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二十四 思ったよりも
しおりを挟む台帳を書きながら、頬杖を着く。仕事をしていてもなんとなく上の空なのは、つい、アオイのことを考えてしまうからだ。
『……オレが触っても、平気? 嫌じゃない?』
いつも年上の自分よりも余裕な様子なのに、不安そうだったアオイを思い出す。アオイは、ノンケ相手を好きになるのが初めてだと言った。多分、本当なのだと思う。男だとか、年齢のことを気にしているのは、自分ばかりだと思っていた。だが、違ったのかも知れない。アオイもまた、八木橋を好きになったことに、葛藤があったのかも知れない。嫌われるかもしれない、怖がられるかも知れない。そんなことを思いながら、接して来たのかも知れない。
机の端に置いたスマートフォンが、通知を鳴らした。この時間になると、アオイからメッセージが送られてくる。仕事終わりに落ち合って、短い距離を一緒に歩く。アオイのアパートに行った時のような深い触れ合いは、あれ以来していない。けれど、キスの温度や、手を繋ぐ熱量が、今までよりも甘く感じる。
アオイが、自分を求めているのが解る。だが、アオイは触れて来ることはなかった。二人の関係は、絶妙な距離を保ったままだ。友人ではない。キスはするけれど、明確に恋人ではない。恋人の入り口に立ったまま、アオイはその扉の前で、八木橋が扉を開くのを待っている。
(待たれてもっ……困るっ!)
八木橋としては、アオイとしてみたいと具体的に想像したわけではないが、いざ、押し倒されたら解らない。流されてしまう気がするし、その方が楽なのが目に見えている。けど、アオイはそうしない。それが解るから、余計に困ってしまう。
「難しいな……」
ポツリ呟いたのを、ちょうど事務所にやってきた美鈴が拾う。今日はアフターがなかったらしい。人気の彼女では珍しいことだ。
「なあに? まさか赤字なの? 嘘でしょ?」
「あっ、いや、違うよ。美鈴さん。ちょっと、プライベートなこと……」
「あらお悩みなの? まさか、恋愛事とか?」
カラカラと笑いながら言う美鈴に、八木橋はギクッと肩を揺らす。美鈴はそれをめざとく見つけ、事務椅子にサッと腰かけた。
「アラ。まさか本当に恋愛の悩み? 何よ何よ。水くさいわね。話しちゃいましょうよ!」
「いやいや、美鈴さん。もう遅いから……」
八木橋の言葉を無視して、美鈴はグイグイと詰め寄ってくる。どうやら見逃して貰えないらしい。
(仕方がない……。適当に話すか……)
あまり秘密にすると、かえって強引になりそうだ。美鈴は少し、おせっかいで野次馬なところがある。
「アラフォーにもなって、恥ずかしいんですが」
「アラ。なに言ってんのよ。まだ三十七でしょ? 若いじゃない」
「そうですかねえ……」
「ジジ臭いのはその考えよ。それで? ワクワク」
「もうワクワクしちゃってるし……ハァ」
ここのところ年齢のことで言われてばかりだ。もしかしたら、自分は思っているよりもまだ若いのかも知れないと、少しだけ思った。七十を超えた上杉も、気持ちは大分若々しい。それこそ、八木橋よりも。
(僕は考えが古臭かったのか……)
自分で自分んを、『オジサン』の枠に当てはめていたのかも知れない。そう思うと、少しだけ心が楽になった気がした。
「で?」
「……そんなに、面白い話じゃないですよ? 最近ちょっと、僕に好意を寄せてくれている人が居るんです」
「ほうほう。ドキドキ」
「その人が、大分年下でして……」
「アラァ。店長も、隅におけないわね! それで? 何が問題なの? まさか未成年ってわけじゃないんでしょ?」
「それは――違いますけど。でも、まだ大学生ですよ」
八木橋の言葉に、美鈴はそれがどうしたと言わんばかりに肩を竦める。
「良いじゃない。店長なら経済力あるんだし、別に問題ないでしょ? 付き合う分には障害にならないじゃない」
美鈴はそう言いながら、タバコに火を点ける。八木橋は無言で灰皿を差し出した。
(確かに、付き合うだけなら、問題ないのか――?)
付き合って、その先となれば、また新しい問題が出てくるかも知れない。将来のこと、家族のこと。八木橋は両親が他界しているため、アオイについてうるさく言うものは居ないだろうが――アオイはまだ、両親が健在だろう。相手がこんなオジサンだなんて――その前に、アオイの両親はアオイがゲイだと知っているのだろうか。
障害は色々と多い気がする。
(でも、そうか)
美鈴の話を聞いて、自分なりに解ったことはあった。八木橋はタバコを吹かす美鈴に、落ち着いた表情で答える。
「どうやら僕は、思ったより誠実に向き合いたいみたいです」
八木橋の言葉に、美鈴は目を丸くして、それからニヤニヤと笑った。
「アラ。真面目ね」
「ええ。まあ――自分でもなんで迷ってるのか、正直解らないんですけどね」
「良いじゃない。存分に悩めば。その価値があるんでしょ」
タバコを揉み消し、美鈴が立ち上がる。八木橋は彼女を見送りながら、苦笑いした。
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