8 / 51
八話 私生活、充実中!
しおりを挟む(午後から原口様と打ち合わせ、それが終わったら部内ミーティングか)
スケジュールを確認して、メールを作成する。キーボードを鳴らしながら作業していた清に、後ろの席の女子社員、畠中が声をかけて来た。
「なんか吉田、最近真面目じゃない?」
「んー? 俺っていつも真面目で出来る社員じゃん?」
「ふざけんなよ」
悪態を吐く彼女は、清のひとつ先輩である。この部署に配属されたときは、先輩社員として面倒を見てくれた間柄で、気安い存在だ。癖の強い髪がコンプレックスらしく、それに触れると睨まれる。
「合コンだなんだって、騒がないじゃん」
「あー……」
メールを打つ手を止め、曖昧に笑う。つい最近まで、清はつねに「彼女欲しい!」と叫んでいたし、「合コンセッティングしてよ~」と絡むことが多かった。それが最近なりを潜めているので、「何か変なものでも食べたのだろうか?」と思われているのだ。
(今は『ブラックバード』に通う方が優先度高いしな……)
清にとっての『彼女』というのは、非常に都合の良い存在だ。デートして、エッチして、という『楽しいこと』をしたいとは思っているが、結婚はまだ考えていない。恋愛はしたいがその先は考えられない。そんな気持ちを見透かされているのだろう。合コンをセッティングしても、まともに恋人が出来た試しがない。
そんなわけで、不誠実を絵にかいたような清だが、現在はホストクラブにドハマり中である。それどころか、ソープで美人局にあったせいで、今は女性よりも男と一緒にわいわい騒ぎたいような気持ちなのだ。『ブラックバード』に行けばカノは優しいし、清の相手をしてくれる。もちろん、職業的な意識でしていることだとは解っているが……。
(今はクラブ通いするのに、時間とお金が要るしな)
清の住む夕暮れ寮と萬葉町は物理的に離れているので、週末しか会いに行くことが出来ない。したがって、これまでダラダラ仕事をして週末に休日出勤を度々していた清だが、呑気に休日出勤など出来なくなった。平日頑張って仕事をして、休日はしっかり休む。そしてホストクラブに行く。これが、ここ最近確率し始めた清のルーティンだった。
(本当は平日も逢いたいけど――。逆に近くなくて、良かったのかな……)
萬葉町が近かったら、今の清なら毎日でも会いに行ってしまっただろう。この距離感が、清に冷静さを保たせているのかも知れない。
「あんたがそんなに真面目だと、調子狂うわね?」
「真面目にやってんのに」
真面目を責められるとは、心外である。清はそう言って、机の端に置いたスマートフォンに目を向けた。手に取って、ロック画面にしている写真を眺め見る。カノにお願いして取った。ツーショット写真だ。画面の中でカノは、挑発的な笑みで舌を出している。
(がんばれる)
ぎゅっとスマートフォンを抱きしめて、清は再び画面へと向かった。
◆ ◆ ◆
「今日はレストラン予約したからっ!」
鼻息荒くそう告げた清に、カノがふはと笑う。その表情が良くて、清はキュンと胸が疼いた。
「ふーん、期待して良いんだ?」
「任せてくれっ」
営業の鮎川にお願いして、都内でも評判の鉄板焼の店を予約したのだ。通常三ヶ月待ちらしいが、なんとかツテで取ってもらえた。肉は好きなようなので、きっと気に入ってくれるはず。
(カノくんに良いところ見せないと!)
今日は五回目の同伴デートである。すっかり、顔も覚えられたし、最初に入れたボトルも空になって二本目に突入。その間にシャンパンも二回入れた。太客言えるほどお金を落としていないが、常連にはなりつつあると思う。このまま順調に、優良客ボジションを目指したいところだ。
「予約まで時間あるから、百貨店でも見ていく?」
「だな」
繁華街をブラブラ歩く。こうしてデートするのもすっかりお馴染みになってしまった。それなのに、清はいまだに、いちいちカノの言動や表情に、どぎまぎしてしまう。
(今日も格好いいなあ……)
うっとりと横顔を眺めていると、カノが思い出したように「そういえば」と口にする。
「来週の水曜日、私服デーなんだよ。何着るかな」
「私服デー?」
「全員、私服で接客すんの。難しいんだよね」
「え……。聞いてないよ? 私服で接客してくれるの?」
思わず袖をつかむ清に、カノが首を捻る。
「んー。だって平日だし、清くん仕事でしょ?」
「ヤダヤダヤダ! 行く! 会社休んで行く!」
必死になる清に、カノがブハッと吹き出した。腹を抱えて笑い出すカノに、清はむぅと唇を曲げる。
「スゲー必死じゃん。私服って、今と変わんないよ?」
「ヤダァ。特別な日のカノくんに接客されたい!」
「そう言ってくれんのは嬉しいし、来てくれるのは助かるけどね。客呼ぶためのイベントだしさ」
「大丈夫! 有給余ってるし!」
実際、有給休暇は余っている。行使理由は問われないが、遊びに行くほど趣味がない。今の趣味はホストクラブ通いだが。
結果として、毎年最低ラインだけ行使して、余らせているのが現状だ。楽しく過ごせて、有給も使えるとなれば、最高以外の何ものでもない。
「じゃ、オレも気合い入れて準備するわ。待ってるね」
「うんっ」
ああ、笑顔が眩しい。この笑顔のためなら、課金できる。そう想いながら、勢い余って掴んでいた腕に、今さら気づく。
「あ、ゴメン」
「アハ。皺んなるって。良いけど」
「ゴメンて」
謝りながら、少しだけ残念な気分になる。女の子なら、腕にしがみついてデート出来るのに。自分がカノにしがみついていたら、やっぱり変だ。
(……)
自分の手を見て、なんとなくグー、パーと開いて閉じてを繰り返す。そうやってしばらく、自分の掌を見つめていた。
40
完結しました! 応援ありがとうございました!
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。


いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる