8 / 45
八話 私生活、充実中!
しおりを挟む(午後から原口様と打ち合わせ、それが終わったら部内ミーティングか)
スケジュールを確認して、メールを作成する。キーボードを鳴らしながら作業していた清に、後ろの席の女子社員、畠中が声をかけて来た。
「なんか吉田、最近真面目じゃない?」
「んー? 俺っていつも真面目で出来る社員じゃん?」
「ふざけんなよ」
悪態を吐く彼女は、清のひとつ先輩である。この部署に配属されたときは、先輩社員として面倒を見てくれた間柄で、気安い存在だ。癖の強い髪がコンプレックスらしく、それに触れると睨まれる。
「合コンだなんだって、騒がないじゃん」
「あー……」
メールを打つ手を止め、曖昧に笑う。つい最近まで、清はつねに「彼女欲しい!」と叫んでいたし、「合コンセッティングしてよ~」と絡むことが多かった。それが最近なりを潜めているので、「何か変なものでも食べたのだろうか?」と思われているのだ。
(今は『ブラックバード』に通う方が優先度高いしな……)
清にとっての『彼女』というのは、非常に都合の良い存在だ。デートして、エッチして、という『楽しいこと』をしたいとは思っているが、結婚はまだ考えていない。恋愛はしたいがその先は考えられない。そんな気持ちを見透かされているのだろう。合コンをセッティングしても、まともに恋人が出来た試しがない。
そんなわけで、不誠実を絵にかいたような清だが、現在はホストクラブにドハマり中である。それどころか、ソープで美人局にあったせいで、今は女性よりも男と一緒にわいわい騒ぎたいような気持ちなのだ。『ブラックバード』に行けばカノは優しいし、清の相手をしてくれる。もちろん、職業的な意識でしていることだとは解っているが……。
(今はクラブ通いするのに、時間とお金が要るしな)
清の住む夕暮れ寮と萬葉町は物理的に離れているので、週末しか会いに行くことが出来ない。したがって、これまでダラダラ仕事をして週末に休日出勤を度々していた清だが、呑気に休日出勤など出来なくなった。平日頑張って仕事をして、休日はしっかり休む。そしてホストクラブに行く。これが、ここ最近確率し始めた清のルーティンだった。
(本当は平日も逢いたいけど――。逆に近くなくて、良かったのかな……)
萬葉町が近かったら、今の清なら毎日でも会いに行ってしまっただろう。この距離感が、清に冷静さを保たせているのかも知れない。
「あんたがそんなに真面目だと、調子狂うわね?」
「真面目にやってんのに」
真面目を責められるとは、心外である。清はそう言って、机の端に置いたスマートフォンに目を向けた。手に取って、ロック画面にしている写真を眺め見る。カノにお願いして取った。ツーショット写真だ。画面の中でカノは、挑発的な笑みで舌を出している。
(がんばれる)
ぎゅっとスマートフォンを抱きしめて、清は再び画面へと向かった。
◆ ◆ ◆
「今日はレストラン予約したからっ!」
鼻息荒くそう告げた清に、カノがふはと笑う。その表情が良くて、清はキュンと胸が疼いた。
「ふーん、期待して良いんだ?」
「任せてくれっ」
営業の鮎川にお願いして、都内でも評判の鉄板焼の店を予約したのだ。通常三ヶ月待ちらしいが、なんとかツテで取ってもらえた。肉は好きなようなので、きっと気に入ってくれるはず。
(カノくんに良いところ見せないと!)
今日は五回目の同伴デートである。すっかり、顔も覚えられたし、最初に入れたボトルも空になって二本目に突入。その間にシャンパンも二回入れた。太客言えるほどお金を落としていないが、常連にはなりつつあると思う。このまま順調に、優良客ボジションを目指したいところだ。
「予約まで時間あるから、百貨店でも見ていく?」
「だな」
繁華街をブラブラ歩く。こうしてデートするのもすっかりお馴染みになってしまった。それなのに、清はいまだに、いちいちカノの言動や表情に、どぎまぎしてしまう。
(今日も格好いいなあ……)
うっとりと横顔を眺めていると、カノが思い出したように「そういえば」と口にする。
「来週の水曜日、私服デーなんだよ。何着るかな」
「私服デー?」
「全員、私服で接客すんの。難しいんだよね」
「え……。聞いてないよ? 私服で接客してくれるの?」
思わず袖をつかむ清に、カノが首を捻る。
「んー。だって平日だし、清くん仕事でしょ?」
「ヤダヤダヤダ! 行く! 会社休んで行く!」
必死になる清に、カノがブハッと吹き出した。腹を抱えて笑い出すカノに、清はむぅと唇を曲げる。
「スゲー必死じゃん。私服って、今と変わんないよ?」
「ヤダァ。特別な日のカノくんに接客されたい!」
「そう言ってくれんのは嬉しいし、来てくれるのは助かるけどね。客呼ぶためのイベントだしさ」
「大丈夫! 有給余ってるし!」
実際、有給休暇は余っている。行使理由は問われないが、遊びに行くほど趣味がない。今の趣味はホストクラブ通いだが。
結果として、毎年最低ラインだけ行使して、余らせているのが現状だ。楽しく過ごせて、有給も使えるとなれば、最高以外の何ものでもない。
「じゃ、オレも気合い入れて準備するわ。待ってるね」
「うんっ」
ああ、笑顔が眩しい。この笑顔のためなら、課金できる。そう想いながら、勢い余って掴んでいた腕に、今さら気づく。
「あ、ゴメン」
「アハ。皺んなるって。良いけど」
「ゴメンて」
謝りながら、少しだけ残念な気分になる。女の子なら、腕にしがみついてデート出来るのに。自分がカノにしがみついていたら、やっぱり変だ。
(……)
自分の手を見て、なんとなくグー、パーと開いて閉じてを繰り返す。そうやってしばらく、自分の掌を見つめていた。
31
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
溺愛前提のちょっといじわるなタイプの短編集
あかさたな!
BL
全話独立したお話です。
溺愛前提のラブラブ感と
ちょっぴりいじわるをしちゃうスパイスを加えた短編集になっております。
いきなりオトナな内容に入るので、ご注意を!
【片思いしていた相手の数年越しに知った裏の顔】【モテ男に徐々に心を開いていく恋愛初心者】【久しぶりの夜は燃える】【伝説の狼男と恋に落ちる】【ヤンキーを喰う生徒会長】【犬の躾に抜かりがないご主人様】【取引先の年下に屈服するリーマン】【優秀な弟子に可愛がられる師匠】【ケンカの後の夜は甘い】【好きな子を守りたい故に】【マンネリを打ち明けると進み出す】【キスだけじゃあ我慢できない】【マッサージという名目だけど】【尿道攻めというやつ】【ミニスカといえば】【ステージで新人に喰われる】
------------------
【2021/10/29を持って、こちらの短編集を完結致します。
同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集]
等もあるので、詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
ありがとうございました。
引き続き応援いただけると幸いです。】
悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~
トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。
しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。
貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。
虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。
そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる?
エブリスタにも掲載しています。
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
俺の親友がモテ過ぎて困る
くるむ
BL
☆完結済みです☆
番外編として短い話を追加しました。
男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ)
中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。
一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ)
……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。
て、お前何考えてんの?
何しようとしてんの?
……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。
美形策士×純情平凡♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる