隣のアイツは俺の嫁~嫌いなアイツの正体は、どうやら推しのバーチャルストリーマーらしい~

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO

文字の大きさ
上 下
28 / 58

26話 side海 天海マリナ

しおりを挟む
千以上の再生数を伸ばした。これほど再生されたのは、これまでの天海マリナのストリーマー人生のなかで、初めてのことだろう。

(評判も悪くない。ゲーム自体に人気があるから、新規の登録者も増えてる……!)

 見てくれた人の高評価もいつもより多いし、見たことのない人からのコメントも入っている。間違いなく、『伸びる』傾向にある動画だった。

「良かった……! 『歪みの塔のアリス』にして! それに、この前のアネモネブラウンも良かったのかも!」

 今人気で、みんなが検索を掛けるタイミングだ。もしかしたらそれで観に来てくれたひともいるのかもしれない。

 再生数が伸びるのは、単純に嬉しい。認められているような気持ちになれるし、何よりこれから動画を投稿するうえでもモチベーションにつながる。

(よし、もっと頑張らないと!)

 その上、『ステラビ』の最終回も控えている。まだ伸びる可能性はあるのだ。ヤマダもイラストで応援してくれているし、最近は他にも絵を投稿してくれる人が増えている。ヤマダの影響でイラストを投稿する人のハードルが下がっているのだろう。嬉しいことばかりだ。

 今日は仕事をしていても、一日中再生数のことが気になって仕方がなかった。こうして解析画面を見るのが楽しいだなんて、やっぱり自分は少し根暗な気がするが、嬉しいものは仕方がない。

「早いところ次の動画を撮って、編集にこだわった方が良いよな」

 先日投稿したパート1の動画は、いつもより少し丁寧に編集した。そのあたりも再生数が伸びた要因だろう。撮影も編集も自分で全部やるのは大変だが、弱小ストリーマーの踏ん張りどころでもある。ここで頑張らなくて、いつ頑張るというのだ。

 意気込みを新たに、今日も動画を一本撮ろうと準備を始める。撮影を始めれば集中してしまうので、他のことに気を取られていられない。機材を準備していると、不意に一度も鳴ったことのない部屋のチャイムが鳴り響いた。

「えっ」

 驚いて、慌ててドアの方に向かう。引っ越してきてからというもの、この部屋を訪ねた人間は皆無と言って良い。引っ越しの日に荷物を運んでくれた星嶋・押鴨・渡瀬の三人が入ったっきりだ。それ以外は来客はない。

 ドアをそっと開き「はい?」と声を掛けると、扉の外に立っていたのは見知らぬ人物だった。寮内でみかけたことくらいはあっただろうか。

「ああ、どうも。僕は208号室の鮎川って言います」

「あ、はあ……」

 鮎川と呼ばれた男は、前髪が長いせいで顔が殆ど見えない、陰気な雰囲気の男だった。怪訝な顔で見る俺に、鮎川は何やらファイルを片手に見せて来る。

「これ、寮内のお知らせ。回覧板ってやつです。208号室から301号室へ。301号室の隠岐くんは、302号室の榎井くんに回してね」

「ああ――回覧板ですか」

 どうやらお知らせを回しているらしい。掲示板もあるのだが、鮎川は「それだと見ない人もいるから、大事なお知らせについては回覧板を回している」と教えてくれた。

(なるほど……)

 今回が初めてだからという理由で丁寧に教えてもらい、恐縮する。鮎川は十歳も年上の先輩だそうだ。人見知りな俺ではあるが、陰キャな雰囲気のせいかあまり委縮せずに会話が出来た。

 鮎川に礼を言い、回覧板の中身を確認する。内容は週末に断水があるという情報だった。その時間帯は寮内の水道設備。つまりは水道・トイレ・シャワーが使えなくなるとのことだったので、確かに重要な内容である。

(榎井にも回しちゃおうか)

 確認のサインをして、玄関に向かう。そう言えば榎井は俺の部屋を訪ねたことはないが、俺も榎井の部屋を訪ねたことがない。一度くらい、遊びに行ってみたい気もしたが、そんな勇気は微塵もなかった。

 回覧板という大義名分があるので、堂々とチャイムを鳴らす。榎井は一度目のチャイムでは無反応だったが、二回目のチャイムで顔をのぞかせた。

「はいはいはいはい?」

 面倒そうに扉を開き、俺だと知って顔を顰める。

「隠岐」

「おう、回覧板。何してたの? なんか、音が――」

 榎井の部屋から、何か音楽が聞こえてくる。なんだ、これ。なんか、聞き覚えがあるような。

「あー、ちょっと、動画観てた」

「へー……」

 軽く流そうとして、耳に飛び込んできた声に、ビクリと身体を揺らす。

『風に揺れるアネモネ、僕の胸から流れる血が――』

 ボイスチェンジャーのせいで、本来の声より若干高いキー。実は少しなまっているから、聴きにくい声があるのを気にしている。

 間違いない。だって、その声を一番聞いているのは、俺だから。

「は――? え?」

 固まって、思わず榎井の部屋の奥に視線を向ける。榎井が「何だよ」と唇を曲げた。

「天海マリナ……?」

 ポロッと口にした言葉に、今度は榎井が目を見開いた。

「は?」

 互いに、微妙な空気が流れる。

「なんで、知ってんの……?」

 そう呟いたのは、どっちだっただろうか。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

ポンコツアルファを拾いました。

おもちDX
BL
オメガのほうが優秀な世界。会社を立ち上げたばかりの渚は、しくしく泣いているアルファを拾った。すぐにラットを起こす梨杜は、社員に馬鹿にされながらも渚のそばで一生懸命働く。渚はそんな梨杜が可愛くなってきて…… ポンコツアルファをエリートオメガがヨシヨシする話です。 オメガバースのアルファが『優秀』という部分を、オメガにあげたい!と思いついた世界観。 ※特殊設定の現代オメガバースです

僕の心臓まで、62.1マイル

野良風(のらふ)
BL
国民的女優と元俳優の政治家を両親に持つ、モデル兼俳優の能見蓮。 抜群のルックスを活かし芸能界で活躍する一方、自身の才能に不安を抱く日々。 そんな蓮に、人気バンドRidiculousのMV出演という仕事が決まる。 しかし、顔合わせで出会ったメンバーの佐井賀大和から、理由も分からない敵意を向けられる。蓮も大和に対して、大きくマイナスな感情を持つ。MVの撮影開始が目前に迫ったある夜、蓮はクラブで絡まれているところを偶然大和に助けられる。その時に弱みを握られてしまい、大和に脅されることになりーー。 不穏なあらすじとは裏腹な、ラブ&コメディ&推し活なお話です。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

処理中です...