上 下
69 / 96
2

六十七 夕暮れ寮 十周年

しおりを挟む


 初めての旅行に浮わついた気持ちになるが、いよいよ今日は祝賀会である。そちらにも気を引き締めなけれなならない。

 祝賀会会場は、駅前にあるホテルで、結婚式なども行う大きなホールで行われるらしい。思ったよりも大分本格的にやるようだ。酒の席ということもあり、寮からはバスが出る。寮生たちは珍しく、みんなスーツで決めていた。どことなく、いつもよりも華やかな雰囲気がある。女性が居なくとも、それなりに華やかになるものらしい。まあ、一部の顔が良い連中に限るのだが。

「やっぱネクタイ良いよねー。みんなカッコよく見えるわ」

 吉永がそう言いながらエントランスに集まった寮生を見回す。こうやって見ると、同じようなスーツでも微妙に違いがあるものだ。パープルっぽいスーツだったり、グレイッシュブルーだったりと、微妙にカラーもある。スリーピースそろっていると、なかなかにカッコ良い。

「吉永も、ちょっとオシャレじゃん」

 吉永のスーツはグレーだが、シャツは黒、ネクタイはイエローだ。なかなかしゃれている。俺はいかにもビジネススタイルな感じから抜けられない。ダークグレーのスーツに、白いシャツ。ストライプの入った紺のネクタイである。こんなことなら、オシャレなスーツを買ってくれば良かった。

 久しぶりのネクタイに苦戦していると、吉永が結んでくれた。距離が近いし、こうやって結んでもらうの、なんか良いよな。

「お、二人とも準備できた? そろそろ行こうぜー」

「ああ」

 蓮田と大津が顔を覗かせる。この二人のスーツ姿は入社式以来かもしれない。二人とも普段はカジュアルだ。夕日コーポレーションは営業なんかはスーツが多いが、基本的にカジュアルの奴が多い。俺と吉永はビジネスカジュアルだ。現場の人間だと、ジーパンなんてのもいる。

 送迎用のマイクロバスに乗り込み、ホテルへと向かう。周年とあって基本的には全員参加だ。寮長の藤宮が仕切って、出発する。

「そういや、渡瀬と押鴨が寮出るって」

 隣に座る吉永に、そう話しかける。

「え? アイツら五年経ったっけ?」

「五年?」

「入寮して五年くらい経つと、言われんだよ。出てけって」

「そうなの?」

「そうそう。いつまでも居座られても、会社としては迷惑だろ?」

 そう言ってにっかりと笑う吉永を、思わずじっと見る。吉永は絶賛迷惑かけているというわけか。

「吉永も、言われてんの?」

「五年目に一回だけな。一応促したって体だよ。それで出る奴もいるし、出ない奴もいる」

「はあ」

「藤宮とか、特に言われてると思うぞ。総務部だし」

「かもな。渡瀬たちは五年経ったわけじゃないみたいだぞ。自主的だ」

「へえー、寂しくなるじゃん」

 俺たちの話を聞いていたのか、通路を挟んで隣に座っていた朝倉裕一郎が声をかけて来た。

「送別会やるってよ。よっしー、何かやろうよ」

「いつものヤツ? 良いぜー」

「いつもの?」と首を傾げると、朝倉は「余興だよ」と笑った。どうやら、寮を出る人間を送り出すのに、伝統的に送別会では余興をやっているそうだ。結婚で退寮する場合だと、大抵は尻を蹴り飛ばされるらしい。

「まあ、飲みの口実だよな。でも結構面白いんだよ。高橋の腹踊りとか、榎井の手品とか、笑えるぞ」

「うっわ、パワハラの匂いがする」

「そうそう、昔は酷かったよな。今はマシなもんだよ。コンプラ、コンプラってな」

 男子寮の悪のりってヤツだな。今の寮生は比較的穏やかなヤツが多いが、昔はうちの課長も居た。課長は悪い人間ではないが、やはり少し考えが古いタイプだ。今の夕暮れ寮が大人しいのは、一番上の先輩方が鮎川や藤宮という、大人しい先輩だからだろう。寮の気風は所属している人間で変わる。

(俺、今の時代で良かったな……)

 学生時代は運動部だったこともあって、そういう雰囲気だと自分はその空気に染まってしまう。頭では先輩に文句を言っても、表には出さないと言うやつだ。吉永は何だかんだ優しいところがあるから、「牛丼買ってこい」って言っても、賭けで負けた方が、という感じにしてくれるし、「仕方がないな、おれも一緒に行ってやるか」と、結局付き合ってくれることもある。思い立って色々言ってくる先輩ではあるが、概ね良い先輩だし、何よりも今は恋人だ。

 雑談しながらのんびりとバスが進む。俺は通路を挟んで話をする吉永の横顔を眺めながら、こっそりと無防備に置かれた手を握りしめた。

 ピクリと、吉永が反応を見せる。耳が赤い。

 けど、嫌がるそぶりも、振りほどくこともなく、吉永は黙っていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

君とは友だちになれない 〜ヤンキーくんと平凡な僕の高校生活〜

夏目みよ
BL
鷲宮紘が通う高校には今どき珍しい昔ながらのヤンキーがいる。教師もクラスメイトも遠巻きに見ており、紘もそのうちのひとりだ。 きっとこれからも彼と仲良くなることはない。そう思っていた紘だが、ある日、隣の席のよしみで三島夜鷹に教科書を見せることになってしまう。 とはいえ人見知りである紘は夜鷹ともそれきり、友だちにはなれないと思っていたのだが、その日を境に何故かヤンキーくんに懐かれてしまい―― 「……俺はカウントされてねぇのかよ」 「へ?」 「だから! 俺たち、もう、友だちだろ……」 ヤンキー✕平々凡々な高校生 ※別のところで公開/完結している話です。倉庫的に移植します。 ※短期更新。11/20〜11/22の間ですべて投稿します。全20話。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...