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六十七 夕暮れ寮 十周年
しおりを挟む初めての旅行に浮わついた気持ちになるが、いよいよ今日は祝賀会である。そちらにも気を引き締めなけれなならない。
祝賀会会場は、駅前にあるホテルで、結婚式なども行う大きなホールで行われるらしい。思ったよりも大分本格的にやるようだ。酒の席ということもあり、寮からはバスが出る。寮生たちは珍しく、みんなスーツで決めていた。どことなく、いつもよりも華やかな雰囲気がある。女性が居なくとも、それなりに華やかになるものらしい。まあ、一部の顔が良い連中に限るのだが。
「やっぱネクタイ良いよねー。みんなカッコよく見えるわ」
吉永がそう言いながらエントランスに集まった寮生を見回す。こうやって見ると、同じようなスーツでも微妙に違いがあるものだ。パープルっぽいスーツだったり、グレイッシュブルーだったりと、微妙にカラーもある。スリーピースそろっていると、なかなかにカッコ良い。
「吉永も、ちょっとオシャレじゃん」
吉永のスーツはグレーだが、シャツは黒、ネクタイはイエローだ。なかなかしゃれている。俺はいかにもビジネススタイルな感じから抜けられない。ダークグレーのスーツに、白いシャツ。ストライプの入った紺のネクタイである。こんなことなら、オシャレなスーツを買ってくれば良かった。
久しぶりのネクタイに苦戦していると、吉永が結んでくれた。距離が近いし、こうやって結んでもらうの、なんか良いよな。
「お、二人とも準備できた? そろそろ行こうぜー」
「ああ」
蓮田と大津が顔を覗かせる。この二人のスーツ姿は入社式以来かもしれない。二人とも普段はカジュアルだ。夕日コーポレーションは営業なんかはスーツが多いが、基本的にカジュアルの奴が多い。俺と吉永はビジネスカジュアルだ。現場の人間だと、ジーパンなんてのもいる。
送迎用のマイクロバスに乗り込み、ホテルへと向かう。周年とあって基本的には全員参加だ。寮長の藤宮が仕切って、出発する。
「そういや、渡瀬と押鴨が寮出るって」
隣に座る吉永に、そう話しかける。
「え? アイツら五年経ったっけ?」
「五年?」
「入寮して五年くらい経つと、言われんだよ。出てけって」
「そうなの?」
「そうそう。いつまでも居座られても、会社としては迷惑だろ?」
そう言ってにっかりと笑う吉永を、思わずじっと見る。吉永は絶賛迷惑かけているというわけか。
「吉永も、言われてんの?」
「五年目に一回だけな。一応促したって体だよ。それで出る奴もいるし、出ない奴もいる」
「はあ」
「藤宮とか、特に言われてると思うぞ。総務部だし」
「かもな。渡瀬たちは五年経ったわけじゃないみたいだぞ。自主的だ」
「へえー、寂しくなるじゃん」
俺たちの話を聞いていたのか、通路を挟んで隣に座っていた朝倉裕一郎が声をかけて来た。
「送別会やるってよ。よっしー、何かやろうよ」
「いつものヤツ? 良いぜー」
「いつもの?」と首を傾げると、朝倉は「余興だよ」と笑った。どうやら、寮を出る人間を送り出すのに、伝統的に送別会では余興をやっているそうだ。結婚で退寮する場合だと、大抵は尻を蹴り飛ばされるらしい。
「まあ、飲みの口実だよな。でも結構面白いんだよ。高橋の腹踊りとか、榎井の手品とか、笑えるぞ」
「うっわ、パワハラの匂いがする」
「そうそう、昔は酷かったよな。今はマシなもんだよ。コンプラ、コンプラってな」
男子寮の悪のりってヤツだな。今の寮生は比較的穏やかなヤツが多いが、昔はうちの課長も居た。課長は悪い人間ではないが、やはり少し考えが古いタイプだ。今の夕暮れ寮が大人しいのは、一番上の先輩方が鮎川や藤宮という、大人しい先輩だからだろう。寮の気風は所属している人間で変わる。
(俺、今の時代で良かったな……)
学生時代は運動部だったこともあって、そういう雰囲気だと自分はその空気に染まってしまう。頭では先輩に文句を言っても、表には出さないと言うやつだ。吉永は何だかんだ優しいところがあるから、「牛丼買ってこい」って言っても、賭けで負けた方が、という感じにしてくれるし、「仕方がないな、おれも一緒に行ってやるか」と、結局付き合ってくれることもある。思い立って色々言ってくる先輩ではあるが、概ね良い先輩だし、何よりも今は恋人だ。
雑談しながらのんびりとバスが進む。俺は通路を挟んで話をする吉永の横顔を眺めながら、こっそりと無防備に置かれた手を握りしめた。
ピクリと、吉永が反応を見せる。耳が赤い。
けど、嫌がるそぶりも、振りほどくこともなく、吉永は黙っていた。
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