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38 背中を押す推し
しおりを挟む芳と顔を合わせたらどんな顔をすればいいか心配だったけれど、幸いというかなんというか、芳は忙しいらしく木曜日になる今日まで顔を見合わせなかった。正直肩透かしを食らった気分ではあるけれど、ホッとしたのは事実だ。今日は亜嵐くんのラジオの日なので、おれの身の振り方は今日決まると言っても過言ではない。
(亜嵐くん、どうかお便り読んでね!)
祈りを捧げ、部屋で時間まで待つ。亜嵐くんのラジオは22時からだ。愛用のCDプレーヤーを前に、時間になるまで待つ。最近はプレーヤーを持っていない人も多いらしいけど、おれはパソコンで聞くよりプレーヤーで聞いた方が音が綺麗だな、って感じがするから、専らプレーヤーだ。白いプレーヤーで可愛いのでお気に入りである。
ちなみに、芳とは顔を合わせていないものの、メッセージのやり取りはしている。今のところ平静を装っているので、多分芳はおれが「なんらかの」覚悟を決めたことなど知らないだろう。あれから数日たったので、おれも少しは落ち着いたのだ。特に亜嵐くんにお便りを書いたら、少し頭が整理されたというか。
とにかく、おれは今のところ言ってしまえば「芳のキープ」である。新しい彼女に受け入れてもらわない限り、今の関係は変わらないんだろう。フラれれば関係続行、受け入れられればサヨウナラということだ。酷いヤツ! とはいえ、この関係は彼女が居ようと居まいと同じだ。それは解っていた。芳はノーマルだから、いずれ女の子と付き合うし、結婚する。おれが選ばれることはない。だから、それは仕方がない。
問題は、自分の気持ち。
芳に「好きだった、ごめんね」と言うのか、墓まで持っていくか。だ。
亜嵐くんがその結論を出してくれるだろう。
言わなければ、今後も芳に触れるチャンスはある。彼女にフラれれば戻ってくるかもしれないし。言えば――まあ、次はないだろう。男のセフレに好かれるなんて、面倒以外のなにものでもない。
ふぅ、と息を吐き、時計を見る。まだ時刻には早い。こうして待っていると時間が過ぎるのが遅い。チャンネルは合っている。今は前番組のトークが続いているところだ。はぁ、ドキドキ。
読まれなかったらどうしような? 亜嵐くん、くれぐれも頼むよ。君にはたくさん課金してるんだから。
遅いな。まだかな。
そう思いながらベッドの上で待機していると、不意にドアがドンドンドンと叩かれた。びっくりして、ベッドから十センチくらい飛び上がる。
「えっ?」
噓でしょ? ドアの叩き方で芳だって解る。何でよ。
念のためドア前に行ってのぞき窓を覗く。芳だ。今日は残業じゃなかったのか。なんで今日来ちゃうんだ!
ドアが再度叩かれる。扉の向こうで芳の声がした。
「おい、悠成。居るんだろ」
「――」
くぅ。こんな時に。
時刻を見ると、開始三分前だ。今なら間に合う。追い返さないと。今日はラジオを聞くんだから。
扉をそっと開け、追い返そうと口を開く。
「ちょっと芳、今日はね」
「お前、良輔に変なこと言われなかったか?」
強引に部屋に入ってくる芳に、押し返そうとするが腕をとられる。
「ちょっ」
「聞いた割に何の反応もねぇじゃんか。どういうことだよ」
「ちょっと、あのね、おれは今日ラジオを――」
その時だった。オープニングの音楽が流れ、ラジオから亜嵐くんの声が響き渡る。
『こんばんはー、栗原亜嵐の今夜もおしゃべり楽しまナイト。メインパーソナリティー『ユムノス』の栗原亜嵐です! 最近すっかり涼しい日が増えましたね! 一気に秋! って感じで食べ物も美味しくなってきました! 食べ物と言えば俺は名前の通り栗が好きなんですよね。秋はモンブランとか気になるお店はすぐチェックしちゃう感じです』
あ、始まった。
「――」
ラジオの声に、芳が固まる。
『それでは、今日もお便りから始めていきたいと思います。まず最初のお便りは、千葉県にお住いのラジオネーム『かどっち』から!』
「ああっ!」
思わず芳の胸を押して、ラジオの前に張り付く。亜嵐くんがっ! 亜嵐くんがおれのお便りを呼んでくれるっ!
