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三十 BLじゃあるまいし
しおりを挟む「先輩と、繋がりたい」
栗原の声を、どこか遠い部分で聞いていた。一瞬、何を言われたのか解らなくて、呆然と栗原を見上げる。
「え?」
聞き返した俺に、栗原は一度唇を噛んで、俺を見下ろす。目元が、赤い。
「先輩の中に、入らせて……」
栗原の手が、腰から尻の方に滑っていく。ビクッと身体を震わせ、動揺して視線を泳がせた。
「は――はい? そこまでしたら……」
「……セックスですよ」
「……」
え? マジで言ってる?
理解できなくて、頭が混乱する。今、こいつは、何を言ってるんだ?
「そんな、BLじゃあるまいし――」
誤魔化すようにヘラりと笑って、でも心は完全に逃げの体勢に入って、俺はシーツを蹴った。ジリジリと、逃げる隙を窺うように、ベッドの端にすり寄っていく。
「鈴木先輩」
ぐい、と顎を掴まれ、動きを押さえ込まれる。「あ」と声をそのまま、栗原の唇が呑み込んだ。
「っ、ん!?」
唇の柔らかい感触が。濡れた舌が。俺の舌を掬いとって、絡み付く。上唇を吸われ、噛まれ、何度も、角度を変える。
(ちょ、……俺っ)
キス、されてる。
栗原の柔らかな唇が、貪るように俺の唇に吸い付いている。上口蓋を舐められ、ぞくんと背筋が粟立った。
「ん、ぁっ……、栗っ……」
心臓がバクバクする。胸が苦しい。
おかしい。おかしい。俺ってば壁際男子なのに。モブなのに。なんでイケメン男子とキスなんかしてるんだ?
「っ、ん……ふっ」
唇から吐息が漏れる。こんなキス、したことない。こんな激しいやつ、ダメだって。
トントンと栗原の胸を叩くが、離してくれない。栗原は俺に体重をかけて、動かないように押さえつける。
「先輩……っ」
はぁ、と栗原が息を吐き出す。唾液が、唇からこぼれ落ちた。
「先輩……」
もう一度名前を呼んで、栗原が額を俺の額に擦り付ける。
「栗原……」
栗原の手が、腰の辺りに触れた。ぞく、身体が震える。
手はそのまま下へと伸びて――尻の割れ目に沿って指が這う。
「っ!」
ビクッと肩を揺らし、栗原を見る。
セックスって言った。繋がりたいって。入らせてって。
(それって……)
エロ同人みたいに? BL本みたいに?
「ちょ、ちょ、ちょ」
慌てて栗原の腕を掴んで、引き留める。
「なに?」
「ななな、なに? じゃないよ! なにすんだよ!」
「……なにって」
「無理!」
反射的に叫んで、栗原の身体を押し返す。
「っ、先輩」
「無理無理無理! 出来ないって!」
「―――っ」
まずい。逃げないと。
アワアワアワアワ。
尻の穴に、アレを――と、栗原のアレを思い出す。いやいや、無理だって。俺は特殊な訓練受けてないもん! 不可能!
栗原が青い顔をしていたけど、気にしてあげらる余裕などない。
「先輩……、待って……」
「おっ、お前は今、頭に血がのぼってるみたいだな? 落ち着こうな?」
そう言って、ベッドから飛び降り、ジリジリと玄関の方に移動する。
「先輩!」
「きゃあああ! 怖い怖い! やだーっ!」
栗原が立ち上がるのが見えて、悲鳴が口から飛び出る。考えるよりも速く、身体が勝手に走りだし、玄関の扉を開いた。
「先輩! 待って!」
「いやあああっ」
半泣きで部屋を飛び出す。すぐ背中に栗原の気配を感じて、慌てて廊下に飛び出した。自分の部屋に帰れば良かったのに、扉の開きの方向のせいで、部屋とは逆方向に走り出す。
下半身裸で悲鳴を上げて走るものだから、たまたま通りかかった榎井飛鳥が怪訝な顔で俺をみてきた。けど、恥ずかしがったり、言い訳をしている余裕なんかない。
「先輩! 待って!」
栗原が追いかけてくる。猛ダッシュで階段を駆け降り、廊下を走り抜ける。「何だ、何だ?」と、寮生たちが顔を出す。見世物じゃないぞ。
「待て! 逃げんなよ!」
語調も荒々しく、栗原が叫ぶ。
「無理、無理、無理ぃ!!」
追い付かれるのも時間の問題な気がしたが、捕まったら終る。俺の尻が。
何でこうなった? エッチなことしてたから? BL脳にさせちゃったから? 解んない。解んない!
半泣きになって寮内を走り回るうちに、いつの間にか行き止まりへと追い込まれてしまった。倉庫の手前まで追い込まれる。すぐ背後に、まだ栗原の気配があった。
鍵が開いていれば逃げ込んだのだが、扉に手を掛けると、虚しくもガチャガチャと音を立てるばかりで、開かない。まずい。詰んだ。
「うわああああっ!」
泣きそう。っていうか、泣いてる。
栗原はズンズンと近付くと、足を振り上げ大きく壁を蹴り上げた。
「うらあっ!」
ダン! 耳許を掠める蹴りに、血の気が引く。どうやら、チェックメイトである。
「ぜぇ、ぜぇ……、逃げないで、くださいよ……先輩」
「や……」
必死な形相の栗原に、涙腺が一気に崩壊した。
「やだあぁぁ! 無理無理無理! 出来ないって!」
「っ……そんなに、嫌?」
栗原が傷ついた顔をする。そんな顔されたって出来ないもん。
「おっ、お前、気軽に言うけどな! 無理に決まってるだろ!? お前の――その、ゴニョゴニョ……」
アレをアレするわけだよな? そんなの、無理だって。
「……それって、つまり?」
「いっ、言わせんなよっ! お、お前の、そんな小さくないだろっ……」
くそっ。恥ずかしい。
顔を背ける俺に、栗原が身体を寄せた。走ったせいで、身体が熱い。ていうか、俺、下半身裸なんだけど。
「俺が嫌なんじゃ、ないんですか……?」
「何の話?」
「……いや、そうじゃないなら、良いんです」
はぁ、と心底ホッとしたような顔をして、栗原が顔を寄せる。
「そんなのが、心配だったの?」
「そんなのとか言うなっ」
「やる前から決めないでよ。鈴木先輩が好きなBL漫画ではやってるでしょ」
「それは、ファンタジーだからだよ! 俺は特殊な訓練受けてないもん!」
「みんなやってますよ」
「その手に乗るかっ」
岩崎とか須藤に聞いて――参考にならない気がするなぁ!?
「落ち着け栗原。あれは現実じゃない。フィクションと混同しちゃいけない類いのやつだ。幼馴染みのヒロインやお兄ちゃんが大好きな妹が存在しないのと同じ、幻想の類いの産物でだな」
「んなわけあるか」
ぐい、と腕を引かれ、唇に噛みつかれる。
「んぐっ」
(っ、またっ……!)
また、チューされてる。抵抗しようにも、びくともしない。舌を絡め取られ、何度も唇を吸われた。ここ、廊下なんですけど。俺、下半身裸なんですけど!?
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「は」
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「う」
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