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33話 理由
しおりを挟むひとしきり泣いて落ち込んで、世界の終わりみたいにどん底の気分になったおれは、『ユムノス』の名曲『泣かないで』を聴いているうちに落ち着いたので、本当に推しはすごいと思う。ありがとう亜嵐くん。
「はぁ……」
何も言わずに芳の部屋を出てしまったお陰で、スマートフォンに着信やらメッセージが入りまくっている。部屋の前にも来たようだが、無視してしまった。
(どうしよう)
このまま、無視をし続ける訳には行かない。ちゃんとしないと。
冷静に考えたら、あの指輪をどうして保管するなんてことをしたんだろうか。それに、保管するにしても、なんでタバコの空き箱なんだろうか。もっとちゃんとした場所に保管するべきじゃないだろうか?
そう思うと、意図してやったことのように思えてくる。おれは名探偵じゃないのでその理由は解らないが。
「――もしかして、棄てるんじゃなくて、売ることにしたとか?」
ハッとして、その可能性に思い当たる。そうよね、だって細いとはいえ金だし。金って価値が高いし。石は小さいけどダイアモンドだし。指輪だとお金になりにくいみたいだけど、金としてなら買い取りはあるよね。まあ、どのくらいの価値になるのか知らないけど。
メルカリとかで売るならもう少し高くても行けそうじゃない? その場合は箱があったほうが良いと思うけど。
「よし、うだうだしてても仕方がないっ。ちゃんと聴いてみよう!」
◆ ◆ ◆
と言うわけで、芳の部屋に戻ってきた。扉をノックしたおれに、慌てた様子で芳が出てくる。
「おい、何だよ!? 電話にもでねぇしっ」
「ごめん、お腹痛くて」
「あ――、ああ……」
誤魔化しの嘘を信じたのか、芳はホッとした様子で表情を緩めた。
「大丈夫か?」
「うん、落ち着いた」
「あんま無理すんなよ」
「ん、ありがとう」
室内に促され、部屋に入る。芳は心配そうにおれの顔を覗き込んだ。あまりそんな顔をされると良心が痛むからやめて欲しい。
「なんなら、映画は今度にするか?」
「あ――」
確かに、映画を並んで観る気分ではなくなってしまった。それに、今聞かなかったら聞く機会を逃してしまう気がする。
「ちょっと、良いかな。聞きたいことがあって」
「ん? おう」
取り合えず立ち話もなんなので、二人並んでベッドに腰掛ける。
「なんだ?」
「うん――、その、実は……」
言い出しにくいが、言わなければ。このまま気まずい気持ちでいるのも嫌だし、誤解しているのも嫌だ。どういうつもりで持っているのか、ちゃんと聞かないと。
「実は、部屋を勝手に見てて」
「あ? ああ、それがどうかしたか?」
「見ちゃったんだよね……、指輪」
芳の顔色がパッと変わる。青く――ではなく、赤く。
「見たのかよっ」
「……もしかして、棄てるんじゃなくて売ることにした?」
「あ?」
「その場合は箱があったほうが良いかも」
芳の顔色が変わったことに動揺して、思わずペラペラと口から出てしまう。本当はちゃんと聞こうと思ったのに。おれがまくし立てるのに、芳は慌てておれを遮った。
「違う、違うからっ。あれは――」
「あれは?」
どくん、心臓が鳴った。嫌な考えが浮かぶのを必死に抑え込み、芳の瞳を見つめる。不安で、思わず芳の腕をぎゅっと掴んだ。
「あれは……、棄てようと、思ったんだが……」
「……思ったんだが?」
「……嫌な、思い出だと、思ったんだけど……。あの指輪がなけりゃ、悠成ともこうならなかったと思ったら……」
「――え?」
芳が恥ずかしそうに眼を逸らす。
「かっ、からかうなよ。俺は、そういう――なんというか、あんま物に執着するタイプじゃねえんだ、本当は。けど、なんか……指輪は、悠成にとっては、思い入れがあるもんみたいだし……余計に」
「芳……」
おれとのきっかけの思い出だから、棄てずにいたの?
先ほどまで雨模様だった気持ちが、一気に快晴になる。なんだ! そうだったのか!
「なんだ! もう、そういうこと?」
「くそ、笑うなよ」
「だって。ふふっ。それなら、ちゃんとした箱に入れれば良かったのに」
記念に取っておくなら、それこそちゃんとした箱にしまわないとね。綺麗な箱に入れて、一番目立つ場所に置いたら良いと思う。だって、おれとの思い出だし!
「バカ言え。良輔に見られたら説明し難いだろうが」
「なるほど。確かに」
それで、タバコの空き箱だったのか。納得。
「なんか、可愛いところあるねえ」
「うるせえよ」
何だ、すごく心配したけど、そんなことなかったみたい。おれとの思い出だって。ふふ。可愛い。
芳の腕を引っ張って、頭を肩に載せて擦り寄った。芳は少し恥ずかしそうにしたが、腰に腕を回して顔を寄せる。柔らかい唇の感触に瞳を閉じて、おれは芳の背中に腕を回した。
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