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15 side山 同期会にて

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 終業時刻まであと5分。仕事もあらかた片付け、チャイムがなれば帰宅する。時計を見ながら、目の端で隠岐を盗み見る。

 隠岐は要領が悪い部分があり、だいたいいつもモタモタしている。今日もそうかもしれない。なにせ先日はコピー機の前でだいぶ長いこと狼狽えていた。そういうヤツなのだ。

 さて、何故隠岐を気にしているのかと言えば、今日が例の同期会の日だからである。いつもであればチャイムと同時にフロアを出るのだが、同じ職場で同じ目的地なのに、隠岐を無視して先に行くのはダメかもしれないと思い、迷っている所だ。

 中学生じゃあるまいし、いっしょに行こうなんて約束はしていない。だからと言って、置いていくのは社会人として配慮に欠ける。

 つまり、約束しようとしまいと、一緒に行くものなのだ。嫌でも行くのが大人の対応というものなのである。

(アイツ、時間通りに終わるんだろうな……)

 抱えているプロジェクトが違うため、隠岐の進捗は解らない。最近仕事が増やされているようだし、少し気になる。あくまで、飲み会があるからだ。

 遠目に見ていると、隠岐はまだ分厚いファイルを抱えてうろちょろしている。はみ出した書類は綴じずに挟んだだけなのか、今にも落ちそうだ。

(やらかしそうだな……)

 と、思った矢先、バサバサっと音を立てて、盛大に書類をばらまく。

 やると思っていたらやりやがった。

 騒音に、視線が一気に隠岐の方を向いた。隠岐は真っ赤な顔をして、慌てて書類を拾い集める。

(……なにやってんだ)

 入社したての新人でもあるまいに、そんな解りやすいドジを踏んで良いのはドラマのヒロインだけである。呆れて溜め息を吐き、視線をそらそうとして止める。泣き出しそうな顔が、目に入ってしまった。

「――」

 馬鹿が。そんな顔をして良いのは、月曜ドラマのヒロインだけだといっただろうがっ。

 ガタッと音を立てて立ち上がり、大股に隠岐の方へと向かう。乱雑に散らばった書類をかき集め、突き出した俺を隠岐が潤んだ瞳で見上げた。

「っ、あ」

「順番は知らねえぞ。お前、今日が同期会だって解ってんのか」

「ごっ、ごめん。すぐ片付ける」

 真っ赤な顔して隠岐はそう言うと、書類を抱き抱えて机に向かう。また落としそうなのでファイルを二つ横から手に取り、机の上に運んでやった。

「ありがとっ」

 隠岐が小さく「はぁ、恥ずかし……」と呟くのが聴こえた。耳まで、真っ赤だ。

 その声に、何故だか妙に、耳の奥がざわざわした。思わず耳を押さえる。

(……?)

 違和感を抱きながら、俺は恥ずかしそうにしながら書類を片付ける隠岐を見下ろしていた。



   ◆   ◆   ◆




「隠岐の入寮を記念して、ようこそ、夕暮れ寮へー! 乾杯!」

 渡瀬の音頭を合図に、ジョッキを打ち付け合う。渡瀬が予約した店は、寮から近い場所にある居酒屋チェーンだった。

「いやあ、悪いな。歓迎会とか開いて貰っちゃって」

 という隠岐はニコニコ顔で、いつもよりずっと上機嫌だった。会社の飲み会以外行かないという言葉を思い出す。もしかしたら、誘って欲しかったんだろうか。

(あり得る……)

「隠岐って地元だろ?」

 と聞いたのは星嶋だ。

「うん。まあ、地元と言っても、会社まで三時間かかるけど」

「南の方、不便だよな。俺の実家もそっち側」

 共感した顔で渡瀬が頷く。周囲に店がないだとか、ホームセンターばっかり大きいとか、そんな話で盛り上がる。

「良く集まるの? 四人は」

「最近はそうでもないのよ。多分、結構久し振りだよな?」

「星嶋が上遠野とつるむようになってさー。接点ねーだろマジでー」

「言っておくけど渡瀬と良輔も最近遊んでくれないからな?」

 くだを巻く渡瀬に、横から突っ込みを入れる。俺は布教活動してるから良いけど。

「隠岐が来て良かったじゃねーか」

「ふざけんなよ」

 ニヤつきながら言う渡瀬の脇腹を肘で突いて黙らせる。余計なことを言いやがって。

 チラと隠岐を見れば、聞いていなかったらしくビールをあおっていた。

「隠岐、好きなもん頼めよ」

 良輔がメニューを渡す。隠岐の歓迎会なのだから口を出すつもりはないが。

 渡瀬はビールから焼酎に変え、俺に日本酒を勧める。

「隠岐って何が好きなの? 食べ物」

「え? あー」

「ちなみに俺はラーメン。むくむから滅多に食わないけどー」

「聞いてねえよ」

 ふざけて話す渡瀬に、星嶋がピシャリと突っ込む。

「俺が好きなの? チョコバナナ」

 隠岐の言葉に、思わず日本酒を口に運ぶ手を止める。

(チョコバナナ――?)

「なんでだよ。メニューにねぇだろ」

「というか、縁日以外で見ないだろ」

「下ネタ?」

「おい渡瀬」

 俺以外が一斉に突っ込む。隠岐は言葉選びを間違ったような顔をした。

(なんでっ、チョコバナナなんだっ! バナナかチョコレートで良いだろ!)

 俺は気に入らない気持ちをふつふつさせながら、最愛の推し天海マリナのプロフィールを思い出す。つまり、『好きなもの:チョコバナナ 苦手:ピーマン』である。

『ピーマンが嫌い』が被るのはわかる。ピーマンは悪くないがよいこのみんなが苦手にしてる。科学的根拠もあるがここは割愛するとして、『チョコバナナが好き』とか推しは可愛いな。じゃなくて、それは被らねえだろ!

 と、心の中で突っ込んだ。

(マリナちゃんは年に数回しかチョコバナナが食えないのか……)

 現実逃避である。

「あるんだよ、チョコバナナ。駅前にバナナジュース専門店があるんだけど、そこで売ってるんだって。俺もそこのチョコバナナでハマって」

「へー。そんなのあったっけ」

「駅なんか滅多に使わないから解らなかったな」

 渡瀬たちも知らなかったようだ。俺はその情報に、思わず隠岐の方をみた。

(そんなものが、あるだとっ……? じゃあ、通年で推しの好きなものが食べられる……?)

 推しの愛するものを愛する。推し活として正しいあり方だ。俺は隠岐にさらなる情報を求めて問いかける。

「それ、駅のどの辺?」

「ん? ああ、えっと北口のタクシー乗り場の方、コンビニがある方じゃなくて反対の」

「あっち? あっちってなんかケーキ屋っぽいのなかったっけ?」

「スティックチーズケーキの店がなくなって、バナナジュース専門店が入ったんだよ」

 そうだったのか。知らなかった。

「行くの? 榎井」

 良輔が焼酎片手に聞いてくる。愚問である。

「まあ、もしかしたら」

 もちろん、行くさ。だが大声で行くなんて言えやしない。隠岐が関わっていなけりゃ、理由もなにもかも洗いざらい言ってしまうのに。

「へえ、じゃあ――」

 隠岐がなにかを言いかける。だがその言葉は、渡瀬が遮った。

「それにしても、ちょっと隠岐の肌、モチモチ過ぎない? マジであり得ないんだけど」

「え? あ――そうか?」

 渡瀬は酔っているのか声がでかかった。隠岐が戸惑いながら絡み酒に苦笑いする。

「なにかやってんだろ。エステか? つるっつるだしさあ」

「渡瀬、絡むな」

 隠岐がなにか言いかけたのが気になったが、問いかけるほどでもないだろう。

 俺ははぁ、と溜め息を吐いて、杯を飲み干した。




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