37 / 59
三十六 いつも通りのはずなのに。
しおりを挟む「何食べます? 俺はペスカトーレも良いと思うんですけど、こっちの生うにとホタテのガーリック味も良いと思うんですよね」
「あー、めっちゃ美味しそう。俺、メチャクチャ、ニンニクの気分になっちゃった」
「じゃあ、一つはこれ頼んでシェアします?」
「うん。あ、これも気になるな」
「どれどれ?」
メニューを眺めながら、相槌を打つ。俺と風馬は食の好みが似ているから、こういう時は良いと思う。
結局、気になったパスタ二品とサラダ、アンティパストとビールを注文して、二人でシェアしながら食べることにした。
「乾杯」
そう言って軽くグラスを傾け、ビールを啜る。ルビーのような赤い色をした、綺麗なクラフトビールだ。
(店もしゃれてるけど、ビールまでしゃれてる)
今日の店は風馬のチョイスだが、雰囲気といい料理の内容といい、デートという言葉がぴったりな感じがした。店内は女性客が多くて、男性は女性連ればかりだ。隠れ家のような雰囲気の店内は、少し薄暗くて雰囲気が良い。
「こんな店あったんだ」
「先輩と来たくて」
「っ」
素直に気持ちを表現され、気恥ずかしくなる。ごまかす様にビールを啜って、インテリアに目を向けた。うん。実にオシャレな椅子だ。すごくオシャレで、うん。オシャレだし。
そんな様子を風馬が、愛おしそうに眺めているのが解る。今までの、『後輩』の顔じゃない。愛情のこもった――欲を、孕んだ瞳だ。
(ヤバイ、緊張してきた……)
ドキドキして、ついビールを飲んでしまう。顔が熱い。心臓がドキドキしてる。手汗が酷いし、くらくらする。
「先輩、大丈夫?」
「っ、だっ……」
大丈夫。そう言いかけながら、風馬を見る。心配そうにのぞき込む瞳が、近い。ふわり、甘いネクタリンの香りが鼻孔を擽る。
「ダメかも……」
「えっ」
「い、いやいや、大丈夫。ただの不整脈だからっ!」
「一太先輩」
風馬が手をぎゅっと握る。
「っ」
「無理しないで」
そんなことされたら、余計に心臓がおかしくなるんだが。あと手汗ヤバいから握らないで。
なんとか風馬の手を引きはがし、深呼吸をする。ダメだ。一回リセットしよう。いつもと一緒。ただの食事。こんなの今までだってやって来ただろ。
「ちょ、ちょっと、トイレ行ってくる」
「あ、はい。一人で大丈夫です?」
「一人にして……」
色々爆発してしまいそうだ。風馬を一人席に置いて、急いでその場を離れてトイレに駆け込む。鏡を見て、自分の顔色にびっくりした。
「うわっ。すごい、ゆでだこみたいじゃん……」
恥ずかし過ぎる。意識しすぎだろ。
(こんな顔で、戻れない……っ)
両手で顔を覆うが、赤い顔は隠れなかった。何だよ。飯食うだけじゃん。いつもと同じなのに。
意識しすぎだ。
「……顔、洗おう」
◆ ◆ ◆
席に戻る途中、風馬の様子に目をやる。隣のテーブルに座っていた女性が、何故か話しかけていた。風馬が困ったように笑って、手で拒絶の意を示す。
「――」
あれは。
(――ナンパ、か)
状況を理解して、胸にモヤモヤしたものがこみ上げる。あの席に、俺が居たことなど、解っているはず。俺が居るのに。
「風馬」
ああ。不機嫌が声に乗ってしまった。女性の視線を感じたけれど、俺は気にしていないふりをして席に着く。風馬がホッとした顔をした。
「前菜来ましたよ」
「おーっ」
さりげなく椅子をずらして、彼女たちの視線から風馬を遮る。
(くそ……)
背中に、視線を感じる。ひそひそと喋る声が、全部風馬を値踏みする声に聞こえた。
俺が女の子だったら、彼氏ではなく彼女だったなら、こんな風な視線は向けられなかったかも知れない。俺が恋人には見えないから。俺なんか、『あり得ない』から。
(くそ)
何故だか悔しくて。悔しくて、堪らなかった。
11
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
転生した先のBLゲームの学園で私は何をすればいい?
