70 / 96
2
六十八 似た男
しおりを挟む会場に到着すると、既に何人か待っている人たちがいた。俺は見たことがない人ばかりだったが、夕暮れ寮の先輩たちが挨拶をしているところをみると、OBなのだろう。吉永もOBの先輩方の方に挨拶に向かう。その後に続いて挨拶に行っても良かったが、受付にいた河井さんに呼び止められてしまった。
「久我くん。お疲れ様~」
「河井さんも、お疲れ様です」
「みんなスーツだとカッコいいね。久我くんも、カッコいい」
「ありがとうございます」
社交辞令を返して、愛想笑いを浮かべる。河井さんは普段はゆるい雰囲気のカジュアル服だが、今日はオケージョンスタイルだ。いつもは足首まで隠れるほどの長いスカートを穿いているが、今日は膝丈のスカートだった。つい脚に視線をやって、慌てて目を逸らす。
(浮気じゃない。浮気じゃないぞ。あくまで、どんな脚か気になっただけだし)
足フェチのサガのようなものなので許して欲しい。ちなみに、少し膝が出ているのが残念だ。多分、ヒールのせいで外反母趾なんだろう。足は大事にしていただきたい。あとストッキングはグレーよりベージュが好みです。
無事開催出来て良かっただとか、参加するOBが多いだとか、そういう軽い雑談を交わしていると、宮脇たちがやって来る。丁度いいので河井さんに別れを告げてその場を離れると、蓮田が河井さんのほうを見て「良いのか?」と問いかけて来た。
「何がだよ」
「せっかくお喋りしてたのに。まだ始まらないだろ? 話してたら良いのに」
「そうだよ、お前、好感度上げるチャンスじゃん!」
「そういうの良いから。それに、河井さんは総務の仕事で来てんだから」
余計なことを言うのは辞めて欲しいものだ。過去の自分のせいではあるが、あまりペラペラと喋らないで欲しい。河井さんとはなんでもないのだから。
「たまに寮に来ると、お前が居ないか聞いてくるぞ? 絶対に脈ありだって」
「はー、うらやましいぜ」
大津まで一緒になってはやし立てる。マジで、良いから。そう言うの。
(困るなあ……)
仕事で付き合いがある以上、あまり邪険にも出来ない。それでも、河井さん自身は何かを察してはいるんだろう。あれ以来、カフェの誘いはない。だからと言って、気がないわけではなさそうだ。彼女は慎重で気が回る人だから、俺の考えていることなど本当はお見通しなのだろう。
いっそ、吉永のことを話してしまえば――とも思う。言いふらすような人ではないと思うけれど、そこまで信用しているわけでもない。どうしたものか。
鬱陶しい宮脇たちを振り払うように、会場の隅の方へと移動する。ああいう会話は、すっかり疲れるようになってしまった。吉永には不誠実な姿をあまり見せたくないという気持ちが強い。怒られるよりも、傷ついた顔をされたくない。
壁際に会場を眺め見ると、かなり広い会場だと解る。テーブルがいくつもつくられ、そこにオードブルが並べられている。どうやら、立食パーティーのようだ。手の込んだオードブルは見栄えが良い。
(吉永は――忙しそうだな)
吉永は先輩らしいOBたちと笑い合っている。なんとなく見たことがある顔が多い。ここ二三年で退寮した先輩たちだ。俺はあまり知らないが、見覚えはあった。
やがて人が徐々に増え、ザワザワと会場の雰囲気がにぎやかになる。開催時間まであと五分というところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「おう、久我。何だ、一人か」
「課長」
課長の福島だ。課長は同期の元寮生だという男性二人と一緒だった。鮎川あたりとは二三個しか違わないらしいが、ずっとおっさんに見える。結婚しているせいだろうか。皆子供もいると言うし、やはり違うのだろう。
「お。始まるぞ」
課長の視線に、ステージの方に目をやる。進行は河井さんが行うようだ。開催の挨拶は総務の部長らしい。当たり障りのない挨拶から、乾杯の流れになる。自然と課長と近くになってしまったので、しばらく離れられそうになかった。吉永の方も別のグループにいる。
まあ、いつものメンバーで居るばかりではいられない。こういう場所なのだ。付き合いと割り切り、乾杯しながら愛想を振りまく。乾杯で一気に飲み干したグラスに、追加のビールを注いでいる時だった。
「おい。福島」
「ん?」
課長を呼ぶ声に、俺もつられて振り返る。一瞬、ドキリとした。ブランド物のスーツを着た、自信にあふれた表情の男。一目で野心家だと解る雰囲気が漂っていた。会場に居るサラリーマンとは、どこか雰囲気が違う。
「腹が出たんじゃないのか?」
「お前、変わらないな! 石黒」
石黒と呼ばれた男が、笑いながら近づいてくる。俺はなんとなくその場から立ち去れず、男の方を見ていた。
「最近はメタボ引っ掛かってよ。石黒は若いな。ほら、久我と並んだら、年の近い兄弟みたいだ」
「ああ、ほんとだ。誰かに似てると思ったら、何だか久我くんと石黒、似てるんだ」
課長たちが俺と石黒を並べて、笑いだす。石黒が俺をチラリと見た。
俺自身も、最初に見た時の印象が「似ている」だった。顔立ちや雰囲気が、どこか似ている。勿論、全然違うとも言えるのだが、親戚だと言ったら信じてもらえそうなくらいには、似ている気がした。
「まだ二十代前半だろ? 彼。さすがに失礼だろ」
そう言って、石黒と呼ばれていた男は、俺に向けて名刺を差し出した。夕日コーポレーションの名刺ではない。肩書に、ギョッとする。
『株式会社SDM 代表取締役社長 石黒貴彦』
「――社長、さん?」
思わずそう呟いた俺に、石黒はハハと乾いた笑いを漏らした。
「いわゆる、脱サラ組というヤツだよ。社長といっても、そんな大きい会社じゃない。小さな設計事務所さ」
「本当に。この裏切り者がよお」
そう言って、課長が石黒の肩を叩く。課長の視線には、どこか羨望と嫉妬が入り混じっていた。脱サラして自分の会社を持った男に、憧れと同時に反発があるのだろう。課長は生涯会社勤めすることが、サラリーマンらしい生き方だと思っている節があった。
その後も気さくな石黒は、OBたちと挨拶を交わしながら名刺を配り歩く。何故か俺は、「弟です」と言いながら、石黒に連れられてしまった。
18
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
モブ男子は寮内観察がしたいのです!~腐男子モブはイケメン後輩に翻弄されてます~
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
鈴木一太は独身男子寮「夕暮れ寮」に住む住人の一人。
腐男子である鈴木は、イケメン男子ばかりが集まる寮内の観察が趣味だったが、後輩の栗原に腐男子バレして以来、度々絡まれるようになってしまった。
イケメン後輩に慕われるのも悪くないものだと思っていた鈴木だったが、ある事件をきっかけに、栗原の態度が変わって来て――!?
年下攻め×腐男子のドタバタラブコメディ!
有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺
高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる