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二話 それってフラグじゃないですかね
しおりを挟む(ホストクラブって……、ホストって……すごい……っ)
一夜明けても、清の脳内は夢の中だった。キャバクラに行ったことはあるが、女の子は年上の先輩や上司の方ばかり気にしていたし、少しでも顔が良い方が接客が良くなる。女の子とのお喋りは楽しかったけれど、ホストクラブはまた違った楽しさがあった。
同性から認められる自己肯定感。下手な女の子より綺麗な顔の男が、普通なら接しない近距離で接してくる謎の背徳感。しかもカノは顔が良いだけじゃない。声も良い。良い匂いもする。惨めな気分だった清の気持ちをすっかり解して、ぐでぐでに甘やかしてくれた。
それはもう、『最高』以外のなにの言葉も出てこない。
「カノ……くん、かぁ……」
カノの蠱惑的な笑顔を思い出し、胸がうずうずする。これが、『推し』を持つという感情か。
結局、昨晩はすっからかんの財布片手にホストクラブに入って、カノのお勧めだというカクテルを飲み、カノが「お金ないでしょ。無理しなくていいよ」と甘く囁くので、カードを使ってボトルを入れた。ボトルを入れた理由は、きっとまた『ブラックバード』に来るという確信があったからだ。
だからなのか、カノも最初は目を丸くしていたが、すぐに笑ってくれた。
清はため息を吐いて、みそ汁を箸でかき混ぜる。夕日コーポレーションが運営する、『夕暮れ寮』に併設されている食堂は、朝から賑わいを見せている。同じテーブルに座るのは、同期の料理好き男子・田中実、最近付き合いの悪いリアリスト・鈴木一太、イケメン撲滅委員会代表(自称)の佐藤紘の三人だ。
鈴木が怪訝な顔をして、箸で清を指す。
「なんか変なものでも食べた? しかも酒臭いし」
「うんうん」
同調するように頷くのは、田中だ。佐藤の方は我関せずで、一人黙々と大盛の白米を掻き込んでいる。
「いやあ……昨日、萬葉町に行くって言ってたじゃん」
「ああー……」
「あ、やっぱり良い」
鈴木が拒否するのに、俺は「待ってよ! 聞けよ!」と身を乗り出す。鈴木は嫌そうに顔を顰めながら「どうせ、お気に入りの女の子が出来たとか、そんなんでしょ」と肩を竦める。
「まあ、推しが出来たのはそうだけど」
「ほら」
「良いから、聞けって!」
「はぁ……。変なこと言い出したら、殴るよ」
鈴木は妙なところで気にし過ぎるところがある。男子寮なのだし、多少の下ネタくらいは構わないだろうが、あまり悪ふざけをいうと過剰反応するのだ。清は鈴木のことを、(童貞なんだろうな)と思っている。童貞マインドを拗らせた友人を揶揄う趣味はないので、あまりつっこまないでおくが、エッチな本をたくさん持っている時点であまり説得力はない。清はあまり詳しくないが、鈴木はエッチな漫画をたくさん持っているらしい。ちなみに、佐藤が教えてくれた。
「実はさ、昨日、客引きに誘われて入った店で、トラブってさ……」
「は!? お前、大丈夫だったのか!?」
鈴木が驚いて目を見開く。田中も不安げな顔だ。佐藤もようやく、こちらを見た。なんだかんだ心配してくれる友人たちは、ありがたい。
「いやあ、マジでヤバかったよ。素っ裸で路地裏連れてかれてさ。強面の兄ちゃんらに囲まれて。なんだろ。ヤクザではないと思うんだけど……半グレ? みたいな」
「うわー……。それ、よく無事だったね……」
「警察呼ばなかったのか」
田中と佐藤が交互に口を開く。今でも、思い出すだけで少し怖い。あの時カノが来てくれなかったら、どうなっていたんだろうか。
「もうパニックでさ。向こうも出るとこ出ても良いとか言ってくるし……。でも、その時……」
清はわざと勿体つけるように、ゆっくりと言葉を継げる。鈴木たちがゴクリと喉を鳴らしたのが解った。
「王子様が助けてくれたんだ!」
満面の笑みでそう言う清に、三人が無表情になる。
「ん? どうした?」
「あー……、王子様? どういうこと?」
「へへっ! 聞いてくれよ!」
そう言いながら、清はスマートフォンを取り出す。スマートフォンカバーの内側に、『ブラックバード 副主任 カノ』という名刺が入っている。
「キラキラ系イケメンホストのカノくんが助けてくれたんだよっ!」
「ホストぉ?」
「いやあ、カノくん、マジでカッコいい、声が良い。背高い。指綺麗。足長い。イケメン。尊い」
目を閉じると、キラキラしたシャンデリアの光と、カノの挑発的で美しい横顔を思い出す。カノは綺麗なだけじゃない。どことなく妖しいような、危なげな雰囲気がある。萬葉町という街を体現したような、そんな雰囲気の男だ。その男が、自分の瞳を見て、話を聞いてくれる。同調してくれる。優しく手を握って、撫でてくれる。
――落ちないわけがない。
「お前、あんなに女好きだったのに……」
鈴木が呆れた声を出す。
「へっへ。昨日はお金もなかったし、遊ぶってほど遊べなかったんだよね。だから週末は絶対にカノくん指名して、コールして貰うんだ」
「あー、はいはい。どうでも良いけど、お前ホストに入れ込むとか訳の分からん事、マジでしてくれるなよ?」
「んなわけないじゃん。お礼だよ。お、れ、い」
変なことを言い出す鈴木に、清は大口を開けて笑い飛ばした。
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