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34話 服がない!

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『どうせなら、映画観に行かねえ?』

 芳の言葉を思い出して、ニマニマと笑う。これって、完全にデートのお誘いって奴じゃないの。指輪事件の一件でちょっと怖くなったりしたけど、結果としてはもっと仲良くなれた感じがする。芳に案外可愛いところがあるって解ったし。

 最初は怒ってばっかりで怖かったし、強引だしエッチだし、色々と文句ばっかり言っちゃってたけど。最近は芳の性格も解って来て、可愛げがあることも知ってしまった。あんなに合わないと思ってたけど、最近は色々合うし、芳と出会えて良かったな~って思う。

 指輪を大事にしてるくらいには、芳もおれと出会えて良かったなって、思ってくれてるのかな。そうだと良いな。

 一瞬、芳と彼女さんがヨリでも戻したのかと思って焦っちゃった。最悪な思い出みたいに言ってはいたけど、一時は落ち込むほど好きだった相手だもんね。彼女さんのほうから「やっぱり芳が良いの」なんて言われたら、もしかしたら靡いちゃうかも知れないって、ちょっと考えてたから。

 でも、そんなことなかったみたいだし!

(ちょっと、勝った気分になってしまった……)

 別に芳はおれと彼女さんを比べてなんかないし、そんなこと言われてもいないんだけどさ。彼女相手には棄てたかった指輪を、おれ相手では思い出だから棄てたくないだなんて、ちょっと勝った気になってしまった。こんなの、良くないんだけど。

(そ、そもそも。おれが比較対象とか、おかしいし)

 デートは何度もしてるし、逢えばエッチいことばっかりしてるけど。おれと芳はいうなれば「セフレ」ってヤツなんだろうし……。

 まあ、でも心の中で「勝った」とか思ってても良いよね。ああ、でも彼女さんがヨリを戻したいって言ったら、芳はおれより彼女さんを選ぶのかな。その辺、ちょっと自信ない。おれだったら、浮気とか二股とか、絶対しないんだけど。はぁ。

「いけない、いけない。溜め息は良くないもんね」

 気持ちを切り替え、デートに着ていく服を物色する。あまり着るものに執着しないので、外出に着る服というと押し活用の服ばかりで、ほとんどは黄色だ。だがおれに黄色はあまり似合わない。

「うーん。こっちだと変……? これはデザインは気に入ってるけど、袖の長さがなぁ」

 クローゼットから服を引っ張り出して、合わせてみては何だか違うと、ベッドに服を放り投げる。ベッドにはすでに小山が出来ていて、だいぶ散らかってしまっていた。これまでは亜嵐くんのことだけ考えて居れば良かったけど、今度は芳とデートだもんね。芳ってどんな服が好きなんだろう。

「うーん……。オシャレなんだよなぁ、案外」

 部屋も良い感じにまとめているが、ファッションセンスも悪くない。アクセサリーなんかも身に着けていて、おしゃれ上級者って感じがする。

「デートする服、買いに行きたいけど……」

 買い物に行きたい気持ちはあるけど、芳を誘ったらそれってデートになるんだろうか? そうしたら何を着ればいいんだろう。デートに着ていく服がなくて買い物に行きたいのに、買い物に行くための服がない。服に無頓着なアイドルオタクの哀しい宿命のようなものを感じる。

(みんなどうしてるの……)

 本当に、世の中の人たちはどうやって服を入手しているんだろうか? オシャレなセンスの人だとユニトロとかで買ってもすごくオシャレになるんだよね。謎。おれが着たら部屋着なのに。

 服を選びながら鏡とにらめっこしていると、スマートフォンの着信が鳴った。芳だ。

「はいはい、もしもーし?」

『あ、悠成? 今何してた?』

「えーっと……服、選んでた。週末のデートの」

『ああ。良いの選べた?』

 電話向こうの声が柔らかい。思わずこっちも頬が緩む。

「うーん。全然服がなくて困ってる」

『はは。悠成が気合入れてくるなら、俺も気合入れねえと』

「差つけないで貰える? そう言えば、何か用事?」

『いや、特に用ってわけじゃないんだけど』

 本当に用事があったわけではないらしく、なんとなく声を聴きたくて掛けたのかと思うと胸がじんと熱くなった。今日は芳は残業だったので、夕飯時にも逢えていない。同じ寮内で三階と五階の部屋にいるのに電話で話しているのはなんだかおかしかったが、同時に特別な感じもした。

「お風呂は済ませたの?」

『ああ。今部屋でビール飲みながら話してる』

「一本にしなね」

 おれもたまに飲むけど、芳はしょっちゅう飲んでる気がする。仕事で疲れると飲みたくなるのかも知れない。

 こうやって他愛ない話をする時間が、すごく愛おしく思える。傍で過ごして触れ合う時間も好きだけれど、こんな風に何でもない時間が幸せだと思えるのは、どうしてなんだろうか。

 結局ベッドの上に寝転がりながら話をして、夜遅くまで電話を続けてしまった。

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