上 下
43 / 58

41話 side山 マリナの悩み

しおりを挟む

 ここのところ、隠岐とあまり話せていない。どうも忙しいらしく、会えてもちょっと近況を聞くくらいで、落ち着いて会話は出来ていなかった。色々と話をしたい気持ちはもちろんあったが、それ以上に隠岐の身体が心配だった。ここの所、無理をしているように見えるし、顔色も良くない。冴えない表情の隠岐を見ていると辛かったし、笑顔でいて欲しかった。

(大丈夫かな……。また先輩から無理な仕事押し付けられてんじゃないだろうな……)

 隠岐によく仕事を押し付けていた先輩のことは、最近は無言の圧力をかけているので減っていたと思うのだが、隠岐は容量が悪いから、また変なことになっているのかもしれない。まあ、俺があまり口を出すことではないのだが。

 フロアで隠岐の方を見ていても、目が合うことはない。以前は、目が合うとニコッと笑いかけてくれた。それが、なくなってしまったのが、酷く寂しかった。



 ◆   ◆   ◆



(ビールでも開けながら、作業でもするかー……)

 なんとなく気持ちが晴れない。酒でも飲みながら絵でも描こうと、買い置きのぬるいビールを開けながらボンヤリとインターネットを眺め見る。作業すると言ってペイントソフトを起動させたものの、キャンバスは真っ白なままだった。

 不意に、画面の端に通知が来る。

『天海マリナチャンネルが配信を開始しました』という通知に、ボンヤリしていた意識が急にはっきりする。慌てて動画サイトを表示させ、マリナちゃんのチャンネルを開いた。待機画面を開きタイトルを確認する。『雑談』と書かれているから、雑談配信を急遽することにしたのだろう。マリナちゃんのライブ配信は久し振りだった。

(このところ、動画は上がってたけど配信はなかったもんな)

 忙しかったのか、ライブ配信はこのところなかった。久し振りの配信は、やはり嬉しい。いつもの仲間たちと待機しながら、配信を待つ。

(そう言えば、隠岐はどうしてるだろう)

 俺は先に帰ってしまったが、隠岐は残業だったはずだ。もう帰っただろうか。帰ったのなら、配信を見ているかもしれない。一瞬、一緒にビールを開けながら配信を見るのも良いな、と思ったが、疲れてるかもしれないという気持ちが、連絡する手を止めた。

 一度席を立ち、カラカラと窓を開く。窓の外から隣の部屋の様子を見る。明かりは点いていなかった。

「……まだ、帰ってないか……」

 ハァと溜め息を吐き出し、窓を閉める。席に戻ると同時に、画面が切り替わった。

『あー、あー。もしもし? 聞こえますか?』

 放送が始まる。いつもの挨拶を聴きながら、俺は僅かな違和感に首を傾げた。

(ん? マイク変えたかな?)

『こんばんは~。ん? 音が変? 聴こえない? 聴こえるけど違和感? あー、今日はね、家からじゃないの。ネットカフェから』

(ああ、なるほど)

 どうやら、今日は自宅からの配信ではないらしい。どうりで、いつもと声が違うはずだ。

『今日はお外でご飯食べたので、外から配信です。何食べたか? んとね、ラーメン。醤油? 豚骨醤油?』

 聞いているだけでなんだか腹が刺激されて、思わず口元に笑みを浮かべる。マリナちゃんの何でもない話を聞くのが好きだ。しみじみと、こうやって話す時間が貴重なものだと思える。

『今日はね、雑談~。ちょっと色々考え事していて、初心に帰ってみようかなと思いまして』

(初心か……)

 俺自身、初心という言葉にドキリとする。マリナちゃんの声がどこか元気がないように思えたけど、どうやら悩んでいるらしい。コメントを送ろうとして、薄っぺらい言葉になるような気がして、書いては消してを繰り返し、結局送信ボタンを押せなかった。

『わたしが配信しようと思ったきっかけって、言ったっけ? わたしちょっと、リアルではこう、一歩引いてしまう性格というか……。まあ、引っ込み思案で』

 コメントに<解る>とか<俺も>とか、共感するコメントが流れていく。

『それって多分、失敗が怖いからなんですよね。失敗して、嫌われたらどうしよう。とか、怒られたらどうしようとか。迷惑を掛けたらどうしよう、とか……あとは、まあ、自分なんか~とか、どうせわたしは……とか。まあ、マイナス思考がこう、こじれてしまっているというか、ね』

