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七 期待と不安
しおりを挟むあんなに約束したのに、無下にするのは出来ない。その上、手伝いまで買って出てくれたのだ。
(ここは一つ、年上の僕が、ご馳走してあげないとな!)
自宅に帰って、一眠りした八木橋は、起き出すなりそう思った。アオイにはこれまでも世話になっている。クリスマスイベントの時にも、バレンタインの時にも、忙しいというと、必ずと言って良いほど、手伝いに来てくれた。
「いくらオーナー同士が仲が良いと言っても、それに甘えて本人にお礼をしないのは違うよなっ」
オーナーの交遊関係は、社員には関係ないのだし。アオイは『ムーンリバー』のオーナーから、別途手当てが出ているかも知れないが、こういうのはそういう問題じゃないのだ。八木橋はうんうんと頷き、本棚の方へ向かう。
八木橋が一人暮らすこのアパートは、いわゆる、単身者向けのアパートというやつだ。部屋数は二つ。キッチン、トイレ、風呂という、非常にシンプルな造りで、一部屋は寝室にしている。
書棚の中にあるのは、殆どが雑誌だ。スイーツ特集とか、どこそこの名店だとか、新規オープンの店などの情報が多く掲載されている、情報誌である。気になった店には付箋を着けて、休日に足を運ぶ。そんな日々を繰り返してきた。
「やっぱり、フルーツたっぷり系の店だよね」
雑誌を捲ると、見ているだけで楽しくなるスイーツの写真が溢れている。ショートケーキにマカロン、モンブランにフルーツのタルト。アップルパイにエルトベア、チョコレートケーキ、パフェ、シュークリーム。
「あ。このクレープ美味しそう。ここ行ってみたいんだよな~。でも、折角二人で行くんだから、店内飲食の店が良いよね」
デートだと言っていたし。
そう考え、ボッと顔が熱くなる。
「っ! ふ、深い意味はないのにっ。なに、良い歳してデートなんて言葉に恥ずかしがってるんだか……」
八木橋は若い頃、デートだと口にするのは恥ずかしかった。気になっていた女性を誘ったときも、「一緒に出掛けられたら良いな」くらいのお誘いで、「デートしよう」なんて、気恥ずかしくて言えなかった。
(若い子は気にせず言えるんだもんなあ……)
ジェネレーションギャップというやつだろうか。アオイの存在は、鮮やかで眩しく思える。それが、羨ましいという気持ちなのか、別の感情なのかは解らない。ただ、アオイは魅力的だった。
「……僕、アオイくんのこと、ちゃんと楽しませられるのかな……?」
不安になるが、恐らくはアオイのほうがその辺りは問題なさそうだ。年上としては情けない限りだが、話題を引き出すのがアオイはうまい。八木橋は口下手で、面白味もなにもない男だと言うのに、一緒に居る時、話題に詰まったことがなかった。『アフロディーテ』の女の子たちや他の従業員たちからは、いつも生暖かい目で見られているというのに。
(ふぅ……。話題を気にするより、店を選ぼう)
自分は月曜が定休日だが、アオイはそうではない。そもそも、大学に行っている時間もあるだろう。時間を合わせて外出するのは、どうすれば良いのかよくわからなかった。
八木橋が夜の仕事をするようになったのは、二十六の時だ。大学を二浪して入ったものの、三年で中退した。理由は、両親が他界し、学費が払えなくなったからだ。もう少し学びたかったが、勉強しながら働くのは、難しかった。夜の街に流れ着いたのは、そういう理由からだ。バイトであちこちの店を転々としていたところ、前のオーナーである佐竹に拾われ、二十七歳で『アフロディーテ』の店長になった。それから、十年。夢中で働いてきたせいもあって、八木橋は友人と遊ぶという経験が少ない。
(ちょっと、緊張する……けど)
あまり知らない相手と出かけるのは、緊張する。けれど、若いころのように、期待に胸が高鳴っているのは、事実だった。
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