「痛って!」
芳は突き飛ばされた反動で背中をドアに打ったらしい。ごめん。
『こんばんは、僕は亜嵐くん大好き亜嵐くん推しの男性です。おっ、男性なんだね。『ユムノス』は男性ファン少ないので嬉しいです! ありがとう!
さてさて、えーっと? 実は僕はゲイで、好きな男性が居ます。その人も僕がゲイだと知っていて、僕は良い感じの関係を築けていると思っていました。ふんふん、良いじゃん良いじゃん。恋愛に性別なんて関係ないよね! 恋してるかどっちも素敵だよ!
ですが最近、その人に気になる相手がいるということを知ってしまいました。えーっ? マジで? しかもその相手の女性というのが、遠距離恋愛中の彼氏が居るというのです。うっわ、泥沼じゃん。マジ? 僕はもう脈ナシだと諦めかけてます……哀しい。うんうん、哀しいよね。僕は今まで恋人はいなくて、初恋もその人です。ファーストキスもその人です。わあ、キスはしたんだね!
告白をした方が良いのか、それともこのまま墓まで持っていったらいいのか、迷ってます。どうか亜嵐くん、アドバイスをお願いします! なるほどぉ……』
うわぁ、亜嵐くんが読んでくれたよ! うわぁ、録音してない! なんで録音しなかったんだろ。こんな機会ないのに。
っていうか、亜嵐くん! ダメだよ! 芳の前で全部読んじゃ!
チラリと芳を見ると、芳は見たことがないくらい驚いた顔で固まっていた。ラジオで晒されると思ってなくて驚いているのかもしれない。ごめん。でも大丈夫、多分バレないよ。あ、良輔さんが聞いてたらバレるかな。
「あの……」
芳に話しかけようとしたが、ラジオからの亜嵐くんの声に意識をそちらに戻す。そうだ。亜嵐くんのアドバイスを最後まで聞かなければ。
『そうだねえ、ゲイだとか、そういうこと関係なしに、恋愛って難しいよね』
うん。マジで難しい。どうしたら良いか分からない。
『大事なのは、かどっちが後悔しないこと、じゃないかな?』
後悔しないこと?
『かどっちは、彼のことが好きなんでしょ。とってもとっても好きで、もしかしたら他に好きな人が居るかもしれないって思っても、好きなんでしょ? その気持ち、大事にして欲しい』
うん、うん。うわぁ、涙が出て来た。
『それにもしかしたら、彼もかどっちのこと、好きって思ってくれるかもしれないじゃない。その1%かも知れない可能性を諦めちゃうの? かどっちが好きだって気持ちは、誰にも否定できないものだよ。その思いを、譲ったりしたら、かどっちが可哀そうだよ。どうか、彼が好きなかどっちを信じて、愛してあげてください。恋って素晴らしいものだと、俺は思います』
「亜嵐くんっ……」
思わず感動して、ぐずっと鼻をすする。亜嵐くん。もう一生推す。
『かどっちの恋が上手くいくことを、俺も祈ってます。それでは恋に頑張るあなたに贈る『ユムノス』『カレイドスコープ』どうぞ』
ラジオから音楽が流れる。この曲は、亜嵐くんからおれへのエールだ。気持ちが高ぶってる。今なら、言える気がする。
「あのっ、芳」
芳の方を向く。芳に、言うんだ。「好き」だって。
唇を開き、芳の方を向いた。芳は一瞬おれの方を見て、複雑そうな顔をする。そんな顔、しないで。おれの告白くらい、聞いて欲しい。
ごくり、喉を鳴らす。
「あのね――」
意を決して告白しようと口を開いたおれのまえで、何故か芳は――土下座した。
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