10 / 58
8 side海 俺を応援する神絵師が、同僚のはずがない。
しおりを挟む引っ越し先が決まってからは、トントン拍子にことが進んだ。寮にはある程度の家具が揃っているということなので、寝具などは用意する必要がない。もともと布団を敷いて寝ていたので、古い布団は処分することにした。持っていくもので一番大事なのは、パソコンやマイクなどの配信用機材だった。
「棚も備え付けがあるっぽいな。炊飯器とトースターどうしよう」
五年も使った炊飯器は、ネットで調べたらそろそろ寿命と書いてあったので、処分することにした。こうしてみると、狭く物の少ない家だと思っていたが、どうにも捨てるものが多い。
片付けてしまえば荷物はすっかり少なくなって、引っ越し業者を頼むほどのものではなくなった。衣類や小物などは宅急便で送ることにして、大事な機材だけどうやって運搬しようかと思っていると、同期であり同じく寮生となる渡瀬が、車を出してくれることになった。
嫌々始まった引っ越しだったが、新生活に対して、不思議とワクワクしている自分がいた。
◆ ◆ ◆
引っ越しの当日は、晴れだった。朝から渡瀬が家の前まで車で来てくれたので、後部座席トランク荷物を運び込む。
「荷物多いな? 送らなかったの?」
「精密機器で……」
「ああ、エンジニアだもんなぁ」
エンジニアだからという理由で納得して、渡瀬も運ぶのを手伝ってくれる。ありがたい。同期の渡瀬歩という男は、俺からみると随分軽薄そうだったが、面倒見は良いらしい。
(助かるけど、お礼とかした方が良いのかな……)
人付き合い能力値ゼロなので、こういう時の対応が解らない。ネットに正解は書いてあるだろうか。
「この車、渡瀬の?」
「いや、公用車。明日寮のバーベキューでさ。午前中買い出しに行ってたの」
「バーベキュー? なんか、忙しい時に悪いな」
バーベキューなんてイベントがあるなんて。コミュ障の俺にはキツすぎるイベントだ。みんなでワイワイとか、そう言うのは勘弁して欲しい。
「いや、俺は買い物だけだから」
軽くそう言う渡瀬に、なんと返事して良いか迷う。世間話が出来ない。渡瀬のほうは気にした風でもなく、ハンドルを操作しながら口を開く。
「一応、懇親会の類いは年三回。参加は強制じゃないし、参加しないやつも多いよ。ただ新人歓迎会は参加してやって欲しいかな。新人が可哀想だから」
「……確かに」
渡瀬にこういう集まりが苦手だと言ったことはないが、向こうからそう言ってくれるのはありがたい。強制じゃないと聞いてホッとする。
「バーベキューどうする? 参加する?」
「えっ! えっと」
急に言われても。知らない人が多そうだ。でもこれから寮で暮らすのに参加しないとかアリなのかな。先に参加しなくても大丈夫って言ってたから、参加しなくても良い? いや、むしろ参加してほしくて言ってるのかも。それこそ、参加して当然と思ってて、敢えてそう言ったのかもしれない。
(どうしよう)
参加したくない気持ちと、参加した方が良い気がするという気持ちとが、ぐるぐるになって頭を巡る。
返事に困った俺に、渡瀬がフッと笑う。
「まあ、隠岐は明日は荷物が届くんだろうし、引っ越しの片付けがあるだろうから。もし気が向いたら顔出したら? 同期組は参加してるから」
「――あ、うん」
気を遣って貰ってしまった……。
ホッとすると同時に、子供じみた感情で行きたくないと思ってしまったことを恥じる。
(どうして、みんなと同じことが、出来ないんだろう)
窓の外を眺める。五年暮らしたアパートが、窓ガラスに映っていた。
◆ ◆ ◆
夕暮れ寮に着くと、押鴨と星嶋がやって来て荷物運びを手伝ってくれた。全員見た目がウェイ系なのに、普通に良い奴らだと思う。
(榎井は、居ないのか)
同期組はこの三人と榎井だ。榎井は手伝いに現れなかった。挨拶はしておきたかったが、残念だ。
ラウンジや食堂を案内され、風呂や洗濯場の使い方を説明される。門限はあるようだが、引きこもりの俺にはあまり関係ないだろう。
「ここにお知らせとか掲示されるから。断水とか、そういうの。あとサークル活動の勧誘とかね」
「大学みたいだな」
どうやら登山同好会だとか、マラソン部、テニスサークルなど、活発に活動しているらしい。お知らせ掲示板をみれば、可愛いイラストの描かれたポスターが貼られていた。
(あれ……?)
