上 下
6 / 58

4 side海 転機は突然に

しおりを挟む


「ふあぁ……」

 欠伸をしながら自販機の前に立つ。眠気が酷いのはここ数日、夜遅くまでゲームをやっているからである。天海マリナのプレイ動画を作る都合で会社から帰ったら動画撮影を行っているのだが、『ステップラビリンス』通称『ステラビ』の予想以上の難易度に、何度も死んでゲームオーバーになるため、結果として長時間録画をすることになっているのだ。当然削られるのは睡眠時間で、体力的にもキツイ。だが、絵師ヤマダの応援もあってか順調に再生数を伸ばしている、珍しい動画だ。ここで投稿をやめるわけには行かなかった。

(眠……)

 眠いのを押し殺し、コーヒーを押そうとして段を間違い、ほうじ茶が出てくる。

「あっ」

「あ!」

 俺が間違いに気づいて声を上げた横で、声を上げた人物をおもわず見上げる。いつの間に居たのか、黒縁眼鏡の同期の同僚、榎井である。

「あ?」

「チッ、ラストかよ……」

 ブツブツ言う榎井に、ほうじ茶を見る。自販機の方を見れば、ちょうど売り切れになったところだった。

「あ。もしかして、これ買おうとしてた? 俺コーヒーと間違って押したんだけど」

「あ? そうなの?」

 顔を顰めていた榎井の表情が、幾分和らぐ。すぐ横に立って、自販機の方を指さした。

「どれ買おうとした?」

「ああ、これ」

 上の段を指さす。榎井はスマートフォンを自動販売機にかざして、そのコーヒーを購入すると、俺の方に差し出した。無言で交換をする。

「ども」

 と短く言って去る榎井の背中を見る。

(ちょうど良かった。あと榎井で良かった……)

 榎井でなければ、交換など申し出なかった。榎井は見た目がオタクっぽいし、実際たぶん、オタクだと思う。何度かアニメキャラのグッズを持っているのを見たことがあった。本当は話しかけたかったが、きっかけがないままに時が過ぎて、今更オタク話を振ることが出来ずにいる。榎井のように開き直っていれば、俺も会社で過ごしやすかったのかもしれない。けれど今更、隠れオタクからオープンなオタクになれるような度胸はなかった。

 榎井はさっぱりとした性格のようで、いう事もズバズバ言うタイプだ。俺みたいにウジウジしていない。部内でも自分の意見をはっきり言うから、早くから大きい仕事を任されていた。榎井みたいな人間に、正直俺は憧れる。俺は意見を言えないし、誰かと上手く話せない。

(榎井には話しかけやすいのになあ……)

 同期であることと、オタクっぽいという理由で、榎井には緊張せずに話すことが出来る。俺にとって、ありがたい相手だ。最も、榎井は忙しいようで、滅多に俺と話すことはない。仕事も同じプロジェクトを任されたことがないから、雑談をする機会もなかった。

(本当は、もっと話したいんだけど……。難しいなあ)

 話したくとも、話題がないのだが。多分俺は無言になってしまうし。コミュニケーションって難しい。

 忙しそうに席に戻る榎井を、チラリと見る。

 背が、思ったよりも高かったな。と、先ほど横に来た時のことを思い出す。

 五年も同じ職場にいるのに、そんなことも知らないのだと思うと、やはり俺はダメなんだなと再度自覚した。



 ◆   ◆   ◆



「えっと……? どういう事でしょうか……?」

 俺の戸惑いに、説明用の資料を持って面倒そうに大家さんがため息を吐く。

「だからね、老朽化で取り壊すことにしたの。そもそも隠岐さんと須藤さんしか入ってないでしょ? 丁度、須藤さんもホームに入れることになったらしいからね、隠岐さんは若いし、どこでも入れるでしょ」

「ちょっ、困りますっ!」

「居座られても困るのはこっちだから。取り壊しは再来月ね。出来れば今月中に出て行ってよ?」

 大家さんはそう言うと、説明が書かれたコピー用紙を押し付けて帰ってしまった。突然のことに、呆然とする。

「嘘、だろぉ……?」

 思わず玄関先に座り込む。

 老朽化で、取り壊す。大家さんの言っていることは理解できた。そもそもの発端は、須藤という独居老人が水漏れを起こしたことだ。それ自体は、単なる蛇口の閉め忘れだったし、階下に住んでいる住人の居ないアパートであることもあって、大きな問題にはならなかったようだ。だが、よくよく点検したところ、床下に大きな問題が起きていたらしい。元々、採算も取れないようなアパートだ。莫大な費用をかけて修理をするよりも、取り壊して今風のアパートに変えるか、いっそのこと駐車場にでもしてしまった方が良いのだろう。それも、長く住んだ老人が福祉施設に行くことになったのなら、なおのこと残しておく義理はない。

「……マジ、かぁ……」

 がっくりと肩を落とし、どうしようかと溜め息を吐く。

(引っ越し……。金かかる、なぁ……)

