上 下
63 / 96
2

六十一 居るところには居るらしい

しおりを挟む

 翌日、朝一番で食堂に向かう人波の中から羽鳥を見つけ出し、声をかけた。羽鳥は背が高い大男で、俺よりも頭一つ分ほど背が高い。

「あ……。久我先輩」

 羽鳥は俺が何を言いたいのか解ったようで、おとなしく着いてきた。人気のない廊下に連れ出し、苦笑いする。

「いや、悪いな。変なもん見せて」

「いえ、自分は大丈夫です。それに、言いふらしたりもしませんから」

 先回りしてそう言われ、ホッと胸を撫で下ろす。

「なんか、悪いな。まあ、言いふらすようなヤツじゃないとは思ったんだけど、吉永がさ」

「付き合ってるんですか?」

「うん。まあ」

「良いと思います。とは言え、吉永先輩の懸念は晴れないと思うんで、俺もバラしておきますね」

「あん?」

「同期の須藤雅と、付き合ってるんです。まあ、ライバルも多いんですけど」

「は――」

 マジか。須藤といえば、新入社員の中でも顔が可愛いと評判の青年だ。そう言えば同期の羽鳥たちとよく一緒に居る。

(てか、ライバルが多いって……いや、まさかな)

 周囲に同姓のカップルなど居ないと思っていたが、そんなことはなかったようだ。羽鳥の肩を叩き、ホッと息を吐く。

「見られたのがお前でよかった」

「そうですか? まあ、鍵はかけた方が良いですね。寮だといきなり開けますから」

「それな。気を付けるわ」

 吉永には共有して良いということだろう。これで少しは安心だろうか。羽鳥に別れを告げ、食堂に向かう。俺も悩みが一つ消えて、ホッとした。

(しかし、居るところには居るんだなあ……それも、同じ寮内にいるなんて)

 同性で、しかも同じ寮内に恋人がいるなんて。てっきり俺だけだと思っていたのに。最近はLGBTを題材にしたドラマなんかもあるようだし、案外、そういうひとも多いんだろうか。まあ、俺はLGBTに該当しないんだけどもさ。



 ◆   ◆   ◆



 とまあ。羽鳥の秘密も知ったわけだし、これですべて解決! と思っていたのだが。

「ヤダ。無理。おれ自分の部屋帰るから。航平もそうして」

「は!? 何でだよ。平気だったって言ってんじゃん!」

 突然の寮内同棲解消である。俺の部屋に置きっぱなしにしていた荷物をまとめて、吉永が自分の部屋に引っ込んでしまった。それだけなら良いんだ。毎日一緒に寝られなくても、遊びに来れば良いだけだし。

「……無理って、言ってるじゃん。羽鳥が大丈夫だったのは、たまたまだろ?」

 そう言って赤い顔をして、心底恥ずかしそうにする吉永が可愛い。じゃなかった、本気で嫌がってる。

「無理って……」

 ドアの向こうに追いやられて、部屋に入れてくれない。これじゃイチャイチャ出来ないだろうがっ!

「これからは、外でしよ?」

「いや、そんな小首傾げて可愛くしてもダメだから。え? 本気で言ってる?」

「声がでけーって。周りに聴こえるだろ」

 外でしようっていうのは、もう寮内でエッチしないってこと?

(いやいやいやいや)

 吉永の言い分は解る。今回は俺も悪かったし、また同じことが起きたらってリスクを回避するのも解る。けど。

(けど、恋人同士なんだぞっ!?)

 本当は毎日したいのに、我慢してるんだぞ。本当は毎日エッチするのじゃ飽き足らず、足にしゃぶりついたりしたいのに!?

「ちょ、ちょ、ちょ。ちょっと待って。キスは? キスは良いんだよな?」

 まさか、それは禁止じゃないよな? 違うよな? 違うと言ってくれ。

「ん――」

 吉永が小首を傾げる。そんなに、悩むことじゃないだろ? なあ。

「……ダメ。したくなっちゃうし……」

「だあああつっ!!」

 くそっ! 嘘だろ。マジかよ。

 廊下に手をついてうなだれる俺に、吉永の困ったような声が降ってくる。

「そんなでもないだろ?」

「そんなだよ!」

 なんで平気そうなんだよ。クソ。信じらんねえ。

「その代わり、週末は外ですれば」

「……まじか……」

「別に、普通だろ?」

 いや、そうだけど。普通かもしんないけど。普通の働いてるカップルだったら、週末デートとか普通なのかも知れないけど。でもそいつらだって、不意に会いに行ってキスしたりエッチしたりするだろうよ。それもなしだなんて。

「急に会いたくなったら?」

「え?」

 顔を上げ、ずいっと詰め寄る。吉永が、何言ってんだ? みたいな顔をする。

「無性に寂しくなって、抱きしめたくなったら?」

「あー。まあ、平気じゃん?」

「冷た」

 何よそれ。酷いわ。あんまりよ。

 嘘泣きしていると、吉永は呆れた顔でため息を吐いた。耳がまだ赤い。

「あのなあ、おれ見られたんだぞ」

「それを言うなら俺だって見られた」

「傷ついてるの。わー、かー、る?」

「……それは」

「とにかく。寮内では接触禁止。解った?」

 言い聞かせるようにそう言う吉永に、俺は口を結んだ。

「解らん!!」

 大声で叫んだせいで、隣の部屋から「なんだ?」と寮生が顔を出した。おかげで追い出されてしまった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

処理中です...