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24 ラウンジにて

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 昨日のあれこれのせいで身体が痛い。ちょっと無理をし過ぎたかもしれない。まあ、良かったから良いんだけども。

 腰を擦りながら寮内の共有エリアの方へ向かう。コーヒーでも飲もうとラウンジに向かう途中、見覚えのある金髪が目に入った。

(あ)

 恐る恐る、背後から声を掛ける。

「あの、良輔さん」

「ん? ああ、上遠野さん」

「昨夜はどうも、すみません。ありがとうございました」

「いえ、お気になさらず」

 ペコと頭を下げると、はにかんだ笑顔で答えてくる。シャイなのかもしれない。

「今からコーヒー飲みに行くんですけど、良かったらどうですか? ご馳走します」

「良いんですか? じゃあ、お言葉に甘えて」

 元来、引っ込み思案なおれだが、恩知らずではない。コーヒーくらい奢っておかなければ、落ち着かなかった。

 注文を済ませ、コーヒーを手にテーブルに座る。共有エリアであるこのラウンジでは、ドリップコーヒーやアルコール、お茶などが飲める。なお、お茶とウォーターサーバーの水は無料だ。

 誘ったのはおれだが、突然コミュニケーションがとれるようになるわけでもないので、おれには話題がなかった。なんとなく無言でコーヒーを啜るおれに、良輔さんのほうが口を開く。

「芳とどうやって仲良くなったんすか?」

 おれと星嶋が一緒に居るのが不思議なようで、良輔さんは心底不思議そうにそう聞いた。確かに、同じ寮に住んでいても関わりになることはあまりない。ましておれは、積極的に他人と交流するタイプではない。つまりボッチである。

「うん、星嶋が落とし物をして、それをきっかけに」

「ああ、そうなんすね」

 嘘は言ってない。途中、泥棒した瞬間があっただけだ。問題行動である。

「へえ、そんなんで上遠野さんとお友達になれるなら、落とし物してみるもんですね」

「あはは。おれと友達になっても、面白くないよ」

「そうすか? 結構、上遠野さんって高嶺の花みたいなとこあるから、憧れてるひとも多いと思うけど」

 なんやて。

 初めて聞く自己評価に、驚いて顔が熱くなる。どういうこと。

「なにそれ。誰かと間違ってない?」

「上遠野さんのことでしょ。上遠野さん、炎上案件も嫌な顔一つせずに引き受けてくれるし、面倒な仕事も冷静に対処してくれるでしょ。結構、尊敬してる人多いっすよ。近寄りがたいから、あんま声かけてないっすけど」

「ええ……」

 誰だそれ。

 確かに、仕事に関しては何でも引き受けるタイプではある。何しろ推し活にはお金がかかるので、残業は嫌じゃない。どんと来いタイプである。推し活していなければ無趣味の暇人なので、苦ではないのだ。

 忙しいときやトラブルの時は、文句を言うより手を動かした方が早いというだけで、別に高尚な考えに基づくものではない。あと、口下手なだけである。

(都合良く解釈されてるなぁ……)

 良輔さんの勘違いの欠片程度で良いので、星嶋に飲んで欲しいものだ。おれのこと淫乱ビッチだと思ってる。

 誤解ではあるが、誉められて嫌なはずはなく、まんざらでもない顔で笑い返す。

「そういう風に言われると、恥ずかしいな」

「芳のやつ、落ち込んでたのに最近元気そうだから、どうしたのかと思ってたんすよ。上遠野さんのせいですかね?」

「どうだろ」

 落ち込んでた――のは、彼女の件だろうな。酷くショックだったようだし。おれのせいかと言われれば、あながち間違いではない。指輪の件でドタバタして、落ち込む暇がなくなったのだろう。

