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十五 戸惑いと体温
しおりを挟む唇に、柔らかいものが押し当てられる。アオイの唇だと頭が理解するまでに、暫しの時間を要した。唇の隙間から舌が入り込む。柔らかく、濡れた感触に擽られ、ゾクリと背筋が粟立つ。
キス――を、されている。という事実に気が付き、動揺する。ビクンと肩を揺らして、一瞬の抵抗をした。だが、アオイが胸を押しつぶすようにのしかかっていて、動けない。逃げる舌を、アオイの舌が絡めとる。ちゅうっと吸い付かれ、唾液ごと吞み込む。
「んぅ、っ……」
くぐもった声が、鼻から漏れた。どうして。何で。そう思うと同時に、先ほどの警告が頭を過る。
『オレがゲイなの、忘れてないですよね?』
忘れていない。知っていた。でも、どういう事なのかは、考えたことがなかったかも知れない。アオイは八木橋との外出を『デート』といった。バーでも『狙っている』と明言していた。その言葉を、本気にしていなかった。他愛のない、じゃれ合いのような冗談だと、無意識に逃げていた。
「っ、ん……、アオ……」
下唇を吸われ、また口腔奥深くを舌が蹂躙する。上口蓋を舐められ、ゾクゾクと背筋が震える。奪うような、激しいキスだった。
(っ……! ま、待って……)
キスに翻弄され、動揺する。今更ながら、自分を狙っているらしい男の家にのこのこ着いてきて、襲われているという事実に気が付く。身体が、燃えるように熱い。こんな風なキスを、したことがなかった。八木橋は奥手で、淡い愛情を抱いたことはあっても、激しい恋情を抱いたことも、劣情を持て余したこともなく、まして自分に性的な興味を持って来た相手は、殆ど居なかった。過去に交際した女性は、八木橋の優しさや甘さに惹かれたらしいし、別れた原因もそれだった。
「アオイっ……」
胸を叩く。引きはがそうとする。それなのに、アオイは許してくれず、角度を変えて口を吸う。舌が痺れて、脳みそまで蕩かされてしまいそうだ。外では雨が降っていて、室内は二人の息遣いと濡れた音だけが響いている。
(っ、ん……、あ……)
ぞくん、痺れるような感触に、ぞわりと全身が震える。久しく感じていなかった感情に、自分自身で動揺する。アオイとのキスに、興奮しているのを自覚して、顔が熱くなる。
このまま、どうなるのだろうか。ドクドクと心臓が鳴る。アオイのことは、友人として好きだ。好青年だと思うし、人として気に入っている。けれど、恋愛感情として好きかと言われれば、ゲイではない自分は考えたこともないわけで。
戸惑いと、このまま流されたら。という本能が、脳内でぐちゃぐちゃに混ざり合う。
じんじんと唇が痺れる。人生で一番、キスをした。
「――んぁ……っ、はっ……」
「八木橋さん……」
ちゅぱ、と音を立てて、唇が離れた。アオイの欲情した表情に、ずくんと胸が疼く。
「はっ……、はぁ……、は……、ア……、アオイ……、くん……っ」
涙目で息を切らせる八木橋に、アオイがクッと笑う。アオイはもう一度、今度は触れるだけのキスをした。
「んっ」
「今日は、キスだけで許してあげます」
「は――」
ニッコリと笑って、アオイは八木橋の手を取ると、身体を起こしてくれた。まだ、キスの余韻が酷く残っている。クラクラとめまいがして、八木橋は額に手を当てた。
「今日は許してあげますけど――」
「ふえ?」
「必ずオレのものにするから。覚悟しててね」
「――」
自信たっぷりにそう宣言され、八木橋は顔を真っ赤にして唇を結んだ。
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