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10 side海 少し前向きに
しおりを挟む「えーと、これをここに引っ掻けるのか? これで良いのか?」
段ボールから出したばかりの吸音材を組み立て、俺はこれで正しいのかマニュアルをみながら唸る。引っ越しの荷物と一緒に届いた吸音材は、思ったより大きくて少しだけ邪魔だった。
「まあ、でも良いよな。憧れの角部屋! 実写やるならグリーンバックここに置いてやるのに」
顔出しの予定はないが、将来のことは解らない。それを言うなら、寮にどれだけ居るかも解らないのだが。
「窓の外は――」
カラカラと窓を開け、外をみる。隣は高校のようで、日曜の今日は休みのせいか人気はない。部活動らしい生徒が何人か見えるくらいだ。
(小学校とか幼稚園じゃないから、声が入ることはないと思うけど)
野球部とかサッカー部だったら、声が入るだろうか。やってみないと解らないが、隣が学校だと解ったら、住所バレの可能性も高くなる。気を付けねばなるまい。
「ん」
ふと真下の裏庭を見る。裏庭では本日バーベキューをするらしく、準備におわれているようだった。テーブルを出したり、炭の入った段ボールを用意したり、ビールの箱や発泡スチロールの保冷ケースを用意している。
渡瀬と押鴨から誘いを受けたが、引っ越しの片付けが終わらないから、と断った。行かないで済んでホッとしている自分と、少しだけ後悔がざわつく。
もしかしたら、仲良くなれるかも。けど、面倒臭さと臆病さが足を引っ張る。
(知らない人と会話とか、出来ないし)
ネットで喋ることが出来るのは、独り言のように語るのを、みんなが合わせてくれるからだ。あそこには俺の話を聞いてくれる人しか居ないし、聴きたくない言葉はシャットアウト出来る。顔色を窺うこともなく、自由に語れる場所だ。
「……早く機材セットアップしないと。ネットも確認しないとだし」
寮にはインターネット回線が引かれているが、速度が望むものかは解らない。配信環境を構築して早く配信を開始しなければ、いつまでも休んでいられない。
(今晩ストリーミングだけでも配信したいな)
テスト配信もしたいし、動画も撮らなければならない。なんとか作ったストックは、三日分しかなかった。
ふわり、外から肉を焼く匂いが漂ってきた。バーベキューが始まったのだろう。
少しだけ顔を上げて、窓から外を見下ろす。
「……」
何を言っているか解らなかったが、榎井がなにか熱弁を振るっているのが見えた。押鴨と渡瀬は一緒に座って、皿を分けあって食っている。星嶋も、綺麗な顔の先輩と一緒だ。
「――……」
不意に、虚しさが込み上げる。
誘ってくれたのに、気が重くて面倒で断って。
俺、何してるんだろうか。
「……」
こんな自分が、嫌いだった。
◆ ◆ ◆
ようやく片付けが一段落したのは、午後二時近くになってからだった。すっかり疲労してしまったが、なんとか寝るスペースと配信環境は整った。まだ開けていない段ボールがあったが、それは衣類なので後回しだ。
「んー、疲れた」
肩を擦り立ち上がる。作業に集中していて昼飯を食うのを忘れている。
「カップラーメンで良いか。めちゃくちゃ便利だよな、あれ」
そもそも出不精で引きこもり気味の俺なので、あんなものがあったら絶対に外にでない。買い置きしておかなくても良いので、スペース的にも助かる。
「あー、飲み物……と思ったけど、そっちも自販機があるか」
もしかして俺は寮に入ったことによって、ダメ人間が加速するんじゃないだろうか。シャワーはいつでも使えるし、風呂掃除の必要もない。ちゃんと飯を食いたければ食堂もある。
(そのうち部屋が見つかったら、出ていく予定だったけど……)
案外、居心地は悪くない。問題だった人間関係も、みんな思ったより干渉して来ないようだ。
「ま、まあ、配信できなきゃダメだけどさ」
これでネット環境と音漏れ問題が特になければ、言うことなしなのだが。
どこかにしまいこんだサイフを探してウロウロしていると、不意にドアのチャイムが鳴る。何事かとびくついて、そっとドアを開いた。
「は、はーい?」
恐る恐る外をみる。自分より頭一つ分背の高い、黒ぶち眼鏡。榎井だった。榎井だったことにホッとして、気を緩める。
「榎井か。どうかした?」
「ん」
榎井が無言で何かを突き出す。
「え?」
見れば、紙皿に山盛りのヤキソバと、肉がいくつか乗っかっていた。それに、缶ビールを一缶。
「持っていけって、藤宮が」
「あ――なんか、悪い」
気まずさと嬉しさがない交ぜになったような感情のまま、おずおずと皿を受け取る。
変な気を遣わせてしまった。お礼を言わなければと思うと、また気が重くなる。けれど、気を遣って貰ったことが、嬉しくもあった。
「それ、余っただけだから。気にしなくて良いからな」
「うん、でも」
「良いから、余計な気、まわすなよ。解ったな」
念押しのようにそう言って、榎井は皿と缶ビールを押し付けると、そのまま行ってしまった。
「あ――ありがとう!」
俺の叫びに、榎井は振り返らずに廊下を歩いていく。隣の部屋に入るでもなく、階段の方へ降りていったようだった。
(俺が気を遣わないようにしてくれたんだな……)
榎井はやっぱり、良い奴だ。ラップのかけられたヤキソバは、まだほんのり暖かい。
「……美味しそう。ビールまであるし」
部屋の扉を閉めて、手のなかのヤキソバに思わず顔が緩む。こんな嬉しい差し入れ、あったろうか。
(次、機会があったら、こういうイベント参加してみようかな)
少しだけ前向きな気分になった。その時にはまた、億劫になってしまうかもしれないけれど、この時はたしかに、そう思った。
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