6 / 31
六 デートの約束
しおりを挟む(今日はさえさんが来てくれて助かった……)
優梨の不在という穴は、二号店のナンバーワン登場で逆に大盛り上がりだった。美鈴とさえ、二人のナンバーワンが揃う状況は稀だ。二人が仲が良いというのも幸いし、客も満足そうだった。
「やっぱり、若くても新オーナーだなあ」
瑞希のお陰でピンチを乗り越えられた。本当なら、自分がなんとかしなければならなかったところだが。
いつも通り、売り上げを回収し、挨拶を済ませて雑居ビルを出る。街の明かりの殆どない、濃紺の空の下を行く。
先日はケンカのあった路地も、今日は酔客がポツポツといるばかりで、騒ぎは起きていない。ホッとして路地を行こうとした時だった。
ポケットに入れておいたスマートフォンが震える。
「ん?」
こんな時間に、何だろう。そう思って画面を見る。
「え、アオイくん?」
表示された文字に、驚いて目を瞬かせる。何事かと思いながら、電話に出た。
「もしもし?」
『あ。八木橋さん? 仕事終わりました?』
「うん。今、売り上げ報告して、帰るところ」
『そうなんだ。オレも今から帰りなんで、一緒に帰りましょう』
「え、あ、うん」
『一緒に帰りませんか?』ではなく、『一緒に帰りましょう』と言われ、戸惑う。どうやら既に、決定事項のようだ。
(若い子は強引だな~。でも、懐かれてるみたいで、悪くないな)
「じゃあ、店の方に行くね」
『お待ちしてます』
電話の向こうで、アオイが笑った気がした。
一人で帰るのは味気なかったが、一緒に帰る人がいるというのは、こんなにも良いものなのかと、足取りが軽くなる。
細い路地を抜けた先にある店の前で、アオイが立っていた。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
笑みを浮かべるアオイの横に並び、歩き出す。アオイとの身長は少しだけアオイが大きかったが、殆ど差がない。だが、腰の位置が違うことに気づいて、八木橋は少しだけショックを受けた。
(うーん。アオイくん、スタイル良いもんなあ……)
「? どうかしました?」
「あー、いや。アオイくん、スタイル良いなーって思って」
「え? そうですか? 嬉しいな」
ふわりと微笑むアオイに、八木橋は思わず目を細める。若いエネルギーが、やけに眩しく感じた。
「ん、ん。アオイくんは普段、何してるの?」
「日中は大学に行ったり行かなかったりですけど。休みの日は萬葉町で遊んでますね」
「バーテンやって大学は大変じゃない?」
「そうでもないです。八木橋さんは、プライベートはどうされてるんですか?」
「僕の話なんて……」
自分みたいなおじさんの話なんて、聞いても仕方がないだろう。そう言って苦笑いする八木橋に、アオイが首を振る。
「オレは、八木橋さんの話、興味ありますよ。どんなことしてるのか、どんなものが好きなのか知りたいです」
「――っ……」
アオイの真剣な言い方に、思わず赤面してしまう。社交辞令なのは解っていたが、嬉しかった。
(ほんと、口説かれてるみたいだなあ……。アオイくん、いつもこんな感じなんだろうな……)
アオイのように綺麗な子にこんなことを言われたら、誤解してしまう人もいるだろう。
(こんなおじさんにも優しいなんて、恋人にはどんなに優しいのかな)
アオイは少し毒舌なところもあるのだが、こうして親しくなると、蕩けるように甘い。
「僕は、スイーツ巡りばっかりしてるよ。新しいお店が出来たら、チェックして……」
アラフォー男がスイーツなんて、少し恥ずかしい。自分みたいな男より、若い女の子やアオイのように綺麗な男の子の方が、スイーツは似合うのに。
「甘いもの、好きなんですね。じゃあ、デートはカフェにでも行きましょうか?」
「へ? デート?」
「あれ? 忘れちゃいました?」
酷いな。と、拗ねたような顔をされ、ビクッと肩を揺らす。脳裏に、いたずらっぽく笑った、アオイの顔を思い出した。
『黙っておく代わりに、今度デートしてください』
「あっ……! おっ、覚えてるよっ。その――デートって……」
冗談。だったのでは。そう聞き掛けたが、アオイが先にパッと顔を明るくして笑う。
「あ。覚えてたんだ。良かった」
「う、うん」
(もしかして、ただ遊びに行こうって話なのかな……?)
美鈴とさえも、よく「昨日はさえちゃんとデートだったの~」と、言いながら二人で外出してきた写真を見せてくれる。もしかすると、若い人たちは友達と外出することを『デート』と言うのかも知れない。八木橋は納得して、頷いた。
「カフェは良いけど、アオイくんはどこか行きたいところないの?」
「オレは、八木橋さんが行きたいところに行きたいですね」
「うっ……。眩し……。そ、そうなんだ」
(ううむ。こんな僕を友達扱いしてくれるなんて、アオイくんは広い世代と付き合えるんだな)
やはりバーテンという職業柄、人と接するのが得意なのかも知れない。
「じゃあ、好きなものはある? 甘いものは好き?」
「そうですね……。自分ではあまり甘いものは買わないですが……。プリン好きの友人から貰ったプリンとかは、食べますね。あとフルーツは食べます。店でも出すんですが、余ることもあるので」
「あー、うんうん。僕もよく、女の子からケーキとかスイーツのお裾分け貰うんだ」
(そっか。フルーツは好きか)
「じゃあ、フルーツ使ったスイーツ、探しておくね」
ニコッと笑みを浮かべた八木橋に、アオイが言葉を詰まらせた。
「――」
どうかしたのかと、首をかしげると、サッと目を逸らしてしまう。耳元が、何故か赤かった。
「――そう言えば、当分は誕生日とか、イベントはなさそうですか?」
「あー……。来月は、水着イベントがあるんだけど……」
「水着イベント?」
「女の子たちがね、水着で接客するの。うちは高級感重視の店だから、あんまり派手じゃないやつね」
水着のような露出の高い衣装は、たまにやると受けが良い。お祭りのようなこういうイベントは、客が多く来てくれる。
「手伝い入りますよ。『ムーンリバー』が忙しくない時になっちゃいますが」
「えっ。良いの?」
「大丈夫です」
きっぱり言いきるアオイに、思わず笑ってしまう。
(でも、ありがたいのは本当なんだよな……)
イベント時は、二号店でも当然、イベント中だ。いつもより客が入るというのは、スタッフも足りないということだ。
「じゃあ、声かけさせて貰うね」
「ぜひ」
そうして話しているうちに、大通りに出る。ここでお別れだ。なんとなく、あっという間だった気がして、名残惜しい。アオイとの話は、彼が話を合わせるのが上手いのか、気後れしないで済む。とても楽に話せていた。
「じゃあ、デートのお誘いも、待ってますね」
アオイの言葉に、クスリと笑う。
「解ったよ。じゃあ、連絡するね。おやすみ」
「おやすみなさい。八木橋さん」
甘い声でそう微笑んで、アオイが手を振る。なんとなく、気恥ずかしい気持ちになりながら、八木橋も手を振り返した。
71
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
クリームオンザミソスープ
片里 狛
BL
社畜気味のAV制作メーカー『アッパーズキャスト』のAD青年・環柊也はある日、自宅のアパートの階数を間違えたことにより、一階下の部屋の住人・辻丸伊都と出会う。赤髪おかっぱ関西弁の不思議な男は、料理上手で優しい、環にとって沼のような男だった。
だらっとしたテンションの料理系ユーチューバー×社畜男前年下青年。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる