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14 side海 直したい口下手
しおりを挟む飲み会。に行くのは、実は容易ではない。その日は当然、遅くなるし、酒を飲んだ状態で動画など撮れやしない。つまり、その日は天海マリナは休業ということだ。以前はこうしたタイミングでは、配信も動画投稿もお休みしていたが、今は毎日投稿を頑張っている時期だ。その為には撮りだめしなければならないのである。
書類を印刷しながら、スケジューリングをどうするか、真剣に考える。ガーガーと音を立てて紙を排出する機械の周囲は、トナーの匂いが充ちていた。
(飯食ってる余裕ないよな。今日はダッシュで帰って、そのまま動画撮って……)
連続で排出していた用紙が、ガッと嫌な音を立てた。同時に、コピー機からエラー音が鳴り響く。
咄嗟に画面のOKボタンを押し、音を止める。フロア中で注目を浴びた気になって、ヒヤリと緊張が走った。
「くそっ」
悪態を吐いてフロントパネルを開き、詰まった部分を探す。ガチャガチャと音を立てて作業していると、非難されているような気になって、余計に焦ってしまった。
「なにやってんだ」
「っ……」
声を掛けられ、ドクンと心臓が鳴る。迷惑そうに顔をしかめた先輩が、はぁと溜め息を吐いて背後に立っていた。
「あっ、すみません。使いますよね」
ずっとコピー機を占有した挙げ句、詰まらせてしまったという状況に、焦りばかりが募る。慌ててサイドパネルを引き出し、詰りを確認するが、見当たらない。
(どうしよう、どうしよう)
早くしなければ。そればかり考え、手が震える。緊張で、吐き気がした。
先輩がイライラしながら足を揺らす。
どうしよう。
「先輩、急ぎなら隣のフロアで印刷出来ますよ」
「あ? ああ、そうか」
横からやって来た榎井の声に、俺も思わず顔を上げる。先輩は「そういえばそうだった」と言わんばかりの顔で、隣のフロアへ足早に去っていく。
呆けていると、榎井が隣からコピー機を覗き込んだ。
「ここじゃね?」
ローラーを引き抜き、奥からぐしゃぐしゃになった紙を取り出す。
「あっ、ありがとうっ……」
泣きそうな声で言ってしまい、慌てて取り繕うように首を振る。
榎井はパネルを閉じると、操作盤のボタンを押した。印刷が再開され、また紙が排出される。
「これ調子悪いんだよ。50枚以上は一気にやらないで分けるか、隣使った方がいい」
「そうなんだ……」
「どうせリースなんだから、交換すりゃ良いのに……」
文句を言いながら、詰まっていた紙を伸ばしてシュレッダーに放り込む。榎井は多分、見かねて声をかけてくれたのだろう。
「榎井、サンキュ。助かった」
こそっとそう囁くと、榎井はふんと鼻を鳴らし、重そうな黒ぶち眼鏡を直す。
「お前からも、課長に文句言っておけ。交換して貰わないと効率が悪い」
「う、うん、それとなく言っておくよ……」
そういうのは苦手だったが、毎回イライラしながら後ろに立たれるよりはマシだろう。
「あ、なあ。同期会の話、聞いた?」
「――ああ。まあ」
榎井も既に同期会の話を聞いているようだ。考えてみれば、同じ職場とはいえ、個人的に飲みに行ったことはない。職場の飲み会だと、俺は大抵、先輩たちにつかまってしまうので、榎井と顔を付き合わせて飲むのは初めてだ。
「会社の飲み会以外、行かないからさ」
「は?」
「アハハ。なんかちょっと良いよな、同期で飲むの」
「……ああ、いつも先輩に連れられてんもんな」
「まあ」
曖昧に返事をする。好きで連れられている訳ではないが、断るのも怖いし、仕方がないのだ。榎井の眉間にシワが寄る。
(あ。もしかして、榎井も誘って欲しかったかな……)
先輩は同じ同期でも、俺は誘うが榎井は誘わない。俺は飲み会が嫌いだし、先輩はアルハラが酷いから、個人的にはお勧めできないが、誘われないのもまた、ハラスメントだろう。先輩たちは一発芸をやれとか、面白いことを言えとか、ジョッキで飲めとか言ってくるので、俺は嫌だ。榎井も嫌だとは思う。けど、誘われないのを不快に思ったかも知れない。
「あの、さ、榎井。先輩は俺ばっか誘うけど、その……」
「ん?」
だが、どう言えば良いんだ。「先輩に榎井も誘ってくれって言うよ」なんて、上から目線なこと、言えるはずないし。かといって「あんな場所行かなくて正解だよ」なんて、他人から言われたくないだろう。
「そのっ、先輩は」
「? 何が言いたいのか解らん。俺も忙しいから、行くぞ」
「あっ」
榎井はそう言うと、背を向けて行ってしまった。コピー機の前に取り残され、伸ばしかけた手を所在なく握りしめる。
口下手を、直したい。
そう思いながら、俺は溜め息を吐き出した。
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