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四十 平日のシフト
しおりを挟む華やかな『ブラックバード』ではあるが、当然、裏側はそうでもない。古いビルの一室を改造した店舗は、裏から見ればガタガタで、雨が降れば水漏れもする。ホストどもが丁寧に扱わないドアは、バカになっていて蝶番がブラブラしていた。
(平日のシフト、最近気が乗らないな)
カノはふらつく扉を開けながら、ため息を吐く。平日の仕事は、客の入りも少ないので、さほど忙しくない。だが、カノの場合はそれ以上に、気分が乗らなかった。
清が週末に来るようになって、カノは週末のシフトを外したことがない。そして休日は、同伴もアフターも清の為だけに開けている。
そんな特別扱いをしていれば、客の方にもなんとなく伝わるもので、カノとデートをしたい相手は、平日を狙うようになっていた。
しつこい相手とのデートは苦痛だが、それ以上に、清に逢えないことの方が苦痛だった。清と出来ない平日のデートを他の女とするのも面白くなかった。
(まあ、仕事だけど)
割りきってやっているが、楽しくもない。ため息ばかりが漏れてしまう。
「っ、ん……!」
備品庫の扉を開けようとして、中から漏れて来た声に、ため息を吐き出す。ただでさえテンションが低いというのに、なにをやっているのか。
扉を開き、わざとらしくため息を吐く。
「ぁ♥ ん……っ♥ 馬鹿、やめっ……♥」
備品庫の棚に押し付けられ、アキラが北斗に犯されている。アキラの方は荷物用のビニールテープで後ろ手に縛られているので、本意ではないのだろう。
「あんあん喘いでおいて、何言ってんだよ――カノじゃん」
「盛ってんじゃねえよ。北斗」
扉を開けたカノに気づいて、北斗が振り返る。北斗は悪びれもせず、腰を振ったままだ。カノほどではないが、北斗のモノも大きいので、アキラはだいぶ苦しそうだった。
「あ♥ カノっ、これはっ♥」
「あー、悪い悪い。今済ませるわ」
首を振るアキラに、北斗は腰をがっちり掴んで大きくストロークする。中断する選択はないらしい北斗に、呆れて肩を竦めた。
「あ、あ――! あ、あっ♥」
「おら、イけっ……! 出すぞっ!」
「あ、ぁ♥ 馬鹿、ナカはやめっ……♥」
ナカに出されたアキラの膝が、ガクガクと揺れる。床に崩れ落ちるアキラを放置して、北斗はスラックスを直してフゥと息を吐いた。
「ぁ……、馬鹿北斗っ……、これ、ほどけ……」
「あー? ったく、面倒くせえなあ」
「お前がやったんだろっ……」
痴話喧嘩を眺めつつ、カノは呆れながら「換気しておけよ」と苦言する。
北斗とアキラの行為を見るのは、これが初めてではない。恋人というわけではないらしく、アキラは「ふざけんな」と返してきたし、北斗は北斗で「冗談キツ」と白けた顔をした。
「今日、シフト入ってたっけ」
「まあな」
服を直すと、いつものスカしたイケメンホストの出来上がりである。黄色いバラがトレードマークの、『王子様』キャラ。中身はクズ男である。
(コイツ、そういえばゲイなんだよな。なんでホストになんかなったんだか……)
こちらは平日勤務は気が乗らないというのに、イチャつきを見せられて若干苛立つ。いつでも逢える関係性は羨ましい。
「お前を羨む日が来るとはな……」
「あ? 何か言ったか?」
北斗はビニールテープを切ってやっていて聞こえなかったらしい。アキラは赤くなった腕に顔をしかめながら、剥き出しの尻を押さえた。中に入ったままの精液が気になるようだ。
「お前、痕に残るようなマネしてやんなよ」
「はぁ? カノには関係ないだろ」
「なくはねぇだろ。同僚だ。アキラ、ここやっとくから、シャワー浴びてこいよ」
カノの言葉に、アキラは顔をしかめながらふらふらと立ち上がる。「悪い」と気恥ずかしそうにしながら立ち去るアキラの背を、北斗が追いかけようとしたので、肩を掴んで止めた。
「僕もシャワー……」
「お前はモップ掛けとけ」
北斗は舌打ちしながら、掃除用具入れの方へしぶしぶ向かう。
「ハァ、ダル」
「口より手ぇ動かせ」
やる気のない北斗を叱責しながら、アキラが途中にしている品出しを開始する。昨日は酒がよく出たようで、補充が多かった。
「……お前さ、北斗」
「あー?」
伝票と付け合わせしながら、丸くモップ掛けする北斗に話しかける。
「お前って、ゲイなんだよな」
「ケンカ売ってんの?」
「違げーよ。どうなのかな、と思って。あと隅までモップ掛けろ」
「どうって?」
適当なモップ掛けに文句を言うと、北斗はしぶしぶと言った様子で棚の隅までモップを入れる。
「男相手じゃ、結婚できないじゃん。今はさ。将来とか、どうすんの?」
「は。やっぱケンカ売ってんじゃん」
「違げーよ……。ただ……」
カノの手が止まる。その様子に、北斗がため息を吐いた。
「何が言いたいのか知らないけど、カノって結婚願望あるんだ? 意外」
「いや、そういうわけじゃ……」
「関係なくない? 確かに、制度上不便なこととかあるみたいだけど、それ言ったら別姓にすんのに結婚しない男女も居るじゃん。形に拘ってんの?」
「いや――そうなの、か……?」
確かに、結婚出来ないと考えたまま、思考停止していた気がする。
「なんか知らないけど、吉田さんマジなんだ? へぇ」
ニヤニヤ笑う北斗に、カノはムッと唇を結ぶ。
「ちょっかい出したら殺すぞ」
「んー。どうしようかなぁ。好みじゃないんだけどね」
「は? お前ああいう三枚目がタイプなんじゃないの?」
「どういう意味だよ」
アキラと清は、カテゴリー的に同類だと思うのだが。そう口にすると、北斗が嫌そうに顔をしかめた。
「うかうかしてたら、食っちゃうかもねえ」
「ふざけんなよ、雑魚ホスト」
「アァ? ケンカ売る気か、チンピラ」
「どっちが」
つい言い合いになって顔を付き合わせて睨み合う二人に、横からアキラの声が呼び止めた。
「お前らいい加減にしろ」
「アキラ」
シャワーを終えたばかりらしいアキラが、あきれ顔で立っている。
「アキラも、よくこんなのと付き合ってんな」
「「付き合ってない」」
アキラと北斗が同時に否定する。(お似合いじゃん)と思ったが、悔しかったので口にしなかった。
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