上 下
36 / 58

34話 side海 何を着れば良いのっ!?

しおりを挟む


 ベランダに立って、空を見上げる。藍色の空は暗く、星が幾つも輝いていた。寮の部屋のあかりはまばらで、みんな寝静まったのだと思う。吐息を吐くと息が白く凍った。

 寮のベランダは、人一人立つのがやっとの小さなものだ。時折こうして外を眺めて、気持ちをリセットさせる。寮にきてからの日課になっていた。

 横目で、隣の部屋を見る。部屋のあかりは消えているが、カーテンの隙間から僅かな明かりが溢れていた。小さな明かりで読書をしているか、パソコンだけ着けているのだろう。もしかしたら、寝落ちしているのかも。

(起きてるのかな)

 榎井は、なにをしてるんだろう。マリナの動画を見ていたりして。そんな妄想をしてしまう。

「さむっ……。そろそろ、部屋戻ろう」

 カラカラとベランダの窓を開け、部屋の中に入る。ベッドの上を見て、はぁと溜め息を吐き出した。

「現実逃避してる場合じゃない……」

 ベッドの上に散乱しているのは、俺の数少ないワードローブである。週末の外出に何を着ていったら良いのか悩みに悩んで、引っ張り出して来たのだ。

 引っ越しして以来、段ボールの中にしまいっぱなしだった衣装は、少し折りシワがついてしまっている。横着して、都度都度必要な服を引っ張り出していたのだ。これを機に片付けなければ。

「うーん、これ、とか……?」

 ライトグレーのニットを当ててみる。柔らかい素材で気に入っているのだ。それから別のオフホワイトとダークピンクのトレーナーを手にする。こっちも気に入っている。

「……」

 私服可愛いな。そう言われたのが頭に残っていて、どうしても意識してしまう。こうやって服に悩んでいるのが、恥ずかしくて堪らない。

「あーっ! もうっ!」

 頭を抱えながら、思わず叫び声を上げた。もう、どうしたら良いのか解らないよ!



   ◆   ◆   ◆



「あーっ、もう、なんで今日に限って!」

 ドライヤー片手に、鏡の前で奮闘する。今日は榎井に誘われて秋葉原へ出掛ける日だ。朝から早起きして準備をしているというのに、今日に限って髪がハネて直らない。後頭部の髪がぴょこんと上の方へ向いている。

 ワックスやらオイルやらを着けてなんとか直そうとするが、やればやるほど頑固な髪の毛が逆さまを向いてしまう。そんなこんなをしているうちに、スマートフォンに通知が入った。

『おはよう。そろそろ行ける?』

「うわっ。ヤバイ、行かないと!」

 榎井は部屋の前で待っているようだ。あまり待たせたりしたらマズい。仕方がなしに最後にひと撫でし、ドライヤーをコンセントから抜いて放り投げると、鞄を担いでドアを開いた。

「ご、ごめん。お待たせっ」

「おう。慌てなくても良いのに」

 榎井の言葉に、曖昧に笑う。榎井は怒ったりしないのはわかっているが、誰かを待たせることに慣れていない。

 俺はチラリと、榎井を見た。ライトグレーのパーカーの上に、黒いブルゾンを羽織った姿は、いつものシャツとスラックス姿を見慣れている分、新鮮に思えた。対する俺の方は、悩みに悩んだ結果、赤いチェックのシャツにライトダウンというスタイルだ。

「跳ねてる」

 榎井がぴょこんと跳ねた髪を掌で撫でた。髪に触れられ、ドクンと心臓が脈打つ。

「っ、そ、そうなんだよ。全然直らなくて……」

「あはは。可愛いじゃん」

「――っ」

 笑顔でそう言われ、きゅっと心臓が鳴った。唇を結び、顔を背ける。顔が熱い。榎井の方をまともに見られる気がしない。

(すぐ、そういう風に言う)

 榎井にとって、何でもないことなのかもしれない。そう思うと、少しだけ寂しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうして逃げるの、住谷さん?

一片澪
恋愛
住谷 香苗(二十八歳)は自他共に認めるとんでもなく影の薄い女。 そんな彼女は同じ課にいる超絶忙しい城崎 大和(二十九歳)の仕事上のサポートをコッソリと行う事にした。 だって彼は『推し』に似た顔を持ち、別の『推し』と似た声を持っているとんでもない存在なのだから!!! ※オフィスラブのラブまでいきません。手前です。 ※さらっと読めるとても軽い話です。

sugar sugar honey! 甘くとろける恋をしよう

乃木のき
BL
母親の再婚によってあまーい名前になってしまった「佐藤蜜」は入学式の日、担任に「おいしそうだね」と言われてしまった。 周防獅子という負けず劣らずの名前を持つ担任は、ガタイに似合わず甘党でおっとりしていて、そばにいると心地がいい。 初恋もまだな蜜だけど周防と初めての経験を通して恋を知っていく。 (これが恋っていうものなのか?) 人を好きになる苦しさを知った時、蜜は大人の階段を上り始める。 ピュアな男子高生と先生の甘々ラブストーリー。 ※エブリスタにて『sugar sugar honey』のタイトルで掲載されていた作品です。

嘘つきは眼鏡のはじまり

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私、花崎ミサは会社では根暗で通ってる。 引っ込み思案で人見知り。 そんな私が自由になれるのは、SNSの中で〝木の花〟を演じているときだけ。 そんな私が最近、気になっているのはSNSで知り合った柊さん。 知的で落ち着いた雰囲気で。 読んでいる本の趣味もあう。 だから、思い切って文フリにお誘いしたのだけど。 当日、待ち合わせ場所にいたのは苦手な同僚にそっくりな人で……。 花崎ミサ 女子会社員 引っ込み思案で人見知り。 自分の演じる、木の花のような女性になりたいと憧れている。 × 星名聖夜 会社員 みんなの人気者 いつもキラキラ星が飛んでいる ミサから見れば〝浮ついたチャラい男〟 × 星名柊人 聖夜の双子の兄 会社員 聖夜とは正反対で、落ち着いた知的な雰囲気 双子でも、こんなに違うものなんですね……。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった

二三
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…? ※タイトルから1を外し、長編に変更しました。2023.08.16

処理中です...