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五 夜の街
しおりを挟む水商売――というと、世間の印象は悪い。商売女と罵られることもあり、浮気だと詰められることもある。そういう商売はいかがわしく、女を売り物にして男から金を搾り取る。そういう風に、見られていることが多い。
世間の目がどうであれ、八木橋にとっては店の従業員である彼女たちはプロフェッショナルだ。客である男たちを主として、自分達は添え役に徹する。氷のタイミング。酒のタイミング。話題の振り方。常に気を遣い、客を気持ちよくもてなす。
『アフロディーテ』は会員制ということもあり、滅多な客が来ない。客の多くは肩書きをもつ誰某で、素性の怪しいものは居ない。したがって、酔客に触られる、しつこくされる、暴れられるなどというトラブルは、殆ど聞くことがない。
つまり、八木橋が何をしなくとも、店は順調で、大きな『何か』は起こらないのである。
「――え? 優梨さん、来られないの?」
連絡を受けて、八木橋は顔を青くした。優梨というホステスは、シングルマザーで働いている。子供が急に高熱を出してしまい、出勤できなくなったらしい。
『すみません、店長』
「ううん。急いで病院に行って。店は心配しなくて良いからね」
そう言って、電話を切る。とは言ったものの、人員は限りなくギリギリだ。まずは台帳を確認し、今日の予約を見る。優梨目的の常連が、彼女が居ないと不満が出る。そういうフォローをしなければならない。
「マネージャー、予約のお客様お願いします。僕は優梨さんの穴埋め探すから」
「解りました」
開店まで二時間。それまでに準備をしなければならない。
(どうしよう。この前、美鈴さんの誕生日イベントで、みんな無理に出勤して貰ったし……)
店に所属している女性のうち、出勤できそうな人をピックアップして電話をかける。だが、みんな都合が悪いらしい。出勤できる人が捕まらない。
(まずいな……)
八木橋がもう一度電話帳をひっくり返した、その時だった。外階段を上がって、事務所の扉を開けるものがいた。
「こんばんはー」
「っ、渡辺さんっ」
まだ年若い青年が、箱を抱えてやってくる。渡辺瑞希というこの青年は、女神グループの現オーナーであり、『アフロディーテ』二号店の店長でもある。前のオーナーの佐竹の愛人だという噂もあるが、八木橋は信じていない。
「これ、来月のイベントで使う飾りです。ん? 八木橋さん、どうかしました?」
「あー……。女の子が一人、来られなくて」
「あ、なるほど」
瑞希は頷き、「代理、見つからない感じですか?」と聞いてきた。
「電話、掛けまくってるんですけど……」
「うーん。ちょっと待って貰えますか?」
「あ、はい」
瑞希はそう言って、スマートフォンを取り出してどこかに電話する。
「あ。さえさん? 瑞希です。一号店で人が足りないんです。ボーナスつけるんで来ませんか?」
さえ、という名前に、八木橋ビクッと肩を揺らした。八木橋も面識のある彼女は、二号店のナンバーワンホステスだ。高飛車な面もあるが、即戦力と言って良い。なにより、優梨の代わりに来るのが二号店のナンバーワンならば、客も不満を言いにくいだろう。
「さえさん、来るそうです」
「本当ですかっ。ありがとうございます!」
「今、面接も何人かしてますから。付け回し大変ですよね」
「そうなんです……」
水商売をやる女性の殆どは、お金が目的だ。美鈴やさえのように、ここを天職だと思っているのは少数派だろう。お金目的の女性たちは、目標の金額が貯まればサッと辞めて昼の世界に戻っていく。八木橋自身、そういう女の子たちを何人も見送ってきた。そして八木橋は、そんな彼女たちが戻ってこないことを望んでいる。
優梨は、戻ってきてしまった女性だった。離婚して、女手一つで子供を育てるのは、苦労するのだろう。
気を取り直して、八木橋マネージャーを呼ぶと、準備のために奔走するのだった。
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