上 下
19 / 42

19 全てを月のせいにして

しおりを挟む


 会話が弾んだせいもあり、店を出るころには良い時間になっていた。とはいえ、早めの夕飯を取ったので寮に帰っても十分、風呂の時間に間に合うだろう。今日は一日、星嶋と出掛けた形になってしまった。

「美味しかったー」

「だな。デザートまで頼んだから、腹パンパン」

「だね」

 しっかり休んで足の痛みも引いたし、腹ごなしの散歩ついでの帰路だ。帰り道もずっと一緒というのは心強い。夜道は薄暗く、人の気配がないから少し寂しい。

(今日は充実してたな)

 ライブやイベント以外で、充実してたのなんていつぶりだろうか。もしかしたら無いかもしれない。星嶋はおれの性癖を知っているから気を張る必要もないし、最初にさんざん言い合ったおかげで、今更取り繕う必要もなかった。

「今日はありがとうね、楽しかったし、買い物も出来たし」

「――別に、礼を言われるようなことじゃねえ。俺も買うもんあったし」

 星嶋も目当てのスニーカーと、服を買ったようだ。

「言いたかったから良いのっ」

「変な奴」

 どうせ、変なヤツですよ。そう思って見上げた星嶋は笑っていて、心臓がドクンと跳ねた。

(――)

 反則だ。そんな風に笑うなんて。モヤモヤも全部吹き飛ばすような、太陽みたいな明るい笑顔は、亜嵐くんだけだったはずなのに。

 思わず目を逸らし、俯いたおれに、星嶋が「ん?」とこちらを向く。

「どうした?」

「な、なんでもない」

「は?」

 眉を寄せ、星嶋がおれの顔を覗き込む。今、目を合わせたら、ダメな気がした。

「何でもないって」

「嘘つけ。何だよ急に」

 腕を掴まれ、引き留められる。顔を露骨に逸らしたおれに、星嶋は顔を掴んで上を向かせた。

 街灯の明かりに照らされ、頬が白く光る。星嶋の背に、月が見えた。

「あ――」

 月が。

 雲に、隠れる。

 一瞬の暗闇に、どちらが触れたのか。柔らかな感触を唇に感じて、戸惑いよりも歓喜している自分の感情に戸惑った。

 ふっと触れるだけのキスをして、星嶋の顔が離れる。「どうして?」という瞳の問いに、星嶋が目元を赤くして俺を見る。欲望に濡れた色をしていた。

「して欲しそうな顔してた」

「そっちだろ」

 人のせいにされ、反論する。ムッとする唇を、もう一度意図的に塞がれた。抵抗する理由も意味も見いだせず、唇を薄く開いて舌を受け入れる。手にしていた荷物を放り出し、星嶋の首にしがみ付いた。

 ぬるぬると舌が絡み付く。どうしてキスってやつはこんなに気持ち良いんだろう。

「んっ、はっ……」

 キスの合間に息をすることも覚え、悪戯に噛みつく唇を逆に噛んでやることも覚えた。上唇を舐められ、ゾクゾクしながら背中にしがみつく。足から力が抜けそうなのを見抜いたのか、星嶋の腕が腰を支えた。

「っ、んっ……」

「っ、……は、どうする?」

 唾液の糸を引きながら、唇が離れる。触れるほどの距離で、星嶋が甘く囁いた。

「どうする、って?」

「俺に言わせんのか」

 焦らされたような顔で、星嶋はもう一度強く唇を吸った。

「んぅ、ん」

 唇を離し、ハァと荒い息を吐く。

「……このまま帰んの?」

 このまま帰らなかったら、どうなると言うんだろう。

「……おれの部屋に来る?」

 なんとなく、誘われている気はする。そう思い、答えると、星嶋は目元を赤くして唇を結んだ。

「……それでも良いけど。待てねぇよ」

 腰を押し付けられ、ビクッと肩を震わせた。星嶋は既に興奮しているようだった。

「っ……」

 カァと顔を赤くするおれの耳に、星嶋が囁く。

「外ですんの、嫌?」

 そ、そそそそそ、外ぉっ!?

「えっ!?」

 真っ赤になって星嶋を見上げる。

 外って、外って……。

 ごくん、喉が鳴る。

 それは、人目も憚らず屋外でいたそうというヤツですかっ? そ、そんなエッチな本みたいな。

「嫌というか、そういうわけじゃ……」

 あわわ。彼氏としたいことリストに、さすがに屋外プレイは入ってなかったけど、星嶋はそれを越えるというのか。うわあ、どうしよう。怖いけど、怖いんだけど。

 どくんどくん、心臓が鳴る。

 星嶋がおれの身体を引き寄せ、地面に落とした荷物を拾った。

「ん、じゃ行こ。近くにホテルあるから」

「緊張――、ホテル?」

 腕を引っ張られ、星嶋が歩き出すのに着いていく。

 ホテル。ああ、ホテルか。

 外って、『寮の外』ね。

(紛らわしいっ!)

 くそ。口に出さないで良かった。恥ずかしい。よく考えれば当たり前だ。おれのバカ。

(……こんなこと考えちゃうなんて……)

 おれって、本当に淫乱なのかしら。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

気弱な暴君~ヤンキー新入社員、憧れの暴走族の元総長にエッチなお仕置きされてます~

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
新入社員である岩崎は、今年から夕暮れ寮に入寮したピンク色の髪が特徴の青年だ。 岩崎はひょんなことから仲良くなった『仏の鮎川』と呼ばれる男を見る度に、何か妙な違和感を抱いていた。 ある時、岩崎は鮎川が、かつて自分が憧れていた暴走族『死者の行列』の総長だと気が付いて、過去を知られたくない鮎川にエッチな口封じをされてしまって――! 元暴走族総長×ピンク髪ヤンキーのちょっとエッチなラブコメディ 夕暮れ寮シリーズ 第四弾。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

学校の脇の図書館

理科準備室
BL
図書係で本の好きな男の子の「ぼく」が授業中、学級文庫の本を貸し出している最中にうんこがしたくなります。でも学校でうんこするとからかわれるのが怖くて必死に我慢します。それで何とか終わりの会までは我慢できましたが、もう家までは我慢できそうもありません。そこで思いついたのは学校脇にある市立図書館でうんこすることでした。でも、学校と違って市立図書館には中高生のおにいさん・おねえさんやおじいさんなどいろいろな人が・・・・。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

意地っ張りの片想い

紅と碧湖
BL
俺、藤枝拓海は、長い長い片思いしてる。どんくらい長いって12年目……いい加減しつっこいかな。 相手の丹生田健朗とは同居中だしヤってるけど、あくまで片思いなんだよ。いつか終わるだろうってコトもちゃんと分かってる。でも良いんだ。 好きで好きで大好きで、一緒にいられるだけで幸せ。マジで今の状態で、俺は十分幸せ。 そんな丹生田に対してフィルターかかりまくりの拓海が、どんどん好きになっていく過程と、二人の同居の行き着く先。 男前受、ごつヘタレ攻め。大学寮の生活~後半はお仕事小説。群像劇でもあります。 ほのぼのハッピーエンドです。 ※⇒18禁シーンあり

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

処理中です...