30 / 59
二十九 そんなこと言われても
しおりを挟む「先輩、誰と逢ってたの?」
栗原の声に、ザワザワと心臓がざわめいた。俺は反応できずに、黙って栗原を見上げる。
大抵のことに鈍感な方だが、空気は読める方である。
(怒ってる)
ゴクリ、喉を鳴らした。
栗原が怒っている。何かの地雷を踏み抜いたのは明白で、理由は解らないけれど、今すぐスライディング土下座してしまおうかと思う一方で、がっしりと顔を捕まれて動けそうにない。
「先輩、そんなに、匂いが移るほど近づいたの?」
耳許に囁かれ、ぞわ、と背筋が粟立つ。匂い。そう言われて、ドキリとする。視線を泳がせた俺の顎を掴んで、栗原が顔を近づけた。
「く」
「俺より、亜嵐の方が気に入った?」
「は――」
そんなわけあるか。そう言おうとしたのに、栗原の手が俺の口を覆って、喋らせて貰えない。
「……やっぱ、聞きたくない」
「ん、ん!」
モゴモゴと口を動かすが、栗原は聞く気がないようで、一向に離してくれなかった。
(何でそうなるっ!)
人の話を聞こうとしない栗原に、苛立つ。だが、思いの外、栗原は青い顔をしていて、それ以上怒る気にもならなかった。
栗原が落ち着くまで、黙って待つ。
どのくらい時間が経ったのか解らない。栗原がゆっくりと手を離した。
「……栗原」
「俺より、亜嵐が良いらしいです」
「え?」
「友達も彼女も、みんな、亜嵐目的なんです」
「そんなこと――」
言い掛けて、唇を閉ざす。ずっと、そうだったのだろう。あの、キラキラしたエネルギーの塊みたいな亜嵐に、心を奪われてしまった、過去の友人や恋人を想像する。人の心は難しい。酷い奴らだと罵るのは簡単だ。だがどんな時にも誠実で清廉でいられるほど、人間は高潔でもない。
「……今は、そんなことないだろ」
「解ってます。解ってるんです! でも!」
栗原が必死な顔で、俺に呼び掛ける。
「嫌なんです! 鈴木先輩だけは……! 先輩だけは、嫌なんだ!」
「――栗、原」
ドクン、心臓が鳴る。顔が熱い。そんな風に言われて、嬉しくないはずがない。
グイと身体を引き寄せられ、抱き締められる。身体が、熱い。ドキドキと、心臓がうるさい。
「鈴木先輩」
掠れた声で、栗原が囁く。
亜嵐じゃない。お前じゃないと。そう、言ってやりたかったが、胸が詰まって、言えなかった。
ぎゅうと、心臓が鳴る。なんでこんなに、苦しいんだ。もどかしくて、切なくて、叫びたくなるような感情が、呼吸が出来なくなりそうで、怖くて、とても、尊くて。
(溺れてるみたいだ)
栗原の背に、腕を回す。栗原はビクと小さく身体を揺らし、いっそう強く俺を抱き締めた。
「先輩、触らせて……」
何度、そう囁かれたか、すでに解らないけれど。その切実さは、いつもの比ではなかった。
小さく頷いて、栗原の胸に額を擦り付ける。
こんなときは、いつも凄く気恥ずかしい。
「あ……っ」
小さく、息が漏れる。それを返事にするように、栗原は俺の腹をなぞりながら、服に手を滑り込ませる。
ゾク、皮膚が粟立つ。本当はスマートフォンの画面を問い詰めたかったけれど、そんなことを気にしてもいられない。
触れたい。同時に、触れられたいという、未知の感情が、ザワザワと胸にさざめいた。
「栗原……」
はぁ、と息を漏らして、栗原の熱い手のひらの感触を味わう。ゆっくりとファスナーを下ろされ、下半身を剥き出しにされる。
ドクドクと、心臓が脈を打つ。羞恥心と興奮が、胸を占める。
栗原がぐっと俺の胸を押して、ベッドに押し倒した。
「ふぇ」
ほとんど無抵抗にベッドに寝かされ、ビクッと身体が震える。互いに慰めあうようになって、ベッドに横たわったことはなかった。
「く、栗原……?」
普段とは様子の違う後輩に、恐る恐る声をかける。栗原は無言で、膝に引っ掛かっていたズボンを下着ごと取り払い、床に投げてしまった。
「え、ちょっ」
「先輩」
「は、はい?」
ビクビクと、肩が揺れる。栗原の顔は真剣そのもので、ふざけている様子は微塵もなかった。
「鈴木先輩と、繋がりたい」
欲望を露にして、栗原が呟いた。
1
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
俺のパンツが消えた
ルルオカ
BL
名門の水泳部の更衣室でパンツが消えた?
パンツが消えてから、それまで、ほとんど顔を合わせたことがなかった、水泳部のエースと、「ミカケダオシカナヅチ」があだ名の水泳部員が、関係を深めて、すったもんだ青春するBL小説。
百九十の長身でカナヅチな部員×小柄な名門水泳部エース。パンツが消えるだけあって、コメディなR15です。
おまけの「俺のパンツが跳んだ」を吸収しました。
気弱な暴君~ヤンキー新入社員、憧れの暴走族の元総長にエッチなお仕置きされてます~
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
新入社員である岩崎は、今年から夕暮れ寮に入寮したピンク色の髪が特徴の青年だ。
岩崎はひょんなことから仲良くなった『仏の鮎川』と呼ばれる男を見る度に、何か妙な違和感を抱いていた。
ある時、岩崎は鮎川が、かつて自分が憧れていた暴走族『死者の行列』の総長だと気が付いて、過去を知られたくない鮎川にエッチな口封じをされてしまって――!
元暴走族総長×ピンク髪ヤンキーのちょっとエッチなラブコメディ
夕暮れ寮シリーズ 第四弾。
俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ
雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。
浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。
攻め:浅宮(16)
高校二年生。ビジュアル最強男。
どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。
受け:三倉(16)
高校二年生。平凡。
自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。
一目惚れだけど、本気だから。~クールで無愛想な超絶イケメンモデルが健気な男の子に恋をする話
紗々
BL
中身も何も知らずに顔だけで一目惚れされることにウンザリしている、超絶イケメンファッションモデルの葵。あろうことか、自分が一目惚れで恋に落ちてしまう。相手は健気で無邪気で鈍感な可愛い男の子(会社員)。初対面の最悪な印象を払拭し、この恋を成就させることはできるのか…?!
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる