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48 side海 キスしたい

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 柔らかな唇の感触に、ドキドキして死んでしまいそうだった。心臓の鼓動が大きすぎて、破裂してしまいそうだ。

 榎井はそっと唇に触れ、それから確認するようにもう一度唇を押し付けて来た。緊張で硬く閉じて居た唇を舌が擽る。びっくりして肩を震わせ、一瞬瞳を開けた。眼鏡越しに見えた榎井の瞳は、思っていたよりもまつ毛が長い。榎井がもう一度、舌で唇をノックする。

 おずおずと薄く開けた唇をこじ開け、舌が侵入する。ぞく、と背筋が震える。生暖かい舌がぬるりと絡みつく。経験豊富というわけではないが、不慣れというほど経験がないわけじゃないのに、いやに緊張して、ビクビクと肩を揺らす。

 榎井が、俺に、キスしてる。

 それだけで、背徳感がこみ上げ、頭がクラクラした。

「ん、はっ……」

 深く息を吐き、唇が離れる。とろんとした顔で榎井を見上げると、赤い顔で俺を見つめていた。榎井も、こんな顔をするのだと、心臓がどくんと跳ねる。欲望を滲ませた顔に、顔が熱くなった。

 好き。なのだ。榎井も、俺が。

 言葉では好きと言ってもらったが、本当なのだと実感して、じんわりと胸が熱くなる。榎井も、俺が好きなのだ。マリナではなく、俺のことが。

「嫌じゃ、なかった……?」

 頬に指で触れられながら確認され、カァと顔が熱くなる。嫌なわけない。むしろ、嬉しいし、良かった。

「ヤなわけ、ないっ……、もっと――」

 もっとしたい。そう言いかけて、ここが路上だと気が付きハッとする。冷静になって周囲を見回すと、人通りがなかったことにホッとした。女の子とだって、路上でキスなんかしたことない。酷く大胆な行為をした気がして、余計に顔が熱くなった。

 榎井は俺の返事にホッとした様子で笑みを浮かべる。その笑みに、心臓がきゅうっと音を立てた。

(もっと、くっついていたいな)

 というのが、正直な気持ちだった。もっとキスをしたかったし、寄り添って体温を感じたかった。手を繋ぎたかったし、榎井の笑った顔を間近で見ていたかった。

「二人きりになれるところ、行きたいな」

 何気なく呟いた言葉に、榎井が目を見開き――顔を赤くした。視線がどこをみているのか、俺の後方のほうを凝視している。

(?)

 視線に誘われるように榎井の見ていた方向を見て、驚いてビクッと肩が揺れる。

『ご休憩』と書かれた看板に、沸騰したように顔が熱くなった。そう言えばここは駅近くの路地裏で、この辺りはホテル街である。

(こっ、これじゃ俺が誘ったみたいじゃん!)

 動揺しながら羞恥心がこみ上げ、言い訳しようと慌てて首を振る。

「ちっ、違くてっ、そのっ……!」

 そういう意味で言ったんじゃないのだ。文字通り、人目のないところに行きたかったわけであって、もっとキスとかしたかったわけで。決して、やましい気持ちで言ったわけじゃないのだ。そりゃあ、ちょっと、イチャイチャしたいとは思ったんだけども。

「――」

 榎井が、俺の手を掴んだ。

「えっ?」

 何かを決意したような顔で、榎井が歩き出す。

「は、入ろう」

「っ――」

 驚きながらも、俺は引っ張られるままに、榎井と共にホテルの入り口を潜り抜けた。



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