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16 side海 榎井は塩対応

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 店の外に出ると、外気が心地よかった。居酒屋の雑多な空気から逃れるように、静かな闇に滑り出す。

 街灯の冷ややかな明かりに照らされ、空を見上げた。あいにくの曇り空で、月も星も見えなかったが、心地よかった。

(楽し、かったー……)

 楽しかった。うん、楽しかった。

 飲み会って緊張ばかりで、嫌なものだと思っていたけれど、こんなに楽しいなんて。そりゃあ、ちょっと見栄を張ったり、気負った部分はあるけれど、今までの飲み会に比べたらかなり楽しかった。

(多分、押鴨とか渡瀬がかなり気遣いしてくれたからだよな……)

 性格なのか、二人は細やかに気を遣ってくれる。それに、ちょっと見た目が怖い星嶋も、兄貴肌というか、悪いヤツじゃないし。

 榎井は――相変わらずだ。馴れ馴れしくもなく、よそよそしくもない。絶妙な距離で接してくれる。榎井は変わらない。誰にたいしても。それが、羨ましくもある。

「はー、楽しかった。またやろうな同期会。隠岐も」

「う、うん」

 渡瀬の誘いに、嬉しくなる。四人の仲間に俺を入れてくれようとしてるのが、凄く嬉しかった。

 足取りも軽くなって、ふわふわした気持ちで道を行く。みんな寮に戻るから、同じ帰り道だ。こんな帰り道、浮わついて仕方がない。

「今何時? 良輔」

「十九時半」

「コンビニ寄ろうぜ」

 ワイワイと夜道を歩きながら、コンビニを目指す。シメの飯やらを買い込むつもりらしい。同期の四人はみんな良く飲むし良く食べるようだ。

(榎井と、話そびれたな……)

 バナナジュース専門店のチョコバナナに食いついていたから、興味があるのだと思った。それならば、一緒にどうかと誘いたかったのだが、話そびれたままになってしまった。

(仲良くなるチャンスだったのに……)

 五年も同じ職場にいて、今さらだろうか。でも、今さら飲みにも来たじゃないか。榎井なら、俺が急に誘っても、変わらない距離で居てくれると思った。

(でも、今からチョコバナナの話はなんか違うよなあ……)

 こんな時まで空気を読むことを考えなくてもいい気がするが、長年染み付いた習性はそう変わるものではない。人の顔色をうかがって、自分の意見を引っ込める。

 先を歩く星嶋と渡瀬、押鴨の背を見る。榎井は半歩遅れて歩く。それが、彼らの距離感なのだろう。先頭を行く星嶋、並んで歩く渡瀬と押鴨。三人に付かず離れずを行く榎井。

 俺の場所は、どこになるんだろう。どこなら、不快な想いをさせないだろうか。

『自分らしく生きたいな。そう思って、活動してます』

 不意に、『天海マリナ』として発言した、自分の言葉を思い出す。視聴者の前で言った言葉は、嘘じゃない。マリナであるとき、俺は嘘を吐かないと決めていた。

 リアルの俺のように、自分に嘘を吐いて生きたくない。

(マリナも、そう言ってるだろ)

 マリナの言葉に背中を押されるように、顔を上げる。榎井は真っ直ぐ前を向いて、どこか機嫌が良さそうにしている。しこたま飲んでいた酒のせいかも知れない。

 緊張で、指が震えた。心臓がバクバクする。

(なにか。話題――)

 顔が熱いのは、緊張のせいだろう。酔っているせいもある。

『マリナちゃん、応援してるよ!』

 フワリ、優しい色使いの絵が、脳裏に過る。俺の『推し』である神絵師『ヤマダ』の描いたマリナが微笑んでいる。

 俺の待ち受け画面は、ヤマダのマリナだ。ポケットに手を突っ込み、スマートフォンに触れる。

 大丈夫。勇気を出せ。

「あのっ、さ、榎井」

「あ?」

 榎井が振り返る。黒渕メガネの向こうから、俺を見る。

「バーベキューのポスター、お前が描いたんだろ? スゲー、上手じゃん」

「――」

 榎井は目を見開いて、俺を凝視した。急に振って驚いたのかも知れない。

「入寮した日に、掲示板に貼られてたの見たんだよ」

 取り敢えず、当たり障りのないことを言っておく。

 本音では、「めっちゃ上手い! 神じゃん!」とか「SNSとかやってる?」とか「他にも見たい!」とか言いたかったが、グッと堪える。

 ポスターを描くくらいだ。他人に見せることに抵抗はないはず。ドキドキしながら、榎井の顔色をうかがった。

「あ――うん。ども」

(塩)

 あまりにアッサリした反応に、それ以上話題を掘り下げて良いのか戸惑う。いや、ここで引いたらいつもと変わらない。酔ってるんだから、多少無礼でも大丈夫なはずだ。きっと。多分。

「どんくらい描いてるの? やっぱ、毎日とか? 俺も絵描けたらなー……」

 本気で、絵心ないからな。

「絵描いてどうすんだ」

「え? そりゃ……」

 自分の動画にちょっとした絵を付けたり、お絵かき配信したり?

 うん。色々出来るなあ。

「色々」

「なんだそれ」

 榎井が、珍しくフッと笑う。普段のクールさとのギャップに、ドキッとしてしまった。

「俺はそこそこ描いてるよ。10年くらい。まあ、もっと上手いヤツいっぱい居るし」

「そんなことないよ! マジで上手かった! あのポスター貰っていきたかったくらいだし、色使いとかタッチとかめっちゃ丁寧で」

 思わず捲し立てた俺に、榎井は驚いた顔をした。急に恥ずかしくなって、顔を背ける。耳が熱い。

「まあ、どうも?」

 くっ。塩め。

「ホントに、上手いのに……」

 そりゃ、ネットとか世間に、すごい上手い人がいっぱい居るのは解ってる。でも、榎井の絵は、すごく暖かいのに。

(ぜんぜん、推せるのにな)

 いつか仲良くなったら、実はバーチャルストリーマーをやってるんだと、明かせるだろうか。そうしたら、『天海マリナ』を描いて貰ったり出来ないかな。

(……引かれるか)

 実はバ美肉おじさんだなんて知られたら、きっとドン引きするに違いない。

 やっぱり、言うのは止めておこう。


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