チョロイン駄目リーマン、ホストに堕つ

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO

文字の大きさ
上 下
2 / 51

二話 それってフラグじゃないですかね

しおりを挟む


(ホストクラブって……、ホストって……すごい……っ)

 一夜明けても、清の脳内は夢の中だった。キャバクラに行ったことはあるが、女の子は年上の先輩や上司の方ばかり気にしていたし、少しでも顔が良い方が接客が良くなる。女の子とのお喋りは楽しかったけれど、ホストクラブはまた違った楽しさがあった。

 同性から認められる自己肯定感。下手な女の子より綺麗な顔の男が、普通なら接しない近距離で接してくる謎の背徳感。しかもカノは顔が良いだけじゃない。声も良い。良い匂いもする。惨めな気分だった清の気持ちをすっかり解して、ぐでぐでに甘やかしてくれた。

 それはもう、『最高』以外のなにの言葉も出てこない。

「カノ……くん、かぁ……」

 カノの蠱惑的な笑顔を思い出し、胸がうずうずする。これが、『推し』を持つという感情か。

 結局、昨晩はすっからかんの財布片手にホストクラブに入って、カノのお勧めだというカクテルを飲み、カノが「お金ないでしょ。無理しなくていいよ」と甘く囁くので、カードを使ってボトルを入れた。ボトルを入れた理由は、きっとまた『ブラックバード』に来るという確信があったからだ。

 だからなのか、カノも最初は目を丸くしていたが、すぐに笑ってくれた。

 清はため息を吐いて、みそ汁を箸でかき混ぜる。夕日コーポレーションが運営する、『夕暮れ寮』に併設されている食堂は、朝から賑わいを見せている。同じテーブルに座るのは、同期の料理好き男子・田中実、最近付き合いの悪いリアリスト・鈴木一太、イケメン撲滅委員会代表(自称)の佐藤紘の三人だ。

 鈴木が怪訝な顔をして、箸で清を指す。

「なんか変なものでも食べた? しかも酒臭いし」

「うんうん」

 同調するように頷くのは、田中だ。佐藤の方は我関せずで、一人黙々と大盛の白米を掻き込んでいる。

「いやあ……昨日、萬葉町に行くって言ってたじゃん」

「ああー……」

「あ、やっぱり良い」

 鈴木が拒否するのに、俺は「待ってよ! 聞けよ!」と身を乗り出す。鈴木は嫌そうに顔を顰めながら「どうせ、お気に入りの女の子が出来たとか、そんなんでしょ」と肩を竦める。

「まあ、推しが出来たのはそうだけど」

「ほら」

「良いから、聞けって!」

「はぁ……。変なこと言い出したら、殴るよ」

 鈴木は妙なところで気にし過ぎるところがある。男子寮なのだし、多少の下ネタくらいは構わないだろうが、あまり悪ふざけをいうと過剰反応するのだ。清は鈴木のことを、(童貞なんだろうな)と思っている。童貞マインドを拗らせた友人を揶揄う趣味はないので、あまりつっこまないでおくが、エッチな本をたくさん持っている時点であまり説得力はない。清はあまり詳しくないが、鈴木はエッチな漫画をたくさん持っているらしい。ちなみに、佐藤が教えてくれた。

「実はさ、昨日、客引きに誘われて入った店で、トラブってさ……」

「は!? お前、大丈夫だったのか!?」

 鈴木が驚いて目を見開く。田中も不安げな顔だ。佐藤もようやく、こちらを見た。なんだかんだ心配してくれる友人たちは、ありがたい。

「いやあ、マジでヤバかったよ。素っ裸で路地裏連れてかれてさ。強面の兄ちゃんらに囲まれて。なんだろ。ヤクザではないと思うんだけど……半グレ? みたいな」

「うわー……。それ、よく無事だったね……」

「警察呼ばなかったのか」

 田中と佐藤が交互に口を開く。今でも、思い出すだけで少し怖い。あの時カノが来てくれなかったら、どうなっていたんだろうか。

「もうパニックでさ。向こうも出るとこ出ても良いとか言ってくるし……。でも、その時……」

 清はわざと勿体つけるように、ゆっくりと言葉を継げる。鈴木たちがゴクリと喉を鳴らしたのが解った。

「王子様が助けてくれたんだ!」

 満面の笑みでそう言う清に、三人が無表情になる。

「ん? どうした?」

「あー……、王子様? どういうこと?」

「へへっ! 聞いてくれよ!」

 そう言いながら、清はスマートフォンを取り出す。スマートフォンカバーの内側に、『ブラックバード 副主任 カノ』という名刺が入っている。

「キラキラ系イケメンホストのカノくんが助けてくれたんだよっ!」

「ホストぉ?」

「いやあ、カノくん、マジでカッコいい、声が良い。背高い。指綺麗。足長い。イケメン。尊い」

 目を閉じると、キラキラしたシャンデリアの光と、カノの挑発的で美しい横顔を思い出す。カノは綺麗なだけじゃない。どことなく妖しいような、危なげな雰囲気がある。萬葉町という街を体現したような、そんな雰囲気の男だ。その男が、自分の瞳を見て、話を聞いてくれる。同調してくれる。優しく手を握って、撫でてくれる。

 ――落ちないわけがない。

「お前、あんなに女好きだったのに……」

 鈴木が呆れた声を出す。

「へっへ。昨日はお金もなかったし、遊ぶってほど遊べなかったんだよね。だから週末は絶対にカノくん指名して、コールして貰うんだ」

「あー、はいはい。どうでも良いけど、お前ホストに入れ込むとか訳の分からん事、マジでしてくれるなよ?」

「んなわけないじゃん。お礼だよ。お、れ、い」

 変なことを言い出す鈴木に、清は大口を開けて笑い飛ばした。



しおりを挟む
完結しました! 応援ありがとうございました!
感想 0

あなたにおすすめの小説

『倉津先輩』

すずかけあおい
BL
熱しやすく冷めやすいと有名な倉津先輩を密かに好きな悠莉。 ある日、その倉津先輩に告白されて、一時の夢でもいいと悠莉は頷く。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

ファタール〜嬢に貢ぐため年下ホストに抱かれるリーマンと不毛なの分かっていて貢ぐホストと彼に貢ぐ嬢の三角関係〜

ルシーアンナ
BL
年下ホスト×リーマン。 割り切り関係の攻め→→→受けで、受け→→→モブ♀。 ホスト,リーマン,年下攻め,年上受け,貞操観念低め受け,割り切り恋愛,片想い,三角関係 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...