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4 side海 転機は突然に
しおりを挟む「ふあぁ……」
欠伸をしながら自販機の前に立つ。眠気が酷いのはここ数日、夜遅くまでゲームをやっているからである。天海マリナのプレイ動画を作る都合で会社から帰ったら動画撮影を行っているのだが、『ステップラビリンス』通称『ステラビ』の予想以上の難易度に、何度も死んでゲームオーバーになるため、結果として長時間録画をすることになっているのだ。当然削られるのは睡眠時間で、体力的にもキツイ。だが、絵師ヤマダの応援もあってか順調に再生数を伸ばしている、珍しい動画だ。ここで投稿をやめるわけには行かなかった。
(眠……)
眠いのを押し殺し、コーヒーを押そうとして段を間違い、ほうじ茶が出てくる。
「あっ」
「あ!」
俺が間違いに気づいて声を上げた横で、声を上げた人物をおもわず見上げる。いつの間に居たのか、黒縁眼鏡の同期の同僚、榎井である。
「あ?」
「チッ、ラストかよ……」
ブツブツ言う榎井に、ほうじ茶を見る。自販機の方を見れば、ちょうど売り切れになったところだった。
「あ。もしかして、これ買おうとしてた? 俺コーヒーと間違って押したんだけど」
「あ? そうなの?」
顔を顰めていた榎井の表情が、幾分和らぐ。すぐ横に立って、自販機の方を指さした。
「どれ買おうとした?」
「ああ、これ」
上の段を指さす。榎井はスマートフォンを自動販売機にかざして、そのコーヒーを購入すると、俺の方に差し出した。無言で交換をする。
「ども」
と短く言って去る榎井の背中を見る。
(ちょうど良かった。あと榎井で良かった……)
榎井でなければ、交換など申し出なかった。榎井は見た目がオタクっぽいし、実際たぶん、オタクだと思う。何度かアニメキャラのグッズを持っているのを見たことがあった。本当は話しかけたかったが、きっかけがないままに時が過ぎて、今更オタク話を振ることが出来ずにいる。榎井のように開き直っていれば、俺も会社で過ごしやすかったのかもしれない。けれど今更、隠れオタクからオープンなオタクになれるような度胸はなかった。
榎井はさっぱりとした性格のようで、いう事もズバズバ言うタイプだ。俺みたいにウジウジしていない。部内でも自分の意見をはっきり言うから、早くから大きい仕事を任されていた。榎井みたいな人間に、正直俺は憧れる。俺は意見を言えないし、誰かと上手く話せない。
(榎井には話しかけやすいのになあ……)
同期であることと、オタクっぽいという理由で、榎井には緊張せずに話すことが出来る。俺にとって、ありがたい相手だ。最も、榎井は忙しいようで、滅多に俺と話すことはない。仕事も同じプロジェクトを任されたことがないから、雑談をする機会もなかった。
(本当は、もっと話したいんだけど……。難しいなあ)
話したくとも、話題がないのだが。多分俺は無言になってしまうし。コミュニケーションって難しい。
忙しそうに席に戻る榎井を、チラリと見る。
背が、思ったよりも高かったな。と、先ほど横に来た時のことを思い出す。
五年も同じ職場にいるのに、そんなことも知らないのだと思うと、やはり俺はダメなんだなと再度自覚した。
◆ ◆ ◆
「えっと……? どういう事でしょうか……?」
俺の戸惑いに、説明用の資料を持って面倒そうに大家さんがため息を吐く。
「だからね、老朽化で取り壊すことにしたの。そもそも隠岐さんと須藤さんしか入ってないでしょ? 丁度、須藤さんもホームに入れることになったらしいからね、隠岐さんは若いし、どこでも入れるでしょ」
「ちょっ、困りますっ!」
「居座られても困るのはこっちだから。取り壊しは再来月ね。出来れば今月中に出て行ってよ?」
大家さんはそう言うと、説明が書かれたコピー用紙を押し付けて帰ってしまった。突然のことに、呆然とする。
「嘘、だろぉ……?」
思わず玄関先に座り込む。
老朽化で、取り壊す。大家さんの言っていることは理解できた。そもそもの発端は、須藤という独居老人が水漏れを起こしたことだ。それ自体は、単なる蛇口の閉め忘れだったし、階下に住んでいる住人の居ないアパートであることもあって、大きな問題にはならなかったようだ。だが、よくよく点検したところ、床下に大きな問題が起きていたらしい。元々、採算も取れないようなアパートだ。莫大な費用をかけて修理をするよりも、取り壊して今風のアパートに変えるか、いっそのこと駐車場にでもしてしまった方が良いのだろう。それも、長く住んだ老人が福祉施設に行くことになったのなら、なおのこと残しておく義理はない。
「……マジ、かぁ……」
がっくりと肩を落とし、どうしようかと溜め息を吐く。
(引っ越し……。金かかる、なぁ……)
引っ越し費用のこともそうだが、家賃のこともある。今のアパートは古いこともあって家賃が安かったが、同じような物件はあるだろうか。会社に遠いのもダメだ。近くにスーパーかコンビニもなければならない。通勤するのに駅に近くなければ車だろうか。車を持つには金がかかる。免許は持っているが車は持っていない。田舎の町は不便で、駅から遠ければ車が常識だった。
「くそっ……。グラフィックボード買ったばっかなのに……!」
ついてない。嘆きを吐き出し、これからどうしようかと溜め息を吐き出した。
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