 引っ越し費用のこともそうだが、家賃のこともある。今のアパートは古いこともあって家賃が安かったが、同じような物件はあるだろうか。会社に遠いのもダメだ。近くにスーパーかコンビニもなければならない。通勤するのに駅に近くなければ車だろうか。車を持つには金がかかる。免許は持っているが車は持っていない。田舎の町は不便で、駅から遠ければ車が常識だった。

「くそっ……。グラフィックボード買ったばっかなのに……!」

 ついてない。嘆きを吐き出し、これからどうしようかと溜め息を吐き出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

先輩いい加減にしてくださいっ!~意地っ張りな後輩は、エッチな先輩の魅力に負けてます~

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
久我航平にとって吉永律は、飲みやパチンコ、麻雀を教えてくれた、いわゆる『悪い先輩』だ。 六つ年上の吉永には、いつも振り回されてばかりいる。 そんなある日、ひょんなことからアナニーにハマってしまった吉永と関係を持つようになってしまい――!? 身体の関係から始まる、無自覚ドS×小悪魔ビッチのラブコメディ! 夕暮れ寮シリーズ第六弾。

気弱な暴君~ヤンキー新入社員、憧れの暴走族の元総長にエッチなお仕置きされてます~

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
新入社員である岩崎は、今年から夕暮れ寮に入寮したピンク色の髪が特徴の青年だ。 岩崎はひょんなことから仲良くなった『仏の鮎川』と呼ばれる男を見る度に、何か妙な違和感を抱いていた。 ある時、岩崎は鮎川が、かつて自分が憧れていた暴走族『死者の行列』の総長だと気が付いて、過去を知られたくない鮎川にエッチな口封じをされてしまって――! 元暴走族総長×ピンク髪ヤンキーのちょっとエッチなラブコメディ 夕暮れ寮シリーズ 第四弾。

強面な将軍は花嫁を愛でる

小町もなか
BL
異世界転移ファンタジー ※ボーイズラブ小説です 国王である父は悪魔と盟約を交わし、砂漠の国には似つかわしくない白い髪、白い肌、赤い瞳をした異質な末息子ルシャナ王子は、断末魔と共に生贄として短い生涯を終えた。 死んだはずのルシャナが目を覚ましたそこは、ノースフィリアという魔法を使う異世界だった。 伝説の『白き異界人』と言われたのだが、魔力のないルシャナは戸惑うばかりだ。 二度とあちらの世界へ戻れないと知り、将軍マンフリートが世話をしてくれることになった。優しいマンフリートに惹かれていくルシャナ。 だがその思いとは裏腹に、ルシャナの置かれた状況は悪化していった――寿命が減っていくという奇妙な現象が起こり始めたのだ。このままでは命を落としてしまう。 死へのカウントダウンを止める方法はただ一つ。この世界の住人と結婚をすることだった。 マンフリートが立候補してくれたのだが、好きな人に同性結婚を強いるわけにはいかない。 だから拒んだというのに嫌がるルシャナの気持ちを無視してマンフリートは結婚の儀式である体液の交換――つまり強引に抱かれたのだ。 だが儀式が終了すると誰も予想だにしない展開となり……。 鈍感な将軍と内気な王子のピュアなラブストーリー ※すでに同人誌発行済で一冊完結しております。 一巻のみ無料全話配信。 すでに『ムーンライトノベルズ』にて公開済です。 全5巻完結済みの第一巻。カップリングとしては毎巻読み切り。根底の話は5巻で終了です。

「…俺の大好きな恋人が、最近クラスメイトの一人とすげぇ仲が良いんだけど…」『クラスメイトシリーズ番外編1』

そらも
BL
こちらの作品は『「??…クラスメイトのイケメンが、何故かオレの部活のジャージでオナニーしてるんだが…???」』のサッカー部万年補欠の地味メン藤枝いつぐ(ふじえだいつぐ)くんと、彼に何故かゾッコンな学年一の不良系イケメン矢代疾風(やしろはやて)くんが無事にくっつきめでたく恋人同士になったその後のなぜなにスクールラブ話になります♪ タイトル通り、ラブラブなはずの大好きないつぐくんと最近仲が良い人がいて、疾風くんが一人(遼太郎くんともっちーを巻き込んで)やきもきするお話です。 ※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。ですがエッチシーンは最後らへんまでないので、どうかご了承くださいませ。 ※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!(ちなみに表紙には『地味メンくんとイケメンくんのあれこれ、1』と書いてあります♪) ※ 2020/03/29 無事、番外編完結いたしました! ここまで長々とお付き合いくださり本当に感謝感謝であります♪

俺をハーレムに組み込むな!!!!〜モテモテハーレムの勇者様が平凡ゴリラの俺に惚れているとか冗談だろ?〜

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
無自覚モテモテ勇者×平凡地味顔ゴリラ系男子の、コメディー要素強めなラブコメBLのつもり。 勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。 しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!? たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

処理中です...