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35 映画デート

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 待ちに待ったデートの日である。幸い天気は晴れて、絶好のデート日和というやつだ。寮の玄関で待ち合わせをして、二人連れだって駅前にある映画館を目指す。おれは結局、悩みに悩んで一番まともに見える服をチョイスした。芳はなんでもないのにすごくオシャレでカッコよく見える服装だった。

「映画館で観るの久し振りかも」

 前に観に行ったときは二年くらい前に亜嵐くんが二番手男役で映画出演したときだ。あの時は何度も映画館に通ったものだ。

「普段、どんなジャンル観るんだ?」

「恋愛ものかな」

「俺はサスペンスとかアクションとかが多いが……」

 アイドルが出演する映画なので、少女漫画原作とかのキラキラしたような映画が多い。もちろんおれはおひとり様なので、映画館も一人で行くのだが、なかなかのアウェイである。

「今日は何観ようか?」

「待ってろ、今上映してるのは……」

 芳がスマートフォンで調べ始める。映画を観に行こうという話になったが、特に内容の予定は立てていなかったのだ。まあ、行けば何かやってるしね。

「海外モノのラブコメに、アニメ、ドキュメンタリー映画にミュージカル映画か」

「どれも面白そうだねえ。うわー、迷っちゃう」

「お。俺この女優好きなんだよな」

 そう言って芳が見せたのは、海外ラブコメディの主演女優だ。おれも名前くらいは知っている。

「じゃあ、それにしようか」

「ポップコーンは?」

「買うっ」

 なんだかすごくワクワクしてきた。



 ◆   ◆   ◆



 スクリーンに映像が映る。本当は隣に居る芳の耳元に話しかけたかったけど、我慢する。音楽が鳴り響いて映画が始まった。チラリと横をみると、芳の顔がスクリーンの明かりに照らされて浮かび上がっている。

(ああ、横顔、好きだなぁ)

 まっすぐ映画を観る横顔に、そんなことを思う。芳の顔は好みだけど、横顔は結構好きかもしれない。少し上を向いた唇が魅力的だ。映画館じゃなかったら、キスしたくなっていた。

 じっと見ていたのに気づいて、芳が顔を向けた。目が合って思わず笑いかける。芳が笑い返した。

 芳の手が伸びて、おれの手を握った。どくん、心臓が鳴る。

 芳、と唇が動く。芳は口端を上にあげて、そのままスクリーンの方を向く。手は、握ったままだ。

 薄暗いおかげで、おれと芳が手を繋いでいることはバレないだろう。けど、おれの顔はたぶん、ゆでだこみたいに真っ赤だと思う。耳まで熱くなって、ごまかす様にポップコーンを口に運ぶ。

(どうしよ。内容、頭に入ってこない)

 手を繋ぐことが、どうしてこんなに特別なんだろう。ドキドキして、ちっとも映画に集中できなかった。



  ◆   ◆   ◆



「あー、面白かった!」

「だな。主人公たちが永遠にすれ違ってるのが、メチャクチャもどかしかったわ」

「ほんとそれ!」

 ヒロインとヒーローが、一生すれ違ってて、本当に見ててハラハラしちゃった。コメディ仕立てだったから辛い! って感じではなかったけど。現実だったらこんなにすれ違うことないよね~。

「予告で流れた映画も面白そうだったね。あの家でパニックが起こるやつとか」

「二つの世界跨ぐ恋愛のファンタジーも面白そうだったな。また観に来るか」

「うんっ」

 これって、次のデートの約束をしたようなものだよね。映画デートも良いものだ。どうやらおれと芳は感性がそんなにずれていないようだし。感想を言い合っているとお互い共感する部分が多い。価値観が似ているみたいで良かった。

 不意に芳が立ち止まる。どうしたのかと思って見上げると、芳は店のショーウインドウを見ていた。よくエンゲージリングのCMをWeb広告に流しているジュエリーショップだ。視線の先にはやはり、ダイアモンドの着いた銀色の指輪がある。

「芳?」

「ん? ああ……。悠成は、やっぱああいうのが欲しいのか?」

「え? まあ――憧れはあるけど」

 釣られるようにショーウインドウを覗く。実をいうと憧れはあるが詳しくは知らないのだ。

(高っ)

 値札をなんとなく見て、値段の高さに驚いて口を閉ざす。え、指輪ってこんな値段するの? 想像してたよりゼロがいっこ多いんだけど。冗談でも「欲しい」とか言えないわ。

 憧れと現実を同時に突きつけられた気分になる。

「やっぱ石が付いてるのが欲しいのか?」

「いや……そういうことじゃないかな」

 もう値段が頭にインプットされてしまって、あまり会話に気が載らない。あんなに高いのか。芳が捨てようとしていたあの金色の指輪、実際のところいくらくらいしたんだろう。おれってもの知らずだったんだな。

「どういうことだよ?」

「他人の指輪を貰おうとしておいてなんだけど、やっぱり『おれに』ってくれたら嬉しいかなって感じかな」

 デザインより、「おれにくれた」っていう事実が大事だよね。まあ、貰えることはないんだけどさ。

「芳は指輪は?」

「あ? 俺? まあ――シルバーのとかは何個か持ってるけど」

 持ってるのか。まあ、そうか。お洒落さんだもんな。

「……シルバーか」

 シルバーはなんか違う気がする。さっきは貰えることが大事って思ったのに、おれってわがままなのかな? 姉の結婚指輪が発端だからか、シルバーアクセサリーというよりこういうジュエリーの方が「欲しい」って思える。

「ま、悠成は結構、男にしては指細いし、ごっついシルバーはあんま似合わないかな」

 芳がおれの手を取る。指が細いというのは男としては褒められていないと思うんだけど、芳に言われるのは不快じゃない。指を親指で撫でられ、なんだか気恥ずかしくなった。

「もう、行こうっ。お店の人見てるよ」

「あ? ああ、そうだな」

 芳をひっぱって、おれたちはその場を後にした。なんとなく芳はまだジュエリーショップを見ているようだった。

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