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31話 side山 隠岐を知りたい
しおりを挟む隠岐を昼飯に誘ったのは、入社以来初めてだ。というか、もう隠岐のことはずっと避け続けていたのだから、何もかもが初めてだと言って良い。我ながら今まで酷い態度をとっていたと反省すると同時に、華麗な掌返しをしている自覚があるので隠岐には申し訳ない。
(貴重なリアルのマリナちゃんファンだからな……)
布教はしたものの、「見てるよ~」程度の軽い反応しかないのが現実だ。活動に協力してくれている渡瀬も、視聴といいねを押す作業はしてくれているが、あくまで支援であり渡瀬本人が嵌っているわけではない。そうなると、身近なマリナちゃんファンというのはかなり貴重な人材なのだ。もちろん、マリナちゃんファンだから仲良くしようという下心ではない。隠岐がオタク嫌いだというのが勘違いだとわかったからだ。
(しかし、あの隠岐がオタクだったとは……)
最近はアイドルにもオタクがいるし、見た目じゃ解らなくはなったものだが、本当にうまく隠れている。渡瀬みたいなチャラいウェイ系かと思っていたが、見てくれだけだったようだ。隠岐は見た目は可愛らしいし、オタバレしたとしても可愛がられるだけだと思うのだが、本人的にはトラウマがあって黙っているらしい。過去に、よほど酷い虐めにでもあったのだろうか。あまり詮索する気はないが、小中学校のその手の虐めは割と残虐だ。大人の俺からみると虐めている方のあまりの子供っぷりに呆れてしまうが、当事者としてはたまったものではないだろう。
そんなことを考えながら仕事をしているうちに、昼休みになった。俺は社員証とスマートフォンを片手に、隠岐のデスクの方へ向かう。食堂は寮の食堂と同じく社員証に紐づけされた口座から決済されるので、財布を持ち歩く必要はない。なお、同じ夕日コーポレーションの食堂ではあるが、夕暮れ寮とは栄養士が違うのか、味は夕暮れ寮の方が美味い。対応する人数が違うから、仕方がないのかもしれない。
「隠岐、飯行こうぜ」
「あ、うん。ちょっと待って、これだけ……」
隠岐はメールを打っていた途中らしく、慌しくキーボードを操作している。本当はすぐに食堂に行かなければ混むのだが。
(まあ、しゃあない)
既に席を立って居なくなった隣の椅子に腰かけ、隠岐を待つ。
「慌てなくていいぞ。良く見直してから送った方が良い」
「う。そうだな。悪い、榎井」
「気にするな」
文面を打ち終えたらしく、隠岐は上から下まで視線を走らせ、頷いてから送信ボタンを押した。
「お待たせ。遅くなっちゃったな」
「ま、大丈夫だろ。お前、普段は?」
「いつもは売店でパンとか」
「あー、悪いな。急に誘って」
「ううん。嬉しかったから」
そう言って、隠岐がにかっと笑う。
「――」
(?)
何故だか心臓がもぞもぞして、思わず手を当てる。なんだろう。不整脈だろうか。毎日夜中まで動画を観ているから、多分寝不足なのだろう。
「榎井は休日とかどうしてる?」
「俺はもう、カップラかコンビニだな。隠岐は一人暮らしの時は自炊してたの?」
「気が向いた時だけ。でも材料揃えて満足しちゃって、作ろうって気持ちがどっか行っちゃう。それで結局コンビニで買ってくるっていう」
「あはは。解るわ」
そう言う気分になる時があるのは解るな。まあ、俺の場合は買い物に行く時点で挫折するけど。
「他の同期三人は、割とやるみたいなんだけどさ」
「そうなんだ?」
「そ。星嶋はあれでも結構メシ上手くって。美味い店も色々知ってるから、そう言うの好きなのかもな。良輔と渡瀬は実家でも少しやってたらしくて、やろうと思えばやれるらしい。たまにタコパとかさ、鍋とかやるんだ。良輔の部屋で」
「へえー。良いじゃん」
多分、次は隠岐も呼ばれるだろう。俺も今度は反対したりしない。
(良いよな、そう言うの)
もしかして、俺から誘っても良いんだろうか。多分、良いんだろうな。
食堂の列に並び、メニューを悩む横顔を見る。
俺は、多分、隠岐のことをもっと知りたいんだろうな。
嫌悪は好意の裏返しだったように、あっさりとひっくり返ってしまった。真っ黒な見た目な癖に切ったら真っ白な茄子みたいな裏切りだ。そう言えば俺は茄子の漬物が嫌いだけど、揚げた茄子は異常に好きだ。そんな裏切りだ。
(……食ってみないと、わかんないってことだな)
何事も、表裏一体ではない。見えているものが全てではないのだ。何十年も生きて来ても、なかなかそういうことに気づけない。
「A定食にしようかなぁ。榎井はどうする?」
「……」
「榎井?」
ひょこと顔を覗き込まれ、ドキリと心臓が跳ねた。
「あ、考え事、してた」
「え?」
「いや――。マリナちゃんが、将来コラボカフェとかやったら最高だよな」
本当は全然ちがうことを考えていたのだが、食堂の雰囲気からとっさに思いついてそう口にする。
「ゲホッゲホッゲホッ」
急に話を振ったので、隠岐は驚いたのか盛大に噎せる。すまん。
「なに、急に」
顔を赤くして、でも隠岐は少し嬉しそうだった。思わず俺も笑ってしまう。
「良いと思わん? 等身大のパネル置いて撮影スペースにして。ランダムコースターとアクリルキーホルダーに缶バッチ」
俺の声に、隠岐がククと笑った。その、笑顔がやけに眩しい。
「メニューはチョコバナナ?」
「だな」
隠岐の笑顔を見て、マリナちゃんのコラボカフェが本当に実現すれば良いのにと、何だか無性に、そう思ってしまった。
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