上 下
77 / 96
2

七十五 二人きりの旅行

しおりを挟む


 過去より今が大事だ。俺は過去に執着するような小さい男じゃないし、俺より長く生きている律の過去を気にしてたって仕方がない。だから全然気にしていないんだ。

(それに、もう会うこともないだろうし)

 石黒は会社の人間じゃないし、逢うこともないだろう。もしかしたら街で偶然すれ違うくらいはあるかもだけど、だからって律が連れて行かれるなんてことはないはずだ。もう、起きていないことを恐れるのは止める。だから、何の心配もない。

「おおー、すっげー景色!」

 岸壁が剥き出しの山肌から、煙が噴き出ている。周囲に立ち込める硫黄の匂いが鼻孔を擽った。この空間に居るだけで、温泉に浸かっているような気分になる。雄大な景色に圧倒されながら、律の指さす方角を見た。

「見ろよ、富士山! デケー!」

「すげー、こんな近いんだ。ヤバ」

 青空にくっきりと浮かぶ富士山の姿に、思わず口を開けて驚いていると、横顔を律がスマートフォンで撮影する。変顔を撮るな。

「律、そっち立って」

 富士山をバックに撮影してやろうと、カメラを構える。愛嬌たっぷりに笑う律に、こっちまでつられて笑った。

 それにしても外国人観光客が多い。どこから来たのか分からないが、飛び交う言語が日本語じゃない。日本人かと思って耳を澄ませれば、多分アジア圏の人間だ。多いとは聞いていたが、こんなに多いものか。

「Could you please take a picture?」

「OK~、OK~」

 不意に話しかけられ、律が気軽に返事をしながらスマートフォンを受け取る。あのコミュ力を見習いたいもんだ。律はスマートフォンを返却しながら、こっちも撮って欲しいと伝えたようだ。スマートフォンを手渡し、俺の腕を引っ張る。

 誘われるままにカメラに向かってピースをした。

「Thank you~。Have fun!」

 手を振って旅行者と別れ、撮影した写真を確認する。二人並んで映る姿は、思ったよりもずっとしっくり来た。

「良い写真。送るねー。待ち受けにしよっと」

「っ……。俺も」

「えー? バレない?」

 そう言いながら、律の唇はニマニマと動いている。俺は唇を結んで、ふんすと鼻を鳴らした。

「別に、おかしくねえだろ。――それに、良いんだよ」

「良いんだ?」

「うるせえなあ」

 ちゃんと『好き』だと言い合ってから、ちょっと揶揄ってくるんだよな。お互い、なんとなく将来のことまで見据えるようになったからだろうか。

 俺と律は多分、この先もずっと一緒にいて、寮を出たあとも、一緒に過ごしていく。正確に結婚出来るわけじゃないけど、夫婦みたいに、暮らしていくんだ。漠然とそういう未来を意識するようになって、なんとなく安心感が変わった気がする。まだ、兄以外の誰かにカミングアウトするつもりはないのだけれど――。

 なんとなく、そう言う未来を、想像するようになった。

「くろたまご買いに行こうぜ。売り切れることもあるって!」

「そうだった。早く行こう」

 他人の目線からは、俺と律はどんなふうに見えているんだろう。仲の良い先輩後輩みたいに見えてるんだろうな。きっと、恋人だと思ってる人は居ないんだろう。

(まあ、他人の目が大事なわけじゃないけどさ)

 知らない他人に、二人の関係を認めて欲しいわけじゃないけれど、最初から存在しないように思われるのは、何だか納得できない自分も居る。今まで、マイノリティな人たちのことを、考えたことなんかなかった。自分とは無関係の世界で、そういう話はニュースやネットの中だけの話だったけれど、もう他人事じゃないんだ。

 本当の意味で、俺はまだ律と生きて行くことの意味を解っていないのだと思う。けど、どんな障害があったとしても――諦めずに、律と寄り添って生きて行くと、決めたんだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

アダルトショップでオナホになった俺

ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。 覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。 バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。 ※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)

sugar sugar honey! 甘くとろける恋をしよう

乃木のき
BL
母親の再婚によってあまーい名前になってしまった「佐藤蜜」は入学式の日、担任に「おいしそうだね」と言われてしまった。 周防獅子という負けず劣らずの名前を持つ担任は、ガタイに似合わず甘党でおっとりしていて、そばにいると心地がいい。 初恋もまだな蜜だけど周防と初めての経験を通して恋を知っていく。 (これが恋っていうものなのか?) 人を好きになる苦しさを知った時、蜜は大人の階段を上り始める。 ピュアな男子高生と先生の甘々ラブストーリー。 ※エブリスタにて『sugar sugar honey』のタイトルで掲載されていた作品です。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

処理中です...