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八 初デート

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 アオイに連絡すると、すぐに返事があった。内心、少しだけ揶揄われていることを疑っていた八木橋は、返事があったことにホッとした。

(明後日か……)

『デート』の日は、明後日になった。八木橋は出勤前の時間帯であり、アオイは大学の授業の隙間時間という、ごく短い時間ではあるが、カフェで落ち合うには十分な時間だ。

「って、何を着て行けば良いんだっ?」

 社会人として、恥ずかしくない程度の服装はある。だが、若い子と出かけるような恰好なのだろうか。自分は『おじさん』だという自覚はあるが、一緒に居て「恥ずかしい」と思われるようなら、いけない気がする。少なくとも、アオイに恥をかかせてはいけない。

(かといって、若作りも違うきがする)

 出来れば、『カッコいいおじさん』と思われるような恰好でいたい。背伸びしすぎかも知れないが、多少は良いところを見せたい。なにしろ、(サボっていたつもりはないのだが)ケーキを呑気に食べているところを見られている。印象はマイナスだろう。

 八木橋が自信の方向性に悩んでいる間に、無情にも時は過ぎるのであった。



 ◆   ◆   ◆



(結局、何も変わらなかった……)

 雑誌を参考にヘアスタイルを変えてみようと思ったが、元の癖のせいで上手くいかなかった。ネットを参考にファッションにトレンドを取り入れて見ようと思ったが、なんだか変な感じになって結局辞めてしまった。付け焼刃はうまくいかない。結局は八木橋の理想と現実のギャップに乖離があり過ぎて、何も出来ずに終わってしまった。

「ま、まあ、おじさんが気張っても気持ち悪いだけだよな」

 それでも、服は自分が持っているものの中で、一番マシな一張羅だ。これは誕生日に『アフロディーテ』のみんなが買ってくれたもので、ブランド物らしい。着るだけで背筋が伸びるような、そんな感じの衣装だった。

 アオイとは駅で待ち合わせなので、待たせてはいけない。少し早めに到着して、彼を待った方が気分的に良さそうだ。八木橋は早めに家を出ると、駅の方へと向かった。

(なんか、すごく緊張する……)

 やっぱり来られない、なんてなったらどうしようか。そもそも、すっぽかされる可能性だってあるかもしれない。その時は、なんてことないふりをしなければ。待っている間、どうしてもマイナス思考に陥ってしまう。アオイがそんな子じゃないと解っているのに、負の感情が募ってしまう。

 そんな風に、ソワソワしながら待っていると、通りの向こうから青年が小走りに駆けてくるのが目に入った。

 サラリとした質感の、濃紺のカットソーに、細身のパンツを合わせた、オシャレな格好のアオイだった。若く美しいアオイの姿に、思わず見とれてしまう。

「八木橋さん。お待たせしました」

「うっ、ううん。大丈夫だよ」

 緊張して、口が回らない。アオイはクスリと笑って、八木橋の隣に並んだ。世間から見たら、二人はどういう関係に見えるのだろうか。職場の上司と部下。はたまた親子。友人には見えないだろう。他人の目線が、少しだけ気になる。

「オシャレして来てくれたんですね」

 ニコッと、アオイが微笑む。それが気恥ずかしくて、八木橋は目を逸らした。

「う、うん。おじさんと一緒じゃ、アオイくんも恥ずかしいでしょ?」

「八木橋さんは素敵ですよ」

「お世辞でも嬉しいよ」

「お世辞に聴こえるんですか?」

 真面目なトーンでそう言われ、八木橋は言葉に詰まった。アオイは、はっきりしている。年上の八木橋相手でも、思っていることはズバリ言うタイプだ。八木橋はアオイから目が離せず、動揺して唇を震わせる。

「そっ……、そうじゃ、ないけど……。でも、僕は、そんな風に言ってもらえるような人間じゃないから……」

 アオイが目を細めた。ビクリ、肩を揺らして目を逸らす。何だか、怒られるのを怖がる、子供のような気持ちだと、妙に思う。アオイの手が、八木橋の手を握った。ドキリとして、肩が揺れる。アオイが肩をぶつけて来た。距離の近さに、心臓が悲鳴を上げる。

(っ……!!?)

 ドクドクドク。心臓が早鐘を打つ。顔が熱い。もしかして、今とんでもなく顔が赤いんじゃないか。そんな気がして、顔を逸らす。アオイが耳元に唇を寄せた。息が掛かる。

「八木橋さん、今日デートなのに、そんな風に言わないで」

「っ……!」

 デート相手にそんなことを言われたら、哀しくなるから。そう言って、アオイが笑う。

「っ……、そ、そう、だね。ゴメン、マイナス思考で」

「あやまるのも、ダメですよ」

 ちょん、と唇を人差し指で触れられ、驚いて飛び上がる。アオイがカラカラと笑った。

(な、なんか。僕の方が年上なのに……)

 アオイが手を引いて、歩き始める。他人の目があるというのに、大の大人だというのに、二人で手を繋いで、街の中を歩き出す。

 気が付けば、すっかりアオイのリードで歩いていて、それが嫌じゃない自分が居て。

 八木橋はここ二十年、感じたことのないワクワクとドキドキに、知らず心を弾ませていた。




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