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四十三 覚悟

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(実際問題、風馬にちゃんと伝えたとして――俺の人生、どうなるんだろう)

 恋に酔いしれて回りが見えなくなるような性格じゃない。俺は臆病者で、小心者だ。誰かの目は怖いし、堂々としていられる自信もない。

(腐男子だってことも、隠してるのに)

 ファイルを抱えながら、ハァと重いため息を吐き出す。単純作業をしていると、どうしても考え事をしてしまう。

 俺が腐男子であるのを知っているのは、会社では一応、風馬だけだ。最も、なんとなく察している人はいると思う。部屋に入ったことがある友人たちは、俺の部屋の書棚を知っているし。

 その他に知っているのは、学生時代に一緒にBL漫画にのめり込んだ、腐男子仲間の幼馴染み。こちらは正直、会社に入ってからは疎遠である。それから、弟の二葉である。この弟には、さんざん「キモい」だの「変態」だの言われたので、正直なところ、カミングアウトなんか出来るのか微妙なのである。

(風馬と、生きていく覚悟――あるんだろうか)

 風馬は、その覚悟があるんだろうか。

 俺は正直なところ、まだ解らないし、自身がない。親や兄弟から批判されたら、気持ちに蓋をしてしまう自分を想像してしまう。けれど同時に、風馬を失うことも、想像が出来ない。

 あの微笑みを、俺だけを見つめる眼差しを、手の温もりを、抱き締める腕の強さを、手放したり出来るものだろうか。

 ファイルを持ち替え、倉庫の扉を開く。埃っぽい書庫には、先客が居た。田中だ。

「鈴木。重い?」

「いや、大丈夫。そっちもファイル整理?」

「うん。過去案件の図面探してる」

 ファイルの背表紙を追う田中の横顔を見る。同期の同僚。仲も良い方だ。田中は、俺が風馬と付き合っていると知ったら、どんな反応をするだろうか。やめておけと言われたら、俺はどう思うんだろうか。

(難しいな……)

 風馬のことは好きだ。きっとこの恋は、一生ものだという確信もある。それなのに、たったの0.1%が、俺を足踏みさせる。

 一生ものの思いだからこそ、軽く答えを出せないのだと、解っている。

(風馬は、待っていてくれているけど――)

 触れる度、最後までを許さないことを、本当は不満なはずだ。いつだって爆発しそうなのに、俺のために我慢している。

 デートの回数を重ねても、肌を合わせる回数が増えても、答えを出すのが難しい。

 俺は本当のところ、何を迷っているのだろうか。考えすぎて、良く解らなくなっているようにも思える。



   ◆   ◆   ◆



「いい加減、本が増えすぎたな……」

 書棚の前で、途方にくれる。手には収まりきらなかった本の山。実のところ、本棚の前にも二山ほど本棚に入りきらなかった本が溢れているし、なんなら風馬の部屋にも置いてある。いい加減、増えすぎたようだ。

「仕方がない……一軍と二軍に分けるか……」

 こうなってくると、書棚に置くべき本とそうでないものを分ける必要が出てくる。何度も読みたいお気に入りは一軍へ。完結していたり、読み返す頻度が低い本を二軍に振り分ける。

「週末は久し振りに実家に帰って、本を置きに行くか~」

実家の俺の部屋には、やはり大きな本棚が置かれている。母親からは増やすなといわれているが、本好きの家の宿命でもある。まあ、床が抜けるようなことにはならないようにしなくちゃな。うん。

「あ、そういや、こんなのもあったな……」

 と、本を入れた紙袋に丸めて突っ込んであったのは、前にブクメイトで貰った栗原亜嵐のポスターである。貼ろうと思っていたが、結局、風馬の視線が気になって止めた品だ。

(これ、どうしようかな)

 好きな人に譲っても良いが、残念ながら亜嵐のファンに心当たりがない。女性ならファンが多そうだが、職場でそんな会話をしたことがない陰キャ故、色々と躊躇われる。

「一太せんぱーい。遊びに来ました」

「おっ」

 扉を開けて乱入する風馬の声に、思わずぐしゃりとポスターを握りしめる。風馬が怪訝な顔で眉を上げた。

「何持ってるんです?」

「いや――特典の」

「あ――」

 風馬は少しだけ複雑そうな顔をする。

「捨てるのはあれじゃん。かといって、飾るのは微妙だし」

「微妙ですか?」

「そりゃ、何か……嫌じゃん。これ貼ってイチャイチャすんの……」

 キラキラ笑顔の兄貴の前で、お前はイチャイチャ出来るのか? と、逆に聞きたい。

 俺の言葉に、風馬は目を瞬かせ、ぷはっと吹き出した。

「あはは。なるほど。確かに?」

「お前、兄貴のファン、知り合いにいないの?」

「まあ、居ますけど――一回何かあげたら、ねえ?」

「あー、確かに」

 誰かにプレゼントしたら、お礼を気にする人も居るし、厚かましいタイプも居る。風馬が渡したら、サインをねだる人なんかも出てくるかもしれない。それは面倒だ。

「うん。実家に持っていくわ」

「実家?」

「そ。週末、実家に帰ろうと思って。そろそろ冬物も欲しいし、本も増えてきたから」

「そうなんですね。実家って、遠いんですか?」

「いや、近いよ。夕方には帰ってくる」

 夕飯を実家で食べてからでは門限に間に合わないし、泊まって行くのは手続きが面倒だ。俺は実家に帰る場合、大抵、日帰りだ。母親からは色々と言われるが、大抵は小言なのでその方が楽なのである。

(ああ、でも。今回は『恋人は出来たの?』攻撃に、嫌な気持ちにならないで済むな……)

 まあ、紹介はまだ出来ないけど。

「じゃあ、今のうち、先輩を接種しておこ」

 そういって風馬が後ろから抱きついて、首筋に顔を埋める。匂いを吸い込むようにされ、気恥ずかしくなって身を捩る。

「おい」

「先輩、少しは慣れました?」

 そう言いながら、風馬の手が腰の辺りを撫でる。ピクンと身体を揺らして、俺は風馬を軽く睨んだ。

「風馬っ……」

「怒ってる先輩の顔も、可愛いです」

「……ばか」

 俺が何をしても、そう言うんだから。

 仕方がないな。そう思いながら、俺は風馬の首に腕を回した。




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