 コメントに流れるみんなの様子を見るに、多かれ少なかれ共感している人たちが多いようだ。俺なんかは「まずはやってみよう」ってタイプだから、対照的な立場にいると思う。隠岐なんかは、引っ込み思案な方だろうな。

『それで、高校時代は演劇部に入ってたんだよね。少しでもそういうの、直したくて……』

(そう言えば、演劇部だったとか言っていたな……)

 俺も学生時代は演劇部だった。俺は裏方の大道具だったが。もしかしたらどこかですれ違っていた可能性もあるよな。マリナちゃんも関東に住んでいるようだし、話している内容からも同世代だと分かっている。大会とかですれ違っていたら、エモいのだが。

『最初は裏方やりたかったんだけどね。なんと高校一年の大会では主役やったんだよね~。笑っちゃうでしょ』

<えっ!? 主役!?><それはすごい><観たかった~>と、コメントが流れる。マリナちゃんが主役をやるとは。一体なにをやったんだろうか。

『――白雪姫。やったんだよね』

「――」

 その言葉に、思い出が一気にフラッシュバックした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

気弱な暴君~ヤンキー新入社員、憧れの暴走族の元総長にエッチなお仕置きされてます~

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
新入社員である岩崎は、今年から夕暮れ寮に入寮したピンク色の髪が特徴の青年だ。 岩崎はひょんなことから仲良くなった『仏の鮎川』と呼ばれる男を見る度に、何か妙な違和感を抱いていた。 ある時、岩崎は鮎川が、かつて自分が憧れていた暴走族『死者の行列』の総長だと気が付いて、過去を知られたくない鮎川にエッチな口封じをされてしまって――! 元暴走族総長×ピンク髪ヤンキーのちょっとエッチなラブコメディ 夕暮れ寮シリーズ 第四弾。

二人はかみ合わないっ!~言葉が足りないケンカップルのちょっとエッチなすれ違いラブコメディ~

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
無口で人見知りな青年の上遠野はある日、女性ものの指輪を拾う。金色の繊細な指輪は、結婚指輪に憧れの強いゲイである上遠野の心をくすぐり、ほんの少しだけ借りようと嵌めてみることにした。 そんなある日、指輪の持ち主だという星嶋芳が返せと要求してくるが――。 かみ合わない二人の、ドタバタラブコメディ!

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

【完結】巨人族に二人ががりで溺愛されている俺は淫乱天使さまらしいです

浅葱
BL
異世界に召喚された社会人が、二人の巨人族に買われてどろどろに愛される物語です。 愛とかわいいエロが満載。 男しかいない世界にトリップした俺。それから五年、その世界で俺は冒険者として身を立てていた。パーティーメンバーにも恵まれ、順風満帆だと思われたが、その関係は三十歳の誕生日に激変する。俺がまだ童貞だと知ったパーティーメンバーは、あろうことか俺を奴隷商人に売ったのだった。 この世界では30歳まで童貞だと、男たちに抱かれなければ死んでしまう存在「天使」に変わってしまうのだという。 失意の内に売られた先で巨人族に抱かれ、その巨人族に買い取られた後は毎日二人の巨人族に溺愛される。 そんな生活の中、初恋の人に出会ったことで俺は気力を取り戻した。 エロテクを学ぶ為に巨人族たちを心から受け入れる俺。 そんな大きいの入んない! って思うのに抱かれたらめちゃくちゃ気持ちいい。 体格差のある3P/二輪挿しが基本です(ぉぃ)/二輪挿しではなくても巨根でヤられます。 乳首責め、尿道責め、結腸責め、複数Hあり。巨人族以外にも抱かれます。(触手族混血等) 一部かなり最後の方でリバありでふ。 ハッピーエンド保証。 「冴えないサラリーマンの僕が異世界トリップしたら王様に!?」「イケメンだけど短小な俺が異世界に召喚されたら」のスピンオフですが、読まなくてもお楽しみいただけます。 天使さまの生態についてfujossyに設定を載せています。 「天使さまの愛で方」https://fujossy.jp/books/17868

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

処理中です...