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19 side山 駅での騒動
しおりを挟む同期会を行った週末、俺は隠岐が言っていたチョコバナナをゲットすべく、駅へ行くことにした。アニメグッズや同人誌を買いに東京へ行くときは駅に行くが、駅の目立たない場所にあるバナナジュース専門店になど興味があるはずもなく、これまで知ることはなかった。口コミを見たがバナナジュースの話ばかりで、実際にチョコバナナが存在するのかどうかは解らない。とにかく、行ってみるしかないだろう。
マリナちゃんを愛する俺としては、夏にでも屋台でチョコバナナを買うしかないかと思っていたが、通年で買えるとなれば話は別だ。ちなみに俺自身はチョコバナナは好きでも嫌いでもない。子供のころに行った祭りでも、買った記憶はなかった。なお、夏祭りはここ十数年行っていない。
(えーと確かこっちだよな)
うろ覚えではあったが、もともとチーズケーキ屋だった店には覚えがあった。近くに行くと、黄色いペンキで染められた壁の店が見えて来た。バナナの看板で、一目でわかる。店は流行っているようには見えなかった。なんとなく近寄りがたい雰囲気がして一瞬怖気づく。
(いやいや、躊躇ってどうする)
隠岐のやつ、よくこんな雰囲気の店に行ったな。そう思いながら近づいてみる。すぐに店員が気がつき「いらっしゃいませ」と明るい声がした。店は閑散としているが、店員の接客態度は悪くない。もしかしたら今がたまたま混雑していないだけなのかもしれない。
(どれどれ。バナナジュースといっても、色々種類があるんだな)
メニューを見ると、看板メニューである濃厚バナナジュースの他にもチョコや抹茶、ハチミツなどを加えたバナナジュースがあるようだ。まあ、目的はこれではない。
ショーケースをみると、バナナジュース以外にも売っているようだ。バナナケーキなどの菓子に並んで、チョコバナナが置かれている。
(なるほど、これか)
チョコバナナといって思い付いた風貌とは、少し違った。屋台で買うようなものじゃない。インスタ映えを狙ったような、可愛らしいトッピングのついたチョコバナナだ。ハートや花のチョコやクッキーがくっついている。マカロンが着いたものもあった。チョコ部分もいわゆる茶色だけでなく、ピンクや黄色、ミントグリーン、白など様々な色がある。
(こりゃ凄い)
隠岐がちょっと買ってみた気持ちも解る。可愛いし、気分が上がる。スイーツ好きなら男子でもテンションが上がる品だろう。
俺は店員に、バナナジュースとチョコバナナを二本、テイクアウトで注文した。ノーマルの茶色とミントグリーンだ。マリナちゃんのイメージカラーがパステルグリーンだからな。折角だから、写真を撮っておきたいものだが、ここでは撮影スペースもないので、寮に帰ってから撮れば良いだろう。
バナナ柄の紙袋片手に、駅の方へと向かう。ついでなので本屋を見て帰ろう。寮生活の難点は、紙の本はかさばるので電子書籍を買いがちになることだ。どうしても紙で欲しい本は書店で買うが、大抵は実家に送ることになる。
バナナジュースがぬるくなりそうなので、サッと本屋を見まわして、めぼしい本を三冊ほど購入して退店する。なかなか荷物が増えてきた。そろそろ寮に戻ろう。
欲しかったものが手に入った喜びでホクホクしながら駅を出る。駅前広場を横切って横断歩道の方へと向かう途中、見慣れたシルエットが目に入った。後ろ姿でも誰なのか解ってしまう自分が嫌だ。癖のない茶色に染めた髪。細めの腰。実は華奢なのを知っている。
(隠岐――と、誰だ? アレ)
買い物でもしたのか、紺のビニール袋をぶら下げた隠岐と誰かが喋っていた。スーツ姿の気さくな風貌の男。見覚えのない顔だ。
(というか――)
少し近づき、様子を窺う。
「今はキャリアアップとか色々大変でしょ? でもマジでこれがすごくって、有名なところだと人気ユーチューバーの人とか芸能人とか? とにかくみんなやってるんだよ」
「は、はあ……」
(めちゃくちゃ勧誘じゃねーか)
いつから捕まっているのか、隠岐は疲れた顔でセールストークをずっと言い続けている男に捕まっている。さっさと逃げれば良いのに、隠岐が「じゃあ…」と逃げ腰になると道を塞ぐように立ち回り、「結構です」というと「そうですよね! やっぱり興味ありますよねえ!」と被せて来る。
(……なんだアレ……)
見たところ教材の勧誘のようだ。疲れさせて判断力を失わせ、最終的に「面倒だし教材を買うのは無駄じゃないから……」という気持ちにさせて購入させる手口である。ちなみにこのまま喫茶店などの場所に移し替え、相手の上司が登場する劇場タイプの勧誘もあったりする。
隠岐はもう顔に「面倒臭い」と書いてあったし、だいぶ疲れている様子だった。契約も秒読みといった感じだ。
「……」
俺はハァ、と溜め息一つ吐いて、足早に近づく。
「おい!」
「はい!? えっ?」
声を掛けられ、隠岐が驚いて顔を上げる。勧誘の男も俺の方を見た。俺はそのまま隠岐の腕を掴み、わざと怒ったように声を荒らげた。
「お前こんなところに居たのかよ! 西口って言っただろうが! ふざけんなよ!」
「えっ? あっ? ごめん?」
訳も分からないまま、反射的に謝る隠岐を引っ張る。男が「ちょっと!」と声を掛けるのに、じろりと睨みつけた。
「あ!? 何だテメエ。こっちは急いでんだよ。行くぞ!」
「あ、す、すみません」
男は面食らって、「お忙しいところ済みません……」と小さな声でつぶやいた。隠岐はよせば良いのに男に会釈して、そのまま俺に引っ張られていく。
俺は男の視線が無くなるまで、隠岐の腕をずっと引っ張って行った。
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