上 下
2 / 40

二話 それってフラグじゃないですかね

しおりを挟む


(ホストクラブって……、ホストって……すごい……っ)

 一夜明けても、清の脳内は夢の中だった。キャバクラに行ったことはあるが、女の子は年上の先輩や上司の方ばかり気にしていたし、少しでも顔が良い方が接客が良くなる。女の子とのお喋りは楽しかったけれど、ホストクラブはまた違った楽しさがあった。

 同性から認められる自己肯定感。下手な女の子より綺麗な顔の男が、普通なら接しない近距離で接してくる謎の背徳感。しかもカノは顔が良いだけじゃない。声も良い。良い匂いもする。惨めな気分だった清の気持ちをすっかり解して、ぐでぐでに甘やかしてくれた。

 それはもう、『最高』以外のなにの言葉も出てこない。

「カノ……くん、かぁ……」

 カノの蠱惑的な笑顔を思い出し、胸がうずうずする。これが、『推し』を持つという感情か。

 結局、昨晩はすっからかんの財布片手にホストクラブに入って、カノのお勧めだというカクテルを飲み、カノが「お金ないでしょ。無理しなくていいよ」と甘く囁くので、カードを使ってボトルを入れた。ボトルを入れた理由は、きっとまた『ブラックバード』に来るという確信があったからだ。

 だからなのか、カノも最初は目を丸くしていたが、すぐに笑ってくれた。

 清はため息を吐いて、みそ汁を箸でかき混ぜる。夕日コーポレーションが運営する、『夕暮れ寮』に併設されている食堂は、朝から賑わいを見せている。同じテーブルに座るのは、同期の料理好き男子・田中実、最近付き合いの悪いリアリスト・鈴木一太、イケメン撲滅委員会代表(自称)の佐藤紘の三人だ。

 鈴木が怪訝な顔をして、箸で清を指す。

「なんか変なものでも食べた? しかも酒臭いし」

「うんうん」

 同調するように頷くのは、田中だ。佐藤の方は我関せずで、一人黙々と大盛の白米を掻き込んでいる。

「いやあ……昨日、萬葉町に行くって言ってたじゃん」

「ああー……」

「あ、やっぱり良い」

 鈴木が拒否するのに、俺は「待ってよ! 聞けよ!」と身を乗り出す。鈴木は嫌そうに顔を顰めながら「どうせ、お気に入りの女の子が出来たとか、そんなんでしょ」と肩を竦める。

「まあ、推しが出来たのはそうだけど」

「ほら」

「良いから、聞けって!」

「はぁ……。変なこと言い出したら、殴るよ」

 鈴木は妙なところで気にし過ぎるところがある。男子寮なのだし、多少の下ネタくらいは構わないだろうが、あまり悪ふざけをいうと過剰反応するのだ。清は鈴木のことを、(童貞なんだろうな)と思っている。童貞マインドを拗らせた友人を揶揄う趣味はないので、あまりつっこまないでおくが、エッチな本をたくさん持っている時点であまり説得力はない。清はあまり詳しくないが、鈴木はエッチな漫画をたくさん持っているらしい。ちなみに、佐藤が教えてくれた。

「実はさ、昨日、客引きに誘われて入った店で、トラブってさ……」

「は!? お前、大丈夫だったのか!?」

 鈴木が驚いて目を見開く。田中も不安げな顔だ。佐藤もようやく、こちらを見た。なんだかんだ心配してくれる友人たちは、ありがたい。

「いやあ、マジでヤバかったよ。素っ裸で路地裏連れてかれてさ。強面の兄ちゃんらに囲まれて。なんだろ。ヤクザではないと思うんだけど……半グレ? みたいな」

「うわー……。それ、よく無事だったね……」

「警察呼ばなかったのか」

 田中と佐藤が交互に口を開く。今でも、思い出すだけで少し怖い。あの時カノが来てくれなかったら、どうなっていたんだろうか。

「もうパニックでさ。向こうも出るとこ出ても良いとか言ってくるし……。でも、その時……」

 清はわざと勿体つけるように、ゆっくりと言葉を継げる。鈴木たちがゴクリと喉を鳴らしたのが解った。

「王子様が助けてくれたんだ!」

 満面の笑みでそう言う清に、三人が無表情になる。

「ん? どうした?」

「あー……、王子様? どういうこと?」

「へへっ! 聞いてくれよ!」

 そう言いながら、清はスマートフォンを取り出す。スマートフォンカバーの内側に、『ブラックバード 副主任 カノ』という名刺が入っている。

「キラキラ系イケメンホストのカノくんが助けてくれたんだよっ!」

「ホストぉ?」

「いやあ、カノくん、マジでカッコいい、声が良い。背高い。指綺麗。足長い。イケメン。尊い」

 目を閉じると、キラキラしたシャンデリアの光と、カノの挑発的で美しい横顔を思い出す。カノは綺麗なだけじゃない。どことなく妖しいような、危なげな雰囲気がある。萬葉町という街を体現したような、そんな雰囲気の男だ。その男が、自分の瞳を見て、話を聞いてくれる。同調してくれる。優しく手を握って、撫でてくれる。

 ――落ちないわけがない。

「お前、あんなに女好きだったのに……」

 鈴木が呆れた声を出す。

「へっへ。昨日はお金もなかったし、遊ぶってほど遊べなかったんだよね。だから週末は絶対にカノくん指名して、コールして貰うんだ」

「あー、はいはい。どうでも良いけど、お前ホストに入れ込むとか訳の分からん事、マジでしてくれるなよ?」

「んなわけないじゃん。お礼だよ。お、れ、い」

 変なことを言い出す鈴木に、清は大口を開けて笑い飛ばした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

虐げられた王の生まれ変わりと白銀の騎士

ありま氷炎
BL
十四年前、国王アルローはその死に際に、「私を探せ」と言い残す。 国一丸となり、王の生まれ変わりを探すが見つからず、月日は過ぎていく。 王アルローの子の治世は穏やかで、人々はアルローの生まれ変わりを探す事を諦めようとしていた。 そんな中、アルローの生まれ変わりが異世界にいることがわかる。多くの者たちが止める中、騎士団長のタリダスが異世界の扉を潜る。 そこで彼は、アルローの生まれ変わりの少年を見つける。両親に疎まれ、性的虐待すら受けている少年を助け、強引に連れ戻すタリダス。 彼は王の生まれ変わりである少年ユウタに忠誠を誓う。しかし王宮では「王」の帰還に好意的なものは少なかった。 心の傷を癒しながら、ユウタは自身の前世に向き合う。 アルローが残した「私を探せ」の意味はなんだったか。 王宮の陰謀、そして襲い掛かる別の危機。 少年は戸惑いながらも自分の道を見つけていく。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...