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二十七 恋が、怖かった

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「っ――…」

 アオイが短く息を吐いた。一瞬目線を合わせたアオイだったが、すぐに目を逸らしてしまう。八木橋は息を整えようと大きく深呼吸して、アオイを掴む手を強くした。

「この街のことは、僕の方が詳しいみたいだ」

「……」

 八木橋は徐に、アオイのことを抱きしめた。アオイが腕の中で息を呑む。

「――っ……!」

「アオイくん。ゴメン、……不安にさせて」

 口に出すまで、八木橋は自分が何を謝ろうとしているのか、解らなかった。けれど、自然に口から飛び出した。

(そうか。僕は、不安にさせていたと、思ったんだ)

 そして、それは多分、合っている。

「ゴメンね。僕が、優柔不断だったから」

「――八木、橋……さん」

 ゆっくりと、腕を解く。アオイが八木橋を見る。不安に揺れる瞳に、胸が疼いた。

「僕は――僕はね、不安だったんだ……」

「っ、オレ、こそ……すみません。八木橋さんが、不安なの、解ってたのに……」

「ううん。違うんだ」

 アオイの手を握り、「違うんだ」と小さく呟く。

「アオイくんが年下とか、男同士だとか……そういう不安は、今は、殆どなくてね……」

「……?」

「僕は、恋が、怖かったんだと、思う」

 ネネと破局したあと、八木橋は奥手だったのが加速して、恋愛に対して消極的になったと思う。「またダメなんじゃないか」そんな感情が先立って、どうしてもブロックしてしまう。いつしか、自分とは関係のないことのように振舞って、静かに感情を波立たせず、生きて来た。

「でも――アオイくんが、僕の心を揺らすから」

「……八木橋、さん……っ」

 アオイの瞳が揺れる。アオイは、込み上げる嗚咽を我慢しているようだった。

「オレ……はっ……、あんたがっ…、あんたが、本当は、女の人と恋愛出来る人だって、知ってたのに――でも、いざ、目の前に……」

「うん。ごめんね」

 アオイの背を、優しく撫でる。アオイを、傷つけた。もっと早く、気持ちを伝えて居れば――。

「アオイくん。僕は――アオイくんが、好きだと思う……。好きだよ」

「っ――」

「僕が、女性を恋愛対象にしてるのは本当だけど――アオイくんは、なんというか……。アオイくんのことは、平気、なんだ」

「……信じて、良いの?」

 アオイの問いに、「うん」と囁く。自然と、唇が重なった。触れるだけの、互いの感情を確かめ合うためのキス。長いこと唇を合わせて、やがてゆっくりと離れて行った。

「結婚、してたの?」

「――え? し、してないよっ!」

「え? じゃあ、さっきの……」

「あの子は――。ゴメン、あの子ああ見えて、まだ高校生なんだ。心配だから、戻りながら説明して良いかな」

「……良いけど」



 ◆   ◆   ◆



「えっと……。結婚しようとしてた人の、連れ子?」

「そう。まあ、関係性で言えば他人なんだけどね……。仲良くしてたし、別れる時、すごくショックを受けてたから……」

 泣いて、ショックを受ける紫苑に、その場しのぎのように、「僕は息子だと思ってるからね」と告げた。もちろん、その気持ちはある。最も、ネネにとっては迷惑だろうから、それを口実に逢おうとしたことも、接触を持ったこともない。再会は、単純に偶然だった。

「頼れる大人が、他に居ないんだと思う。それだけだよ」

「……それなら、良いですけど」

 拗ねたような口調で、アオイはそう言って八木橋の手を握った。年下の恋人が、嫉妬してくれるのは、なんだか擽ったい。

(告白――して、しまった……)

 今更ながらに、気恥ずかしさがこみ上げる。手の温もりに、アオイという存在を実感する。過去の経験から、恋愛に消極的だった。けれど、今はアオイを大切にしたいと思う。

 『アフロディーテ』の裏手から階段を上り、事務所の扉を開く。不安そうな表情で椅子に座っていた紫苑が、顔を上げた。

「あ……」

「ごめんね紫苑。一人にして」

「うん――いや、急に来て、済みません」

 紫苑の視線が、アオイの方に向いた。アオイはムスッとした表情で、紫苑を見る。紫苑は高校生だが、身体が大きい。多分、アオイよりも体格も背も大きい。精神的にはまだ子供のようで、アオイの様子にビクビクしていた。それが何だかおかしくて、クスっと笑う。

「こっちの人は――僕の、今の恋人なんだ」

 八木橋の紹介に、紫苑以上に――アオイが驚いていた。











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