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8 side海 俺を応援する神絵師が、同僚のはずがない。

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 引っ越し先が決まってからは、トントン拍子にことが進んだ。寮にはある程度の家具が揃っているということなので、寝具などは用意する必要がない。もともと布団を敷いて寝ていたので、古い布団は処分することにした。持っていくもので一番大事なのは、パソコンやマイクなどの配信用機材だった。

「棚も備え付けがあるっぽいな。炊飯器とトースターどうしよう」

 五年も使った炊飯器は、ネットで調べたらそろそろ寿命と書いてあったので、処分することにした。こうしてみると、狭く物の少ない家だと思っていたが、どうにも捨てるものが多い。

 片付けてしまえば荷物はすっかり少なくなって、引っ越し業者を頼むほどのものではなくなった。衣類や小物などは宅急便で送ることにして、大事な機材だけどうやって運搬しようかと思っていると、同期であり同じく寮生となる渡瀬が、車を出してくれることになった。

 嫌々始まった引っ越しだったが、新生活に対して、不思議とワクワクしている自分がいた。



   ◆   ◆   ◆



 引っ越しの当日は、晴れだった。朝から渡瀬が家の前まで車で来てくれたので、後部座席トランク荷物を運び込む。

「荷物多いな? 送らなかったの?」

「精密機器で……」

「ああ、エンジニアだもんなぁ」

 エンジニアだからという理由で納得して、渡瀬も運ぶのを手伝ってくれる。ありがたい。同期の渡瀬歩という男は、俺からみると随分軽薄そうだったが、面倒見は良いらしい。

(助かるけど、お礼とかした方が良いのかな……)

 人付き合い能力値ゼロなので、こういう時の対応が解らない。ネットに正解は書いてあるだろうか。

「この車、渡瀬の?」

「いや、公用車。明日寮のバーベキューでさ。午前中買い出しに行ってたの」

「バーベキュー? なんか、忙しい時に悪いな」

 バーベキューなんてイベントがあるなんて。コミュ障の俺にはキツすぎるイベントだ。みんなでワイワイとか、そう言うのは勘弁して欲しい。

「いや、俺は買い物だけだから」

 軽くそう言う渡瀬に、なんと返事して良いか迷う。世間話が出来ない。渡瀬のほうは気にした風でもなく、ハンドルを操作しながら口を開く。

「一応、懇親会の類いは年三回。参加は強制じゃないし、参加しないやつも多いよ。ただ新人歓迎会は参加してやって欲しいかな。新人が可哀想だから」

「……確かに」

 渡瀬にこういう集まりが苦手だと言ったことはないが、向こうからそう言ってくれるのはありがたい。強制じゃないと聞いてホッとする。

「バーベキューどうする? 参加する?」

「えっ! えっと」

 急に言われても。知らない人が多そうだ。でもこれから寮で暮らすのに参加しないとかアリなのかな。先に参加しなくても大丈夫って言ってたから、参加しなくても良い? いや、むしろ参加してほしくて言ってるのかも。それこそ、参加して当然と思ってて、敢えてそう言ったのかもしれない。

(どうしよう)

 参加したくない気持ちと、参加した方が良い気がするという気持ちとが、ぐるぐるになって頭を巡る。

 返事に困った俺に、渡瀬がフッと笑う。

「まあ、隠岐は明日は荷物が届くんだろうし、引っ越しの片付けがあるだろうから。もし気が向いたら顔出したら? 同期組は参加してるから」

「――あ、うん」

 気を遣って貰ってしまった……。

 ホッとすると同時に、子供じみた感情で行きたくないと思ってしまったことを恥じる。

(どうして、みんなと同じことが、出来ないんだろう)

 窓の外を眺める。五年暮らしたアパートが、窓ガラスに映っていた。



   ◆   ◆   ◆



 夕暮れ寮に着くと、押鴨と星嶋がやって来て荷物運びを手伝ってくれた。全員見た目がウェイ系なのに、普通に良い奴らだと思う。

(榎井は、居ないのか)

 同期組はこの三人と榎井だ。榎井は手伝いに現れなかった。挨拶はしておきたかったが、残念だ。

 ラウンジや食堂を案内され、風呂や洗濯場の使い方を説明される。門限はあるようだが、引きこもりの俺にはあまり関係ないだろう。

「ここにお知らせとか掲示されるから。断水とか、そういうの。あとサークル活動の勧誘とかね」

「大学みたいだな」

 どうやら登山同好会だとか、マラソン部、テニスサークルなど、活発に活動しているらしい。お知らせ掲示板をみれば、可愛いイラストの描かれたポスターが貼られていた。

(あれ……?)

「これ、バーベキューのポスター。榎井が描いたって」

「そうなの?」

 渡瀬の説明に、押鴨が知らなかったのか目を丸くする。

「知らなかった? そうらしいよ。藤宮さんが言ってた」

 榎井が描いたというポスターに、視線が釘付けになる。繊細なタッチと、鮮やかな色彩。

(ヤマダさんのタッチに、似てる……)

 ドキリと、心臓が鳴る。天海マリナの初めてのファンアートを描いてくれたヤマダは、それから何枚も絵を贈ってくれた。動画のサムネイルに使わせて貰ったこともある。ヤマダの絵に、良く似ていた。

(まさか、な……)

 俺を応援する神絵師が、同僚のはずがない。俺は絵心がないから、そんな風に見えるだけに違いない。


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