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四十四 露木夏音
しおりを挟む期待に応えないと。という宣言通り、清はカノに連れられてホテルへと連れ込まれた。駅近くにある古ぼけた外観のラブホテルは、中は清潔だった。カノに「使ったことある?」と聞かれて返事に困っていたら、少し不機嫌になってしまったが、実際は使ったことはない。女の子と付き合っていた時期も、大抵こういうことをするのは家だった。社会人になってから、清には彼女がいない。
「あっ♥ あ、だめっ……♥」
「ダメじゃねえよ……。本当に、乳首こんなに弱くなって、どうすんだよ」
そう言いながら、背後から両方の手で乳首をこねくり回す。摘まんだり、引っ張ったりされると、ビクビクと腰が揺れた。
「んぁ、んっ……♥ カノくん、の、せいっ……だか、らぁっ……♥」
甘い声で文句を言いながら、顔を逸らせてキスを強請る。カノは噛みつくように唇に吸い付き、舌を絡ませる。互いに身体をぴったりと密着させ、貪るように触れ合う。理性などとうにない。背後から抱きしめるようにして抱えられ、穴にはカノの狂暴な性器が、深々と突き刺さっている。
「んふ、んっ……♥」
「清……。清……」
首筋に顔を埋め、カノが切なげに名前を呼ぶ。その声に、胸がどうしようもなく締め付けられる。目の前にいるのに、すぐ傍で抱きしめているのに、カノは清を探しているように感じた。
「カノ、く……」
カノの腕を解き、正面に向き直る。カノが驚いて目を見開く。そのまま、抱き着く。
「カノ、……」
カノくん。そう呼ぼうとした唇を、カノが手で制した。真剣な顔で、じっと清を見つめる。
「吉田、清」
「え?」
急にフルネームで呼ばれ、首を傾げる。カノの目は、やはり真剣だった。
「露木夏音。夏音、だ。夏の音、で、夏音」
「かの……、ん」
一瞬、何のことかわからず、目を瞬かせる。が、次の瞬間、それがカノの本当の名前なのだと気づいて、清はパァと表情を明るくした。
「夏音くん?」
「夏音で良い」
「綺麗な名前じゃん。お母さん、音楽好きだったの?」
「あ? ……知らん、けど」
夏音は名前の由来など、聞いたことがない。そう言う話を、彼女としたことはなかった。
「カノンは、輪唱の意味だよ。一つのメロディを、複数の音が追いかけ合う歌。お母さんは、夏音が一人にならないように、着けたのかもね」
フッと、清が笑う。その笑顔に、夏音は思わず見入った。
「そんなこと、あんのかな」
一つの音を重ね合う音楽。一人では、決して出来ない音。そんな深い意味を考えて、着けたかなんて、解らない。だが、もしそうなら、夏音の周りには何だかんだ人が居て、いつだって助けてくれる人たちがいた。
今だって――。
「清」
「ん……、」
「清、ホストじゃない、ただの、夏音は……好きか?」
「……? どの夏音も、全部、好きだよ……」
清の瞳が、愛おしそうに夏音を見つめる。切なげな表情に、互いに唇を寄せた。
「でも、ホストの『カノ』、好きだろ?」
「ん。夏音は、夏音だろ……」
ちゅ、とキスを繰り返しながら、ゆるゆると愛撫を繰り返す。清は、なんとなく夏音の様子がおかしいとは思っていたが、何かを追及はしなかった。
ホストじゃない、ただの夏音としてやって来たこと。
本名を教えてくれたこと。
以前より確実に、夏音は清に心を許してくれていて、清はそれを受け入れている。
(なにか、迷ってるのかな……)
清には、夏音の気持ちを推し量ることは出来ない。夏音の歩んできた人生の殆どを清は知らず、交友関係もなにも知らない。何も知らない同士が出会って、ただ、彼だというだけで恋をした。
清にも、どうしてこんなに夏音に惹かれるのか分からない。
あの夜、助けてくれたからなのか。甘い声で囁かれたからなのか、指先で蕩かされ、隅々まで愛されたからなのか。
彼のことを何も知らない。けれど、それも含めて、夏音のことを愛している。
「夏音……、何か、あったの?」
干渉するのは、今までずっと、避けて来た。「お前には関係ない」と言われるのが怖かった。関心がないふりをして、『客』の一線を超えないように、最新の注意を払って来た。
けれど、なんとなく。
そう、口にしていた。
「……」
カノが視線を上げる。それから、フッと笑って、啄むようにキスをした。
「お前、知らないだろ」
「え……?」
ドキリ、心臓が鳴る。何か、否定されるような気がして、心臓が跳ねた。だが、夏音の唇から紡がれた言葉は、予想とは違うものだった。
「オレが、枕しないって、知らないだろ」
「――え?」
意味を図りかねて、一瞬思考が停止する。
(枕、しない?)
その意味を、ゆっくりと考える。
枕――。枕営業という言葉は、当然、清も知っている。ホストであればそう言うこともあるというのも、知っている。
夏音が枕営業をしているのだと、具体的に考えていたわけではない。ただ、『絶対に枕営業をしないホスト』だというのは、知らなかった。考えたことも、なかった。
「――え?」
もう一度、口にする。夏音は笑っていた。
(え?)
ジワリ、顔が熱くなる。
そんなの、おかしい。じゃあ、どうして。いつから。なんで。
疑問が、頭をぐるぐると回っていく。
「あの……」
「こっち、集中しろ」
ずんっ、下から突き上げられ、ゾクンと背筋が弓なりになる。
「あっ♥ 待っ……♥」
「待たない」
聞きたいのに、快感がせり上がってくる。背後からメチャクチャに突き上げられ、快感に翻弄される。
「あっ、あ、あっ……!」
誰とも寝ないのに、どうして自分とはこうしているのか。客と寝ないというホストなら、自分との関係は何なのか。
聞きたかったのに、夏音は教えてくれそうにない。
「清っ……」
熱っぽい声で、夏音が囁く。手のひらの愛撫が、唇が、舌が。夏音の指が、目が、すべてが。
「――っ」
今更ながら、すべてが自分に向いていることに気づいて、ドクンと心臓が跳ね上がった。
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