上 下
56 / 59

エピローグ

しおりを挟む


「うわー、凄い人。『ユムノス』って人気なんだね」

「俺もコンサートとか始めてきましたけど、こんなに凄いんですね」

 風馬も『ユムノス』のコンサートは初めてだったらしく、人の多さに驚きを隠せないようだった。コンサートに集まった人はほとんどが十代から二十代の女性のようだ。若い女性に人気なのだと改めて思う。行列に並ぶ女性たちは皆オシャレをしていて、手にグッズや自作のアクセサリーなどを身に着けていた。

「一応、招待席は別らしいんですが」

「もしかしたら少し遅れて入った方が良いのかもね……」

 ある程度人が居なくなってから入った方が良さそうだ。人ごみを外れ、一度通りの方へ出る。通りの方にも、まだ列にたどり着いていないファンたちがちらほら歩いていた。日本中。もしかしたら海外からも来ているんだろうと思うと、本当に凄い。

 近くのカフェで一度一休みしようと言うことになって、俺は風馬を連れてカフェの中に入った。カフェでは『ユムノス』の音楽が流れていて、コンサートに合わせて楽曲を変えているのだと知って、少しだけびっくりする。

「このエネルギー、何か凄いね。俺もオタクだから割とこういう気質あるけどさ」

「『コン持ち』の映画も、こんな空気かも知れないですね」

「あー、あるかも。でもどうなんだろうね、推しのBL作品って」

「どうなんでしょうね。相手役が女優さんとかだと荒れることもあるみたいですけど……そもそも実写化が地雷って人も多そうですし」

「俺は実写肯定派なんだけどねえ」

 ナマモノOKだもん。実写とか余裕よ。まあ、アニメ化の噂があって、ドラマ化だったから、賛否はあるだろうな。アニメの方が良かったって意見もチラホラ見るし。でも個人的には、実写化に耐えうる題材だってのもポイントだと思うんだけどね。

 コンサートに向かう少女たちを横目に、コーヒーを啜る。いずれにしても、実際に映画を観たら、きっと意見はまた変わる。俺はきっと、良い作品に仕上がると思うけど。

(何しろ、あれだけ頑張ってたし――風馬とも、仲直りしたし)

 チラリ、風馬を見る。風馬は楽しそうに窓の外を眺めながら、映画を楽しみだと口にする。

 あれから、風馬は亜嵐と、良く話し合ったようだ。互いに遠慮していた部分を取り払い、少しは本音で話せたのではないだろうか。どんな話をしたのかは聞かなかったけれど、亜嵐から『鈴木さんもありがとう』とメッセージが送られて来たから、きっとわだかまりはグッと少なくなったんじゃないだろうか。

(おかげで、チケットまで送って来てくれたしね~)

「そう言えば、帰り楽屋に遊びにおいでって言ってました」

「へー、良いのかな。一般人が入っても」

「まあ、亜嵐が良いって言ってるんだし、良いんじゃないですか?」

「楽屋とかちょっと面白そうだよね~。あ、風馬は入ったことはあるのか」

「こんな大きなコンサートホールじゃないですけどね。まあ、でも似たようなものだとは思いますけど」

 そう言って、風馬は一度言葉を切った。

「一太さん」

「ん?」

 風馬は少し緊張した顔で、それから気恥ずかしそうに眼を逸らした。

「実は、市民劇団に、入ろうと思って」

「え――」

「自分でも、自分の気持ちがまだ分からないんです。今更のような気もするし、でも、向き合わないで終わらせたままで良いのかも。だから、まずは趣味でも良いから初めてみようかなって」

「良いと思う!」

 思わず前のめりになって、そう叫ぶ。風馬は驚いた顔をしたが、すぐに破顔した。

「今更なんてこと、ないだろ。始めるのに遅いなんてことはないよ。そりゃ、他の人と比べたら不利なこともあるだろうけどさ……」

「ありがとうございます。応援、してくださいね」

「勿論。人気者になっても、俺のこと忘れるなよ」

「忘れるなんてありえませんよ」

 くすくすと笑い合って、テーブルに置かれた手に手を重ねる。通りの梢が風に揺れて、シャラシャラと音を立てた。アンコールを呼び掛ける、拍手の音のようだと思った。




 ◆   ◆   ◆




 それから――。

(ううむ。相変わらず、うちの寮の顔面偏差値って高いよな)

 ノート片手に、寮内を柱の陰からじっと見守る。

(相変わらず須藤くんは可愛いなあ。岩崎はまた違う可愛さがあるよなあ。藤宮は綺麗系だし)

 うんうんと頷きながら、メモを取る。こうして寮内観察をしながら妄想をはかどらせるのは、やはり止められないのである。俺にとっては栄養補給のようなものなのだ。

「さて、あっちにはどんなイケメンが――」

 そう言いながら振り返る。と、目の前にキラキラしたイケメンが立っていた。

「はぅあっ! カッコいい、好き」

「振り返りざまに告白されるのは嬉しいですけどね。俺だけなら」

「好きは風馬にしか言わないもん」

 呆れた顔の風馬に、へらっと笑って見せる。風馬はここの所、働きながら劇団の活動もするようになった。体型維持や肌の手入れなども始めたので、今まで以上にイケメンに磨きが掛かっているのである。最近は若い女の子から「イケメン劇団員」「栗原亜嵐の弟」と認識されつつあるようで、少し嫉妬してしまうけど。

(まあ、風馬が好きなのは俺だしね!)

 へへん。と思って許してあげているのである。何しろ、ファン第一号は俺でもあるしな!

「全く……。一体何を書いてるんです?」

「あっ! ダメだよ! エッチっ!」

「エッチなこと書いてるんですか?」

 え。いや、その。まあ……。

 無言で黙り込む俺に、風馬が怪訝な顔をする。

「一太さん?」

「良いの! 気にしないで良いの! こういうのは、気にしたらダメなんだからね!」

 こんな妄想、表に出せるわけないのである。勝手に脳内カップリングまで書いてあるんだから、バレたら大事なのだ。

 不満そうな風馬の背を押して、誤魔化しながら部屋へと促す。

「それより、練習はどうだったの?」

「まあ――良い感じかな。……誤魔化してます?」

 考えてみれば、風馬に腐男子バレしたのも、この寮内観察がきっかけだったと思い出す。当初は風馬に似合うカップリング相手を探していたというのに、まさか自分がそのポジションになるとは。まったく、人生って解らないものだ。

「良いの。これがなかったら、俺と風馬って、付き合ってないんだからね?」

「……そんな話でした?」

「そうなの!」

 強引にそう言いくるめ、腕にしがみ付く。風馬は納得してない顔だったが、結局折れて俺の額にキスをした。

「まあでも、寮内観察はほどほどにね」

「まあねえ」

「そんなに妄想しなくても、やりたいことは全部、やってあげますから」

「え」

 いや、やりたいわけじゃなくて、あくまで妄想、なんだけど。何でだろう。俺の推しの押しが強いんだけど?

「まあ、俺がやりたいんですけどね」

 風馬はそう言うと、ヒョイと俺を抱え上げた。

「ちょっ」

「役もらえたんで、お祝いしてくださいね」

 ニッコリと笑う風馬に、俺は空笑いする。

 嫌じゃないけど。嫌じゃないけど!

(今日は、寝せてもらえない気がする……)

 うぐぐ、とぼやきたい気持ちを押さえて、俺は風馬の背中に腕を回した。





おわり

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件

水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。 そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。 この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…? ※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)

転生した先のBLゲームの学園で私は何をすればいい?

赤蜻蛉
BL
※分かりづらいので、作品紹介文を変えました。 腐女子がこれからプレイするはずだったBLゲームの世界の中で、モブ男子に転生し腐男子ライフを思いっきり楽しむはずが、なぜか攻略者達に追いかけられ迫られ転がされ・・・・BLライフをリアルでしてしまうのか!?という、簡単に言うとこんな内容です。 元女子部分は途中からほとんど出てきませんが、興味を持てましたらどうぞよろしくお願いします! BLラブは、わりとありますがどこまで全年齢対応で大丈夫なのか挑戦中です。

えっちな美形男子〇校生が出会い系ではじめてあった男の人に疑似孕ませっくすされて雌墜ちしてしまう回

朝井染両
BL
タイトルのままです。 男子高校生(16)が欲望のまま大学生と偽り、出会い系に登録してそのまま疑似孕ませっくるする話です。 続き御座います。 『ぞくぞく!えっち祭り』という短編集の二番目に載せてありますので、よろしければそちらもどうぞ。 本作はガバガバスター制度をとっております。別作品と同じ名前の登場人物がおりますが、別人としてお楽しみ下さい。 前回は様々な人に読んで頂けて驚きました。稚拙な文ではありますが、感想、次のシチュのリクエストなど頂けると嬉しいです。

【完結】巨人族に二人ががりで溺愛されている俺は淫乱天使さまらしいです

浅葱
BL
異世界に召喚された社会人が、二人の巨人族に買われてどろどろに愛される物語です。 愛とかわいいエロが満載。 男しかいない世界にトリップした俺。それから五年、その世界で俺は冒険者として身を立てていた。パーティーメンバーにも恵まれ、順風満帆だと思われたが、その関係は三十歳の誕生日に激変する。俺がまだ童貞だと知ったパーティーメンバーは、あろうことか俺を奴隷商人に売ったのだった。 この世界では30歳まで童貞だと、男たちに抱かれなければ死んでしまう存在「天使」に変わってしまうのだという。 失意の内に売られた先で巨人族に抱かれ、その巨人族に買い取られた後は毎日二人の巨人族に溺愛される。 そんな生活の中、初恋の人に出会ったことで俺は気力を取り戻した。 エロテクを学ぶ為に巨人族たちを心から受け入れる俺。 そんな大きいの入んない! って思うのに抱かれたらめちゃくちゃ気持ちいい。 体格差のある3P/二輪挿しが基本です(ぉぃ)/二輪挿しではなくても巨根でヤられます。 乳首責め、尿道責め、結腸責め、複数Hあり。巨人族以外にも抱かれます。(触手族混血等) 一部かなり最後の方でリバありでふ。 ハッピーエンド保証。 「冴えないサラリーマンの僕が異世界トリップしたら王様に!?」「イケメンだけど短小な俺が異世界に召喚されたら」のスピンオフですが、読まなくてもお楽しみいただけます。 天使さまの生態についてfujossyに設定を載せています。 「天使さまの愛で方」https://fujossy.jp/books/17868

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

BLモブが主人公凌辱イベントに巻き込まれました

月歌(ツキウタ)
BL
「俺を攻略しろ」有名声優になった友人からBLゲームを渡された、ゲームマニアの僕。攻略サイトなしでゲームに挑んだがバッドエンドばかり。そのまま寝落ちした僕は、BLゲームのモブに転生していた。大人しくモブ人生を送るはずが、主人公凌辱イベントに遭遇して四人の攻略者たちと知り合う破目に。お助けキャラの友人に支えながら、大人しく生きていきたい。

処理中です...