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十三 できれば、ずっと
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青いライトの下で働くアオイを、チラリと見る。アオイは客と談笑しながら、カクテルを作り始めた。
その様子をカウンターの隅っこで、一人飲みながら見ている八木橋。今日は軽めのカクテルからと、スクリュードライバーを勧められて飲んでいる。
『ムーンリバー』は人気のようで、店内は人が多い。アオイはバーテンとしても人気らしく、良く声がかかった。
(モテてる……)
自身も、アオイとの会話が楽しくて来ている節はあるのだが、常連客はどうも、アオイが目的の者も多いようだ。魅力的な彼との会話が楽しいのは解るので、とても理解できる。
だが、一人飲みの身としては、少し寂しくもある。
(まあ、眺めているだけでも、良いもんだけど)
スマートに接客するアオイを見ているのは、楽しい。グラスを傾けながらぼんやりアオイを見ていると、カウンター越しに男が声をかけてきた。
「八木橋さん、また来て下さったんですね」
「あ、篠宮さん。こんばんは。お邪魔してます」
声をかけてきたのは、『ムーンリバー』の店長だ。八木橋と同じく、雇われ店長というやつである。篠宮は少し甘い雰囲気の男で、八木橋とも同年代だろう。店では事務仕事を中心にしており、あまり接客には顔を出さない。八木橋とはオーナー繋がりで、顔見知りという程度の間柄だ。
「八木橋さんが『ムーンリバー』に来店する日が来るとは思いませんでした」
「あはは。僕もです」
カクテルを一口啜り、アオイを見る。アオイはまだ、客につかまっているようだ。
「『ムーンリバー』は人気ですよね。それなのにアオイくんを手伝いに借りちゃって……」
「大丈夫ですよ。他にも従業員はいますから。それに、アオイくんも楽しそうでしたし」
「だと良いんですが」
しばらく篠宮と雑談していた八木橋だったが、篠宮がバックヤードの方から呼ばれ、「それじゃあ、ごゆっくり」と立ち去ってしまい、再び一人になる。今日はいつもより人が多いせいか、アオイはなかなか手が離れないようだった。
(どうしようかな。もうすぐ無くなるけど……)
アオイが忙しそうなので、もう一杯飲んで帰るか、迷う。スクリュードライバーは軽いので、飲み足りない。だが、一人で飲んでいても仕方がない気もしてくる。一人で飲むのが楽しくないわけではないが、なんとなく、こちらを見る暇もないアオイを眺めているだけなのは、物寂しい。
そうやって迷っているうちに、いつの間にやって来たのか、体格の良い男が隣の席に腰かけた。
「やあ。見ない顔だね。一人?」
「え? ええ。一人です」
常連だろうか。男の問いかけに、驚きながら返事する。男は片手にウイスキーグラスを持っていた。どこかの席から移ってきたのだろう。大きく襟の空いたシャツに、金のネックレスが光った。
「ええー? 一人飲みなんて勿体ない! せっかく来たのに」
「あはは……」
気さくな男の様子に、苦笑してごまかす様に笑う。男が椅子から身体をずらして、肩を近づける。肩がぶつかったが、八木橋は特に何も思っていなかった。
「あれ? グラスが空だね。良かったら、奢らせて――」
八木橋の肩に手を回してそう言った男の声を遮って、涼やかな声が横から入り込んだ。
「すみません、この人、オレの連れなんで」
「え?」
カウンター越しに、いつの間にやって来たのかアオイが目の前に立っていた。アオイは男と八木橋の間に、邪魔をするように手を挿し入れる。まるで、八木橋を守るように――。
(っ……)
ドキリ、心臓が脈打つ。顔が熱くなる。
「おっと。なんだ、アオイちゃんの彼氏? 言ってよ~」
「えっ!?」
「今、口説いてるところなんで。邪魔しないでね」
アオイはニッコリと笑うと、男を追い払う。戸惑う八木橋に、アオイが身体を寄せて耳元に囁いた。
「ごめんね。ここ、ゲイバーだから」
「あっ……」
(そうか。そうだ。忘れていた)
居心地が良いから、そんなこと考えても居なかった。ここはゲイバーで、出会いを求めてやって来る人も居るのだ。どうやら、あの男にナンパされていたと気づいて、いまさらになって慌ててしまう。
「ご、ごめんっ……」
「大丈夫? 怖くなかった?」
アオイの手が、カウンターに載せた八木橋の手に重なった。それだけで、安心して息を吐き出す。
「ううん。助けてくれて、ありがとう」
アオイの助け舟だったのかと、ホッとする。男に失礼な態度を取ってしまう所だった。せっかく気に入ったバーなのに、来られなくなっても嫌だ。
「お酒、作りますね。怖がらせちゃったお詫びに、オレの奢りです」
「ははっ。いつもご馳走になっちゃうじゃない」
「良いんです。オレが、そうしたいんで」
アオイはそう言って、グラスに酒を注いでいく。琥珀色をしたスコッチウイスキーだ。八木橋にも馴染みがある。
「良い香り。スコッチ、好きなんだよ」
「そうなんです?」
「うん。家飲みするときとかね」
「良いですね。今度、一緒に飲みませんか?」
「そうだね。良いね」
「――こちらは、『マンハッタン』というカクテルのベースをスコッチに変えたもので『ロブ・ロイ』というカクテルです。ドライですけど、甘さも感じるカクテルになっております」
「へえ」
深い赤味のあるカクテルを手に取り、口に含む。スコッチは良く飲むが、これは別物だ。香りのよさと甘さが癖になる。
「カクテルって、美味しいねえ」
「そう言ってもらえて、嬉しいです」
アオイの笑顔に、胸がざわめく。どうしてだろうか。一人で夜を過ごしていた時より、ずっとずっと、今が愛おしい。思いがけずアオイと関わるようになって、八木橋の世界は一気に広がった。新しい世界に戸惑うけれど、ここがとても心地良い。
この時間がどのくらい続くのか分からないけれど――できれば、ずっと続きますように。そう思いながら、八木橋はカクテルを口に含んだ。
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