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16 少し仲良くなりました
しおりを挟む「なるほど、設計ね。そんな感じするわ」
そんな感じってどんな感じだろうか? と首をひねりながら、朝食をトレイに載せる。おれは洋食、星嶋は和食だ。
「星嶋は?」
「俺は資材調達」
「なるほど。そんな感じする」
資材調達は製品の部品や原料を仕入れる部門だ。製造業としては重要な業務と言える。一方設計のおれは、製品の中身を作っている方というわけだ。
(星嶋は制服組かー。カッコイイんだろうな)
おれはパソコンの前での作業が多いので私服だが、現場業務の多い星嶋は作業服を着ているはずだ。精悍で男前だから、きっと良く似合う。想像して、思わず頬が赤くなった。今までこんな風に妄想するのなんて、亜嵐くんだけだったのに。
ああ、亜嵐くん。浮気ではないのです。おれの一番は亜嵐くんだからね。
そう思いながら、目の前の星嶋でしっかり目の保養をするおれ。ちょっと罪の意識を感じてしまう。
星嶋と今更の自己紹介をしながら、一緒にご飯を食べている。なんだかすごく不思議だ。でも、こうして普通に喋っていると、星嶋は怒っていなければ普通に良いひとだ。なんとなく、指輪の件を抜きにしても今後おれを無視することはなさそうな気がする。それはちょっとありがたい。だっておれ、寮に友達って居ないし。まあ、外にも居ないんだけどさ。おひとり様を極めている。
(そういえば、『ユムノス』のコラボカフェ、チケット今日発売じゃない?)
亜嵐くんの所属する『ユムノス』の期間限定コラボカフェの発売日が今日だったはずだ。『ユムノス』としては初めてのコラボカフェだから絶対に行きたいし、限定グッズもあるはずなのである。ここのところ忙しくて忘れるところだった。思い出して良かった。
(そうとなったら、せっかくだから服も新調したいよねえ)
こういう時にしか服を買わないおれだ。コラボカフェに亜嵐くんが来るわけではないが、精一杯おしゃれして、カフェを楽しみたいのがファン心情というものだろう。
(よし、週末はお買い物に行こうっと)
ちなみに亜嵐くんは担当カラーが黄色なので、絶対に黄色い服を買うつもりである。
◆ ◆ ◆
それから何事もなく、平和に週末を迎えた。星嶋とは寮で顔を合わせる度に挨拶して、軽い雑談をするような仲になった。最初に誤解はあったが、結局は良い結果になったのだと思う。おれははっきりいって泥棒をしていたのだが、それについて星嶋は咎めなかったし、星嶋と寝てしまったことについてはおれも思うところはあるけど、いい経験にはなったと思う。なにしろ性知識が中学生だったのだから、今は立派に大人になったと胸を張って言えるだろう。
(少しだけ、星嶋を見る時の感情に困るけど)
他の男性に対してはそんな風に思わないのだが、一度性の対象にしてしまったせいか、星嶋を見る時の視線に困る。星嶋だけは、どうしてもダメだ。多分一生、他の男性のようには見られないんだろうな。星嶋はおれがゲイだと知っているから、気にしないでくれると思うけど。
星嶋はゲイではないし、女の子が好きだと言っていたから、おれが好きになるわけには行かない。なんとも、難しい問題だ。正直に言えば、ちょっとだけ、一ミリくらい、星嶋が好きになりかけてる。我ながら簡単な男だ。
まあ、あれからキスもセックスもしていないから、もうあんな奇跡みたいなことは起こらないんだろうけど。ちぇ。
多少残念な気持ちを抱えつつ、おれは寮の玄関口に向かう。今日は予定通り、コラボカフェに着ていく服を選ぶのだ。チケットは無事に取れたので、今からカフェに行くのが楽しみである。
(一緒に行く人も探さないとな~)
争奪戦に備え、何口も買ったら同じ日に二枚被ってしまった。別の日だったらもう一度行くだけなのに、今回は誰か探さないといけない。こういうシーンは結構あるので、大抵はSNSで一緒に行ける人(大抵は現地で一緒になる)を募集する。『ユムノス』は女性ファンが多いので、結構気を遣うのだ。おれが男性であることを伝えると、大体の女性は躊躇する。その気持ちは解るので、なかなか人探しも苦労する。最終的にはどうしても『推し』のイベントに参加したいという女性と意気投合することが多いが。
ちなみに、逢うと大抵の女性は警戒を解いてくれるが、連絡先の交換は遠慮させてもらっている。口下手で何も上手いこと言えないし、出会い目的と思われるのは心外だ。
玄関から外に出ようとした、丁度その時だった。不意に背後から声を掛けられる。
「あれ、上遠野。出掛けんの?」
「星嶋」
星嶋は休憩室から出て来たところだったようで、僅かに煙草の匂いがした。
「うん。買い物に」
「何処行くの?」
「うーん、駅前のペリアかな」
「ふーん? 俺も靴欲しいんだよな。一緒に行って良い?」
「えっ。えっと、うん」
星嶋の申し出に、一瞬びっくりしてしまう。まさか一緒に買い物に行くことになるとは。
(誰かと一緒に買い物なんて、初めてだ)
「じゃ、財布取りに行くから。ちょっと待って」
「お、おう」
しどろもどろになりながら、おれはソワソワとその場で待つのだった。
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