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三十三 頼むから
しおりを挟むそれなりの盛り上りをして、合コンは解散となった。別に、誰かを持ち帰って、みたいな感じにはならない。全員が同じ職場の会社員だ。その辺りの節度はある。ただ、なんとなく、また同じメンバーで飲もうという話になった。『次』があるというのは、『なし』ではないということだ。
(ふぅ……。飯も酒も美味かったし、話も楽しかったし)
文句などない。良い飲み会だった。なんとなく、後ろめたさがあって、心の底から楽しめなかっただけだ。
連絡先の増えたスマートフォンをポケットの中で弄びながら、帰路に着く。男子メンバーで二次会をしようかという話も出たが、俺には門限もあるし辞退した。考えてみれば、寮外の友人は少ない。これを機に交流してもいい気がする。
(そうだよな。寮の中だけが世界じゃない)
当たり前のことを、今さら考える。別に、あの場所が全てだと、思っているわけじゃない。思ったこともない。みんなは口を揃えて「良い場所だ」なんて言うけれど、俺にしてみりゃ別にそこまでの場所じゃない。共同体であり、社会の延長。寮を出て数年後になったら「あの場所は良かった」なんて、同じ顔をして言うかも知れないけれど、それだけだ。
夜風を顔に浴びながら、身震いする。まだ春には遠い。
寮が見えてくる。もう皆、部屋に戻る時間なのか、明かりのついている部屋が多かった。
なんとなく、吉永の部屋の方を見上げた。
「っ」
ドクン、心臓が鳴る。
ベランダの窓を開けて、吉永がタバコをふかしていた。俺がいるのに気づいたのか、ニッと笑って見せる。
思わず、足が止まった。
「―――」
偶然、で片付けるには、酷く曖昧な。でも、待っていたと言いきる自信もなくて。
吉永の唇が、何かを言ったように動く。
(ん……?)
『お』
ドクン、鼓動が大きくなる。
『か』
あんな薄着でベランダに居るなんて。
『え』
冷えた肩を、今すぐ抱き寄せたい。
『り』
「――っ」
吉永の部屋は、地上からは遠いのに。その表情が、よく解るようだった。
唇をぐっと噛みしめ、拳を握る。込み上げる何かを押さえつけ、吉永の方に向かって無声で話しかける。
『寝ろ』
伝わったのか、吉永は破顔して、手を振った。俺もそれを見て、寮に向かって歩き出す。
吉永が見ている気配がした。けれど、俺は次は見上げなかった。
ザワザワと、胸がざわめく。甘酸っぱくて、苦くて、切ないような感傷が、胸に満ちていく。
(いい加減にしてくれ)
これ以上、踏み込まないでくれ。
俺の中に、入ってこないでくれ。
俺は意志が弱いから、あっさりと折れてしまうんだ。
俺にとってもそうだったように、あんたにとってもそうだったろう?
遊びだったろ。
ほんの、好奇心だっただろ。
そこに俺が居たからであって、俺じゃなくても良かっただろ。
あったのは、本当に少しだけ。
あんたなら良いかっていう、ほんの少しの好意だっただけだろう。
(頼むから)
俺の中から、消えてくれ。
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