赤蜻蛉
BL
※分かりづらいので、作品紹介文を変えました。
腐女子がこれからプレイするはずだったBLゲームの世界の中で、モブ男子に転生し腐男子ライフを思いっきり楽しむはずが、なぜか攻略者達に追いかけられ迫られ転がされ・・・・BLライフをリアルでしてしまうのか!?という、簡単に言うとこんな内容です。
元女子部分は途中からほとんど出てきませんが、興味を持てましたらどうぞよろしくお願いします!
BLラブは、わりとありますがどこまで全年齢対応で大丈夫なのか挑戦中です。
【完結・R18】28歳の俺は異世界で保育士の仕事引き受けましたが、何やらおかしな事になりそうです。
カヨワイさつき
BL
憧れの職業(保育士)の資格を取得し、目指すは認可の保育園での保育士!!現実は厳しく、居酒屋のバイトのツテで、念願の保育士になれたのだった。
無認可の24時間保育施設で夜勤担当の俺、朝の引き継ぎを終え帰宅途中に揉め事に巻き込まれ死亡?!
泣いてる赤ちゃんの声に目覚めると、なぜか馬車の中?!アレ、ここどこ?まさか異世界?
その赤ちゃんをあやしていると、キレイなお母さんに褒められ、目的地まで雇いたいと言われたので、即オッケーしたのだが……馬車が、ガケから落ちてしまった…?!これってまた、絶対絶命?
俺のピンチを救ってくれたのは……。
無自覚、不器用なイケメン総帥と平凡な俺との約束。流されやすい主人公の恋の行方は、ハッピーなのか?!
自作の"ショウドウ⁈異世界にさらわれちゃったよー!お兄さんは静かに眠りたい。"のカズミ編。
予告なしに、無意識、イチャラブ入ります。
第二章完結。
俺のパンツが消えた
ルルオカ
BL
名門の水泳部の更衣室でパンツが消えた?
パンツが消えてから、それまで、ほとんど顔を合わせたことがなかった、水泳部のエースと、「ミカケダオシカナヅチ」があだ名の水泳部員が、関係を深めて、すったもんだ青春するBL小説。
百九十の長身でカナヅチな部員×小柄な名門水泳部エース。パンツが消えるだけあって、コメディなR15です。
おまけの「俺のパンツが跳んだ」を吸収しました。
気弱な暴君~ヤンキー新入社員、憧れの暴走族の元総長にエッチなお仕置きされてます~
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
新入社員である岩崎は、今年から夕暮れ寮に入寮したピンク色の髪が特徴の青年だ。
岩崎はひょんなことから仲良くなった『仏の鮎川』と呼ばれる男を見る度に、何か妙な違和感を抱いていた。
ある時、岩崎は鮎川が、かつて自分が憧れていた暴走族『死者の行列』の総長だと気が付いて、過去を知られたくない鮎川にエッチな口封じをされてしまって――!
元暴走族総長×ピンク髪ヤンキーのちょっとエッチなラブコメディ
夕暮れ寮シリーズ 第四弾。
えっちな美形男子〇校生が出会い系ではじめてあった男の人に疑似孕ませっくすされて雌墜ちしてしまう回
朝井染両
BL
タイトルのままです。
男子高校生(16)が欲望のまま大学生と偽り、出会い系に登録してそのまま疑似孕ませっくるする話です。
続き御座います。
『ぞくぞく!えっち祭り』という短編集の二番目に載せてありますので、よろしければそちらもどうぞ。
本作はガバガバスター制度をとっております。別作品と同じ名前の登場人物がおりますが、別人としてお楽しみ下さい。
前回は様々な人に読んで頂けて驚きました。稚拙な文ではありますが、感想、次のシチュのリクエストなど頂けると嬉しいです。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる