2 / 42
2 それからの日常
しおりを挟むそんなことがあってから二週間ほど、おれの指にはずっと金色の指輪が嵌ったままだった。仕事の最中は包帯を巻いて誤魔化し、寮に帰ってから外している。指輪自体は一度も外していない。幸いなことに持ち主が現れることも、誰かが指輪を探しているという話も聞くことはなかった。寮内に特別親しい友人のいないおれに、その指輪をどうしたのか聞くものもいない。
本当は持ち主を探すべきだし、警察に届けるべきだ。頭ではわかっている。これって泥棒なんだよな。だけど指輪への憧れの気持ちから、それが出来ないままに指に飾っている。こんなことなら警察に届けて、自分のものになるまで待てば良かったのかもしれない。けど、指輪を手放すのが惜しくて辞めてしまっている。
(どうかしてるよな……)
こんなに執着するなんて、思いもしなかった。小さな金色の指輪。おれの指には合わないしそもそも似合いもしないのに。
「ふぅ……とりあえず、食堂に行こう」
少しだけ後ろめたさを感じながら、おれは指輪を撫でて部屋を出た。
◆ ◆ ◆
夕暮れ寮の食堂は、夕日コーポレーションの所有する寮の中でもトップクラスで美味しいと評判だ。専属の栄養士が考えている献立は美味しいだけでなくカロリーと栄養素も考えられている。土日も営業して欲しいくらい評判が良いが、残念ながら営業は平日のみだ。
おれはメニューを確認してトレイを手に取ると、給仕を待つ列に並ぶ。夕食時とあって、食堂は混雑していた。
「あー、カレーが良いかな……、それとも肉……」
前に並んだ青年が、決めかねているのかブツブツと呟きながら並んでいる。長身で、赤く髪を染めた青年だった。
「あ、スプーン!」
食器を取り忘れていたらしく、前の青年が勢いよく振り返る。反動でおれにぶつかりトレイが胸に当たった。
「いっ」
「あ、悪い」
「っ、良いです」
少しムッとしたが、荒立てるつもりはない。青年はもう一度誤ってスプーンに手を伸ばした。
(ふぅ。何だよもう……。指輪に傷ついたらどうする……)
指輪が変わらず輝いているのにホッとする。不意に、視線を感じて顔を上げた。赤髪の青年が、俺の指に視線を向けていた。
「っ」
さりげなく指が見えないように角度を変え、様子を窺う。青年は何か言いたげな顔をしたが、追及はしてこなかった。ホッとして小さく吐息を吐く。何か言われたら、どう返したら良いのか考えなければならない。拾った指輪を着けているなんて、普通のことじゃない。
(外した方が良いのかな……でも)
やっぱり、外したくない。
おれがソワソワしているせいか、前に立つ青年もどこか落ち着かないように見える気がした。
10
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる