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十八 新鮮な感覚
しおりを挟む(よし。今日は定時で上がれるぞ)
仕事を綺麗に片付け、気持ち良く退勤できる。なんとなく、先日吉永と話したことで、仕事への考え方やモチベーションが変わった気がする。あれから、課長ともコミュニケーションをとるように意識している。今まで気にしたことがなかったが、登山が趣味だとか、カメラをこだわっているとか、そういうことを知ることが出来た。だからツールとかそういうガジェットに興味があったのか。
(登山も誘われたし)
山登り自体には興味はないけど、絶景の中で食う飯とか、帰りの温泉が最高だとか、そういうことを聞くと興味が持てる。まずは日帰りできる登山にでも行こうと誘われたので、行くつもりだ。
(靴とか買わないとな)
鼻歌交じりで歩いていると、帰宅する人ごみの中に見知った頭が見えた。ゆるくウェーブのかかったパーマ姿に、後ろから声を掛ける。
「吉永」
「あ?」
振り返る吉永に、足取り軽く駆け寄る。
「定時?」
「おー」
「あれ? スーツ? 珍し」
朝は一緒に出ていないので、気が付かなかった。いつもはTシャツにカーディガンくらいのラフなスタイルが多い吉永だが、今日は珍しくジャケットとシャツを着ていた。ちなみに俺は普段からシャツとジャケットである。ネクタイはしていない。
「今日は客と打ち合わせあったからな」
「へえー」
何だか、新鮮だ。普段ゆるい恰好が多いから、こういうファッションをしていると気分が違う。思わずチラチラと見ていると、視線に気が付いたのか吉永が「ん?」と首を傾げた。
「いや、っと……どっか、飲み行く?」
「あー、そうだなァ。この前言ってたトコ行く?」
「うん」
隣を歩きながら、なんだかソワソワしている。いつも通りに歩いているのに、心持が変わっているのは、あの唇にキスをしたからだろうか。
(キスしたいな……)
再び、口づけしたいという欲求が沸き上がる。スーツの隙間に手を忍ばせて、シャツのボタンを一つずつ外していくのは良いかも知れない。スーツ姿だと、案外出来る男みたいに見える。俺の手でぐずぐずにしてやれたら、すごく気分が良いだろう。
とはいえ、未だに上手く誘う方法を見いだせていない。既にセフレと言っても過言じゃない関係だとは思うけれど、俺の方から仕掛けるのは躊躇してしまう。がっついているのを悟られたくない。夢中になっているように見えたら嫌だ。自尊心が先に立つ。
(なんだかな)
それはそれで、振り回されているようだ。そう思いながら、フンと鼻を鳴らした。
◆ ◆ ◆
「まあまあ良かったな。でも量、少なめか」
「だなー。コスパはあんまり」
評判に聞いていた魚富味は、料理は良かったが、相対的な魅力はそれほどでもなかった。ちょっと残念だ。財布も軽くなってしまったし、物足りないのでコンビニに寄ってアイスを買って帰る。
「冷た」
「ちょうど良いだろ」
酒も入っているし、気分的にはちょうど良い。俺はチョコレートがかかったアイスバー。吉永はミルクだ。大口を開けてアイスにかじりつく。やっぱり少し冷たいかも。
吉永の方を味見させて貰おうと、視線をそちらに向ける。吉永の赤い舌が、アイスに伸びる。棒状の白いアイスを咥えている。だけなのだが。
「―――」
やましい気分が沸き上がり、目を逸らす。
「……」
はむ、と口に咥え、丹念に舐めるのが目の端に見えた。
(……こんな、エロい食い方、してたっけ……?)
俺の下心がそういう風に見させているんだろうか。それとも、吉永のやつがわざとやってるんだろうか。解らない。
悶々とした気分のまま、アイスを齧る。吉永が俺の方を見た。
「お前、よく齧れるな。おれムリ」
「知覚過敏じゃねーの」
「っ、ち、違う……と、思いたい……」
嫌そうに顔をしかめる吉永に、ニヤニヤと笑う。
「あんたでも歯医者は嫌なんだ?」
「歯医者が好きなヤツなんかいないだろ」
「多分ね」
吉永をからかいながら、俺は一気にアイスを食べ終えた。
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