あまりに良い部屋に、ちょっと緊張してしまう。庭を眺めながらそう呟くと、律がプッと吹き出した。
「お茶でも飲んで、くつろぎます?」
「あー……」
テーブルには、若女将が用意してくれたお茶が置いてある。普通は、まずはくつろぐのかも知れない。
「それとも――」
律が近づいて、俺の胸を撫でた。
「夕飯前に、まずお風呂入っちゃう?」
「――」
この雰囲気で、まさか文字通りということもあるまい。律の手を取り、掌に口づける。視線を向けて様子を窺うと、律はもうその気になっているようだった。
身体を引き寄せ唇を重ねながら、互いの衣服を脱がせ合う。パサリと畳の上に服が落ちる。寮とは違う、いつもとは違う雰囲気に、緊張して心臓がドクドクと鳴り響いた。
「……なんか、ちょっと外で脱いだ気分」
「確かに」
庭に面した露天風呂は、他の部屋からは見えないようになっているようだが、野外に居るような雰囲気がある。まだ陽が落ちていないせいで、明るいから余計にそう思うのかも知れない。
「ちょっと、興奮するかも」
耳元で囁く声に、ドキリと心臓が跳ねた。律を引き寄せて、「俺も」と囁いた。
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