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34話 side海 何を着れば良いのっ!?
しおりを挟むベランダに立って、空を見上げる。藍色の空は暗く、星が幾つも輝いていた。寮の部屋のあかりはまばらで、みんな寝静まったのだと思う。吐息を吐くと息が白く凍った。
寮のベランダは、人一人立つのがやっとの小さなものだ。時折こうして外を眺めて、気持ちをリセットさせる。寮にきてからの日課になっていた。
横目で、隣の部屋を見る。部屋のあかりは消えているが、カーテンの隙間から僅かな明かりが溢れていた。小さな明かりで読書をしているか、パソコンだけ着けているのだろう。もしかしたら、寝落ちしているのかも。
(起きてるのかな)
榎井は、なにをしてるんだろう。マリナの動画を見ていたりして。そんな妄想をしてしまう。
「さむっ……。そろそろ、部屋戻ろう」
カラカラとベランダの窓を開け、部屋の中に入る。ベッドの上を見て、はぁと溜め息を吐き出した。
「現実逃避してる場合じゃない……」
ベッドの上に散乱しているのは、俺の数少ないワードローブである。週末の外出に何を着ていったら良いのか悩みに悩んで、引っ張り出して来たのだ。
引っ越しして以来、段ボールの中にしまいっぱなしだった衣装は、少し折りシワがついてしまっている。横着して、都度都度必要な服を引っ張り出していたのだ。これを機に片付けなければ。
「うーん、これ、とか……?」
ライトグレーのニットを当ててみる。柔らかい素材で気に入っているのだ。それから別のオフホワイトとダークピンクのトレーナーを手にする。こっちも気に入っている。
「……」
私服可愛いな。そう言われたのが頭に残っていて、どうしても意識してしまう。こうやって服に悩んでいるのが、恥ずかしくて堪らない。
「あーっ! もうっ!」
頭を抱えながら、思わず叫び声を上げた。もう、どうしたら良いのか解らないよ!
◆ ◆ ◆
「あーっ、もう、なんで今日に限って!」
ドライヤー片手に、鏡の前で奮闘する。今日は榎井に誘われて秋葉原へ出掛ける日だ。朝から早起きして準備をしているというのに、今日に限って髪がハネて直らない。後頭部の髪がぴょこんと上の方へ向いている。
ワックスやらオイルやらを着けてなんとか直そうとするが、やればやるほど頑固な髪の毛が逆さまを向いてしまう。そんなこんなをしているうちに、スマートフォンに通知が入った。
『おはよう。そろそろ行ける?』
「うわっ。ヤバイ、行かないと!」
榎井は部屋の前で待っているようだ。あまり待たせたりしたらマズい。仕方がなしに最後にひと撫でし、ドライヤーをコンセントから抜いて放り投げると、鞄を担いでドアを開いた。
「ご、ごめん。お待たせっ」
「おう。慌てなくても良いのに」
榎井の言葉に、曖昧に笑う。榎井は怒ったりしないのはわかっているが、誰かを待たせることに慣れていない。
俺はチラリと、榎井を見た。ライトグレーのパーカーの上に、黒いブルゾンを羽織った姿は、いつものシャツとスラックス姿を見慣れている分、新鮮に思えた。対する俺の方は、悩みに悩んだ結果、赤いチェックのシャツにライトダウンというスタイルだ。
「跳ねてる」
榎井がぴょこんと跳ねた髪を掌で撫でた。髪に触れられ、ドクンと心臓が脈打つ。
「っ、そ、そうなんだよ。全然直らなくて……」
「あはは。可愛いじゃん」
「――っ」
笑顔でそう言われ、きゅっと心臓が鳴った。唇を結び、顔を背ける。顔が熱い。榎井の方をまともに見られる気がしない。
(すぐ、そういう風に言う)
榎井にとって、何でもないことなのかもしれない。そう思うと、少しだけ寂しかった。
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