「これ、バーベキューのポスター。榎井が描いたって」
「そうなの?」
渡瀬の説明に、押鴨が知らなかったのか目を丸くする。
「知らなかった? そうらしいよ。藤宮さんが言ってた」
榎井が描いたというポスターに、視線が釘付けになる。繊細なタッチと、鮮やかな色彩。
(ヤマダさんのタッチに、似てる……)
ドキリと、心臓が鳴る。天海マリナの初めてのファンアートを描いてくれたヤマダは、それから何枚も絵を贈ってくれた。動画のサムネイルに使わせて貰ったこともある。ヤマダの絵に、良く似ていた。
(まさか、な……)
俺を応援する神絵師が、同僚のはずがない。俺は絵心がないから、そんな風に見えるだけに違いない。
1
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは
マフィアのボスの愛人まで潜入していた。
だがある日、それがボスにバレて、
執着監禁されちゃって、
幸せになっちゃう話
少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に
メロメロに溺愛されちゃう。
そんなハッピー寄りなティーストです!
▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、
雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです!
_____
▶︎タイトルそのうち変えます
2022/05/16変更!
拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話
▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です
2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。
▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎
_____
生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた
キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。
人外✕人間
♡喘ぎな分、いつもより過激です。
以下注意
♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり
2024/01/31追記
本作品はキルキのオリジナル小説です。
気弱な暴君~ヤンキー新入社員、憧れの暴走族の元総長にエッチなお仕置きされてます~
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
新入社員である岩崎は、今年から夕暮れ寮に入寮したピンク色の髪が特徴の青年だ。
岩崎はひょんなことから仲良くなった『仏の鮎川』と呼ばれる男を見る度に、何か妙な違和感を抱いていた。
ある時、岩崎は鮎川が、かつて自分が憧れていた暴走族『死者の行列』の総長だと気が付いて、過去を知られたくない鮎川にエッチな口封じをされてしまって――!
元暴走族総長×ピンク髪ヤンキーのちょっとエッチなラブコメディ
夕暮れ寮シリーズ 第四弾。
二人はかみ合わないっ!~言葉が足りないケンカップルのちょっとエッチなすれ違いラブコメディ~
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
無口で人見知りな青年の上遠野はある日、女性ものの指輪を拾う。金色の繊細な指輪は、結婚指輪に憧れの強いゲイである上遠野の心をくすぐり、ほんの少しだけ借りようと嵌めてみることにした。
そんなある日、指輪の持ち主だという星嶋芳が返せと要求してくるが――。
かみ合わない二人の、ドタバタラブコメディ!
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
【完結】巨人族に二人ががりで溺愛されている俺は淫乱天使さまらしいです
浅葱
BL
異世界に召喚された社会人が、二人の巨人族に買われてどろどろに愛される物語です。
愛とかわいいエロが満載。
男しかいない世界にトリップした俺。それから五年、その世界で俺は冒険者として身を立てていた。パーティーメンバーにも恵まれ、順風満帆だと思われたが、その関係は三十歳の誕生日に激変する。俺がまだ童貞だと知ったパーティーメンバーは、あろうことか俺を奴隷商人に売ったのだった。
この世界では30歳まで童貞だと、男たちに抱かれなければ死んでしまう存在「天使」に変わってしまうのだという。
失意の内に売られた先で巨人族に抱かれ、その巨人族に買い取られた後は毎日二人の巨人族に溺愛される。
そんな生活の中、初恋の人に出会ったことで俺は気力を取り戻した。
エロテクを学ぶ為に巨人族たちを心から受け入れる俺。
そんな大きいの入んない! って思うのに抱かれたらめちゃくちゃ気持ちいい。
体格差のある3P/二輪挿しが基本です(ぉぃ)/二輪挿しではなくても巨根でヤられます。
乳首責め、尿道責め、結腸責め、複数Hあり。巨人族以外にも抱かれます。(触手族混血等)
一部かなり最後の方でリバありでふ。
ハッピーエンド保証。
「冴えないサラリーマンの僕が異世界トリップしたら王様に!?」「イケメンだけど短小な俺が異世界に召喚されたら」のスピンオフですが、読まなくてもお楽しみいただけます。
天使さまの生態についてfujossyに設定を載せています。
「天使さまの愛で方」https://fujossy.jp/books/17868
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる