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六十八 似た男

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 会場に到着すると、既に何人か待っている人たちがいた。俺は見たことがない人ばかりだったが、夕暮れ寮の先輩たちが挨拶をしているところをみると、OBなのだろう。吉永もOBの先輩方の方に挨拶に向かう。その後に続いて挨拶に行っても良かったが、受付にいた河井さんに呼び止められてしまった。

「久我くん。お疲れ様~」

「河井さんも、お疲れ様です」

「みんなスーツだとカッコいいね。久我くんも、カッコいい」

「ありがとうございます」

 社交辞令を返して、愛想笑いを浮かべる。河井さんは普段はゆるい雰囲気のカジュアル服だが、今日はオケージョンスタイルだ。いつもは足首まで隠れるほどの長いスカートを穿いているが、今日は膝丈のスカートだった。つい脚に視線をやって、慌てて目を逸らす。

(浮気じゃない。浮気じゃないぞ。あくまで、どんな脚か気になっただけだし)

 足フェチのサガのようなものなので許して欲しい。ちなみに、少し膝が出ているのが残念だ。多分、ヒールのせいで外反母趾なんだろう。足は大事にしていただきたい。あとストッキングはグレーよりベージュが好みです。

 無事開催出来て良かっただとか、参加するOBが多いだとか、そういう軽い雑談を交わしていると、宮脇たちがやって来る。丁度いいので河井さんに別れを告げてその場を離れると、蓮田が河井さんのほうを見て「良いのか?」と問いかけて来た。

「何がだよ」

「せっかくお喋りしてたのに。まだ始まらないだろ? 話してたら良いのに」

「そうだよ、お前、好感度上げるチャンスじゃん!」

「そういうの良いから。それに、河井さんは総務の仕事で来てんだから」

 余計なことを言うのは辞めて欲しいものだ。過去の自分のせいではあるが、あまりペラペラと喋らないで欲しい。河井さんとはなんでもないのだから。

「たまに寮に来ると、お前が居ないか聞いてくるぞ? 絶対に脈ありだって」

「はー、うらやましいぜ」

 大津まで一緒になってはやし立てる。マジで、良いから。そう言うの。

(困るなあ……)

 仕事で付き合いがある以上、あまり邪険にも出来ない。それでも、河井さん自身は何かを察してはいるんだろう。あれ以来、カフェの誘いはない。だからと言って、気がないわけではなさそうだ。彼女は慎重で気が回る人だから、俺の考えていることなど本当はお見通しなのだろう。

 いっそ、吉永のことを話してしまえば――とも思う。言いふらすような人ではないと思うけれど、そこまで信用しているわけでもない。どうしたものか。

 鬱陶しい宮脇たちを振り払うように、会場の隅の方へと移動する。ああいう会話は、すっかり疲れるようになってしまった。吉永には不誠実な姿をあまり見せたくないという気持ちが強い。怒られるよりも、傷ついた顔をされたくない。

 壁際に会場を眺め見ると、かなり広い会場だと解る。テーブルがいくつもつくられ、そこにオードブルが並べられている。どうやら、立食パーティーのようだ。手の込んだオードブルは見栄えが良い。

(吉永は――忙しそうだな)

 吉永は先輩らしいOBたちと笑い合っている。なんとなく見たことがある顔が多い。ここ二三年で退寮した先輩たちだ。俺はあまり知らないが、見覚えはあった。

 やがて人が徐々に増え、ザワザワと会場の雰囲気がにぎやかになる。開催時間まであと五分というところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「おう、久我。何だ、一人か」

「課長」

 課長の福島だ。課長は同期の元寮生だという男性二人と一緒だった。鮎川あたりとは二三個しか違わないらしいが、ずっとおっさんに見える。結婚しているせいだろうか。皆子供もいると言うし、やはり違うのだろう。

「お。始まるぞ」

 課長の視線に、ステージの方に目をやる。進行は河井さんが行うようだ。開催の挨拶は総務の部長らしい。当たり障りのない挨拶から、乾杯の流れになる。自然と課長と近くになってしまったので、しばらく離れられそうになかった。吉永の方も別のグループにいる。

 まあ、いつものメンバーで居るばかりではいられない。こういう場所なのだ。付き合いと割り切り、乾杯しながら愛想を振りまく。乾杯で一気に飲み干したグラスに、追加のビールを注いでいる時だった。

「おい。福島」

「ん?」

 課長を呼ぶ声に、俺もつられて振り返る。一瞬、ドキリとした。ブランド物のスーツを着た、自信にあふれた表情の男。一目で野心家だと解る雰囲気が漂っていた。会場に居るサラリーマンとは、どこか雰囲気が違う。

「腹が出たんじゃないのか?」

「お前、変わらないな! 石黒」

 石黒と呼ばれた男が、笑いながら近づいてくる。俺はなんとなくその場から立ち去れず、男の方を見ていた。

「最近はメタボ引っ掛かってよ。石黒は若いな。ほら、久我と並んだら、年の近い兄弟みたいだ」

「ああ、ほんとだ。誰かに似てると思ったら、何だか久我くんと石黒、似てるんだ」

 課長たちが俺と石黒を並べて、笑いだす。石黒が俺をチラリと見た。

 俺自身も、最初に見た時の印象が「似ている」だった。顔立ちや雰囲気が、どこか似ている。勿論、全然違うとも言えるのだが、親戚だと言ったら信じてもらえそうなくらいには、似ている気がした。

「まだ二十代前半だろ? 彼。さすがに失礼だろ」

 そう言って、石黒と呼ばれていた男は、俺に向けて名刺を差し出した。夕日コーポレーションの名刺ではない。肩書に、ギョッとする。

『株式会社SDM 代表取締役社長 石黒貴彦』

「――社長、さん?」

 思わずそう呟いた俺に、石黒はハハと乾いた笑いを漏らした。

「いわゆる、脱サラ組というヤツだよ。社長といっても、そんな大きい会社じゃない。小さな設計事務所さ」

「本当に。この裏切り者がよお」

 そう言って、課長が石黒の肩を叩く。課長の視線には、どこか羨望と嫉妬が入り混じっていた。脱サラして自分の会社を持った男に、憧れと同時に反発があるのだろう。課長は生涯会社勤めすることが、サラリーマンらしい生き方だと思っている節があった。

 その後も気さくな石黒は、OBたちと挨拶を交わしながら名刺を配り歩く。何故か俺は、「弟です」と言いながら、石黒に連れられてしまった。










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