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五十六 十周年

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(可愛かった……。また行きたいなぁ)

 ベッドの中での吉永を思い出しながら、ニマニマと笑う。先日のデートは良かった。アレコレして貰ったし、アレコレさせて貰ったし。普通に買い物デートも楽しかったし。非常に満足のいくデートだったと思う。

 昼休みは音楽を聴いていることが多い俺だ。イヤホンはもちろん、吉永と交換でプレゼントしあったイヤホンである。さりげないお揃いというのも、良いものだ。昔、彼女にペアで服を着ようと言われたときは、絶対に嫌だと断ったし、お揃いのキーホルダーとか一度も着けたことがなかったけど。変われば変わるものである。

 ユラユラと身体を揺らしながら、ヒット中だと言う楽曲のプレイリストを再生していると、不意に通知音が響く。

(ん……?)

 誰からなのか確認する前にメッセージアプリを開き、その後でギクリとした。

『久我くん、こんにちは。今日の退勤後に夕暮れ寮に行くんだ。久我くんはいるかな、と思って』

 河井さんからのメッセージだ。

 河井さんとはデートを何度かして、付き合うのも秒読みといったところだった。けど、俺が吉永への気持ちを自覚して、自然に関係が切れたつもりだったのだが――。

『私、諦めないね』

 彼女に、正面から言われた言葉を思い出す。『諦めない』という言葉を、「何を?」と聴くほど無粋でも鈍くもない。彼女は俺を男として見ている。

(参ったな……)

 吉永には自分で何とかしろと言われた。そりゃそうだ。ちゃんと言わないと。断らないと。けど、諦めないって。

 河井さんは、俺に脈がないことなど、解ってるはずなんだ。

「はぁ……」

 本当に、どうしようか。



   ◆   ◆   ◆



 河井さんへの対応をどうするか、グダグダと悩んでいるうちに寮に着いてしまった。多分、河井さんは居るのだろう。

(すごい、気が重い……)

 歩く足が鉛のように重くなる。吉永はもう帰っているだろうか。鉢合わせたらどんな顔をすれば良いだろうか。

 人の目のある寮だし、同僚はいるし、かなりまずい状況だと思う。もちろん、河井さんと付き合う気がないのだから、断るのは決まっている。でも、やんわりと断らなければ。

 こんなことなら、社内恋愛などしようと思わなければ良かった。もっとアプリとかで気軽に出会いを探した方が良かったかもしれない。

 そうしているうちに、玄関までたどり着く。覚悟を決めなければ。落ち着け。そうは言っても、まだ告白された訳じゃない。先走っても駄目だ。

「……ふぅ」

 深呼吸して、玄関の扉を潜る。エントランスは人の気配が多く、ざわついていた。

 いっそのこと、さっさと部屋に逃げ込めれば良かったのだが、それより早く、エントランスロビーのテーブルにいた、河井さんが声を上げた。

「久我くん!」

 ギクリとして、視線をそちらに向ける。女子は入れない男子寮ではあるが、外では寒いということで招かれたのだろう。テーブルには寮長の藤宮と、副寮長の雛森も座っている。

 俺は内心、苦笑いしながら、河井さんの方を向いた。名指しで呼ばれては、声をかけないわけにはいかない。

「――河井さん。お疲れさま」

「久我くんも。お帰りなさい」

「あ――忙しそうだね?」

 テーブルいっぱいに広げられた書類に、そう問いかける。雛森が「そうなんだよ」と頷いた。

「夕暮れ寮って、十周年になるんだよ。それで、卒寮生も呼んで祝賀会をすることになってね。まあ、OB会は年一でやってたんだけど、それが在寮生にも拡大してって感じ」

「へえ、祝賀会ですか」

 なるほど。そういう仕事があるのか。河井さんが来るのも、ちょっと納得する。

「確か、久我のところの福島課長が、一期生だったろ」

「あー、なんか、OBとは聞きましたね」

 藤宮と雛森は課長が在寮時代の後輩らしく、「あの人はよくパシらせた」とか「あの頃はコンビニがなくて」とか、思い出話を始める。

「大変そうだな」

「そうだね。OBの人たちうるさいし。でも、良い会にするからね」

 ニッコリと笑う河井さんは、すごく『総務の人』という感じで、俺に気があることが気のせいだったんじゃないかと思うくらい、普通だった。警戒したことが、少し恥ずかしいくらいだ。

(まあ、それはでも、河井さんが仕事を真面目にやる人だってことで、俺がどうこうじゃないんだろうな……)

「じゃあ、行くね。頑張って」

「うん。お疲れさまー」

 河井さんたちに別れを告げ、その場を後にする。

(しかし、十周年か)

 比較的、新しくて綺麗な寮だと思うが、もう十年になるらしい。祝賀会は良いが、課長が来るというのが気恥ずかしさがある。

(なんだろうな、この気恥ずかしさって)

 家族を上司に見られるような、そんな気恥ずかしさかもしれない。私生活を授業参観のように見られるような、こそばゆさがある。

 そんなことを思いながら、廊下を歩いていった。






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