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二十八 いつまで
しおりを挟む(くそ。結局、延長分俺が払うハメになったし……)
しっかり延長してしまった。まあ、楽しんだわけだし、良いんだけどさ。
「そっち焼けたぞ」
「おー」
ホテルから出て、腹が減ったと吉永が言うので、焼肉チェーンに入った。あれだけ体力を使ったのだから、肉を食いたくなるというものだ。目の前で肉を焼いている姿は、いつもの『寮の先輩』の顔だ。先ほどまでのエロい吉永ではない。
(楽しかった……楽しかったんだけど)
横に置いた鞄が気になる。スマートフォンに返事が来ているかもしれないと思っていると言うよりも、現状俺の胸の内を占める、謎の罪悪感のせいだ。別に悪いことをしているわけじゃない。なのに、なんだろうか。この得体の知れない居心地の悪さは。
(参ったな……)
吉永とは、遊びの延長のはずだ。セフレにもマナーはあるだろうが、その一線を越えたつもりはない。肉を頬張りつつ、どこか集中できずにいた。
「まあ、とにかくこれで登山の準備は整ったじゃん」
「おう。億劫っちゃ億劫だけど、楽しみでもあるな」
適当に相槌を打ちながら、肉をトングで網の上に並べる。吉永はレモンサワーをちびちび啜りながら、少しだけウトウトしていた。多分、疲れたんだろう。
「結局、一日中遊んだな」
「だな。まあ、門限がなきゃな……」
門限がなけりゃ宿泊も――。いや、十分楽しんだか。うん。
「泊りでどっか行く?」
「――っ」
吉永の言葉に、思わずトングから肉がポトリと落ちた。慌てて拾い上げ、網の上に載せる。
「ああ――いい、かもね」
ドクドクと、心臓が鳴った。泊りがけで遊びに行くのなんか、別におかしくない。先輩後輩で旅行とか、普通じゃないか。温泉とか、そう言うヤツ。
(温泉でゆっくりして、一晩中シて)
温泉で火照った吉永の肌を想像して、ぐっとこみ上げるものを呑み込む。浴衣から伸びる形の良い脚。はだけた胸。想像して、血圧が上昇したのを感じた。
「ん、ん。まあ、温泉とか、良いよな」
「だよな。箱根とか熱海とかどうよ。まあ、房総でも良いけどさ。どうせなら」
「あー。俺詳しくねえ」
「家族旅行とかは行かなかった?」
「……うちはそう言うのは、行かなかったな」
かなり幼いころは、行ったのかも知れない。けれど六つ年上の兄が受験になってから、行かなくなったはずだ。兄は――吉永と同じ歳だが、まるで違う。兄とは、あまり仲が良くない。お互いに干渉してこなかった。
「そうなんだ。うちは、あちこち行ったな。親が好きでさ。関東なら日光とか草津、伊香保なんかも良いよな。ちょっと足伸ばして岐阜の方でも良いし。いっそ北海道とかでも良いけど」
「北海道行きてー」
楽しそうな話ばかりされ、つい気持ちがそちらに向く。俺は半分くらいはノリと冗談のつもりだったが、吉永は本気に見えた。その様子に、内心ドギマギしてくる。
(旅行は楽しいけど、なんかそれ、どうなんだろう)
吉永と旅行。この話には、第三者は存在しない。俺も誰かを誘おうとは思えないけれど、吉永だって俺と二人で行くつもりだろう。当然、セックスもする。そういう前提で、話が進んでいる。
河井さんとのやり取りが、頭を過る。彼女の存在が、俺を冷静にさせた。
(俺――これ、いつまで続ける気だ)
ドクドクと、心臓が鳴る。こんなことを考えてしまった時点で、吉永に対しての裏切りのような気持ちを抱いたと、罪悪感が募る。
俺は寮を今年中に出るつもりで、彼女を作るつもりで、河井さんを狙ってて。
もし、彼女と。河井さんと付き合うことになったら、吉永はどうなるんだろうか。吉永とのセックスが好きだ。吉永の脚が好きだ。俺がしたいことをさせてくれる。脳みそが溶けそうなセックスばかりさせてくれる。けど、吉永は男だ。
普通に考えたら、俺は彼女を作って、寮を出て、同棲して、いずれ結婚する。結婚したら子供を作って、親になって、そういう人生を歩つもりだったし、今でもそれ以外の人生があることを想像出来ない。
俺は女の子を抱きながら、吉永とも寝るような最低なヤツになりかけている。そう、気づいた。
(ヤバイな……)
吉永が肉を口に入れる。伸ばされた舌を見て、エロいと感じる。
距離を、置くべきだ。潮時なのだ。
本能で、それを理解した。
(――吉永……)
けど。
あの身体を、唇を。
どうやって忘れられようか。
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