 そんなことを話していると、不意にラウンジの入り口から声をかけられた。

「おい」

「ん?」

 顔を上げると、星嶋が立っていた。噂をすれば、というやつだ。少しだけ気まずい。

「おー、芳。今、上遠野さんにコーヒー奢って貰ってた」

「丁度、そこで良輔さんと逢ったんだ」

「――へぇ」

 星嶋はチラリとおれの方を見て、隣に座った。

「俺には、奢ってくれねーの?」

「何でだよ。自分で買え」

 良輔さんには昨日の迷惑料だっていうのに、何で星嶋に奢るんだ。まあ、嫌じゃないから奢ってやるけどさ。

 文句を言いながらコーヒーを買ってやると、少しだけ星嶋の雰囲気が和らいだ。それで、不機嫌だったのだと気づく。

「丁度、お前の話してた」

「やめろよな、余計なこと言うの」

「変なことは言ってねぇって。ね、上遠野さん」

「うん」

 影で自分の話をされるのは、楽しいものじゃないだろう。変な話じゃないので、誤解されないと良いのだが。

「良輔さん、星嶋の心配してたんだよ」

「そんなんじゃ、ねーっすけど……」

 気恥ずかしそうにそう言って、良輔さんはコーヒーを啜る。見た目に反して内向的な性格のようだ。

「ガラじゃねぇだろ」

「うるせぇわ。心配しがいのないやつ」

 二人のやり取りに、微笑ましくなる。本当に仲が良いらしい。『ユムノス』のメンバーを見ているような微笑ましい気持ちになる。『ユムノス』もメンバー同士が仲が良いのだ。

「じゃ、俺はこの辺で。コーヒーご馳走さまでした」

 ペコリと頭を下げ、良輔さんがラウンジを出ていく。星嶋がまだ残っていたコーヒーを飲み干したので、おれも席を立った。

「なあ」

「うん?」

 星嶋はおれを呼び止め、腕をつかむと非常口の方へと引っ張っていく。この辺りは人通りが少ない場所だ。

「なに?」

「……何で良輔のこと名前で呼んでんの?」

「え?」

 別に理由なんかない。星嶋が名前で呼んでいるから、名前を先に覚えただけだ。名字はなんだっけ。押上とか押鴨とか。

「別に……」

「まさか、今度は良輔を狙ってんの? それとも、3Pでもやりてぇの?」

「は?」

 さん……?

(って、3Pっ!? 3Pって、アレですかっ? 三人で……)

「いやっ、そんなわけっ……」

「言っておくけど、良輔はあれで純粋なヤツだから、誘惑すんのやめろよ」

「だからっ! 誤解だっ!」

 思わず語調が強くなる。だって、話を聞かないんだもの。

 おれが声を上げたのが珍しかったのか、星嶋は一瞬、押し黙った。

「お前の友達に、そんなことするわけないだろ?」

 どんな目でおれを見てるんだ。心外な。

「……解らねえだろ。そんなの」

「何でだよっ。あんなこと、お前以外とするかっ」

「――そうなの?」

 星嶋がスゥと目を細める。指先が頬に触れてきた。

「そうだよ……」

「寮内では、俺だけ?」

 問いかけに、コクンと頷く。おれはこう見えて、ゲイだと隠して来たんだ。寮内で知っているのは星嶋しかいない。

「ふーん。ま、信じても良いけど」

「……あのなぁ」

 信じて欲しい訳じゃないが、疑われるのは気分が悪い。ムッとして言ったおれに、星嶋はフッと笑って顔を寄せてきた。耳元にキスされ、ビクッと肩を揺らす。

「寮内は俺だけってなら、それで良い」

 寮内もなにもないけどな。

 ハァと息を吐き出し、星嶋を見上げる。まったく、どういうつもりだ。

「何なんだよ、お前。大体、おればっかり誘ってる訳じゃないだろ」

 全くもって、心外である。人のせいばかりにしてるけど、あれは同意だったはずだ。おれだけのせいにしないで欲しい。

 星嶋はバツが悪そうに唇を曲げる。

「そりゃあ――一回、あんたの味、覚えちまったから……」

 言い方に、ゾクッと背中が粟立つ。絡み合う視線が、熱を帯びた。

「……おれのこと淫乱とか言うけど、お前も大概、エッチじゃん」

「うるせーよ。男はみんなそうだろ」

 腰を引かれ、唇を吸われる。誰かが来るんじゃないかとドキドキしたが、興奮もあいまったキスは甘美で、拒絶は出来なかった。

「ん……」

 唇を離し、しばし見つめ合う。こうやっていると、いくらでもくっついていられる気がした。

「んで、良輔は名前呼びなのに、俺は名前で呼んでくれねーわけ」

「ん? 呼んで良いの?」

 呼んで良いなら、全然呼ぶけど。

「……もち。俺も呼ぶけど」

「うん。芳……くん、で良いの?」

 芳くん。良いよね。亜嵐くんみたいに名前呼び。ふふ。というか、良輔さんを名前で呼んだのに、自分は呼ばれてないから機嫌が悪かったのか。確かに、序列って大事よ。悪いことをした。

「――なんかくすぐったいから、芳で良い。悠成?」

「っ」

 ドクン、心臓が鳴る。

 名前呼びって、インパクトあるな。心臓が破裂するかと思った。

「じゃ、じゃあ、芳……」

 そのまま唇を塞がれ、舌を挿入される。さすがにこんな場所でするキスじゃない。胸を叩いて辞めさせると、芳は少し不満そうだった。

「チッ」

「あのね」

「……俺の部屋、来る? 来たことねぇだろ」

 露骨に誘われ、耳が熱くなる。まあ、昨日の今日で、そういうことにはならないと思うのだが。

(部屋は、興味あるな)

 誰かの部屋を訪ねたのは、事務的な理由だけだ。あと郵便の間違い。遊びに行ったことはない。

「行く。行きたい」

 思わず身を乗り出すおれに、芳は面食らったようだが、すぐに笑顔になった。おれの手を握り、引っ張るように歩きだす。

「よし、行こ」



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