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十八 嵌ってる
しおりを挟む人間というのは滑稽なもので、一度決めた線引きを緩めてしまうと、いともたやすくその線引きを失くしてしまう。俺と栗原の間には、明確な線がどこかにあって、その境界線は簡単に踏み越えられるものではなかったはずなんだ。
そう。そのはずだったのに。
一緒に部屋に居る時に無言が多いのは、俺も栗原も大抵は漫画に没頭しているからだ。それでも無言が気まずくないのは、互いにそれなりに理解があって、無言でも大丈夫という空気があるからに違いない。
今日も俺の部屋で、おすすめしたBLのシリーズ物をベッドに寄り掛かって読んでいた栗原の横で、俺は本棚に寄り掛かって漫画を読みふけっていた。最近の俺たちはこうやって過ごすことが多い。完全なるインドア人間二人である。ついでに言えば、栗原はだいぶこちらの世界に浸っていて、腐男子というほどでもないけれど、物語としてのBLの面白さを堪能する人間になっていた。
「せっかくの休日なんだから、どこかに遊びに行けばいいのに」
と、つい漏らしてしまうと、栗原は本から顔を上げずに答えた。
「じゃあ先輩どこか行きましょうよ」
「面倒くさい」
完全な出不精である。目的があれば遠出も苦ではないが、目的がないと途端に部屋と同化する。それが生粋のオタクというものだ。だからと言って栗原まで一緒になって引きこもるのは少し不健康な気がする。
「他のみんなとは遊びに行かないの? ほら、須藤とか」
「須藤たちもなんやかんや、寮にばっかりいますけどね。うちの寮、居心地が良いから独身者が多いんじゃないですか?」
「独身寮としては正しくないな」
独身寮とは本来、独身者で居させるためのものではないのである。会社としては婚活でもしてさっさと寮から出て行って欲しいと言うのが本音ではないだろうか? とはいえ、俺も人のことは言えないおひとり様である。当分、退寮の予定はない。
「このキャラ、先輩好きそう」
クスリと口元に笑いを浮かべて栗原が笑う。横から顔を近づけて覗き込むと、主人公と攻めキャラの当て馬として登場したキャラクターだった。いかにもイケメン、という風情の男子で、ご指摘の通り俺が大好物のタイプである。
「あー、うん。そうそう。その子好きなんだよね。外伝とかでくっつかないかなー」
「そういうのって、あるあるなんですか?」
「BLだと割とある気がするけど」
サイドカップリングの話は読者にとって好き好きだが、俺は別に嫌いじゃない。メインカップルがおざなりなのは嫌だが、ちゃんとメインカップルも片付いてくれていれば何の問題もないと思う派だ。
栗原はページを捲りながら、「このシーンが」とか「ここの表情とセリフが」とか、俺が喜びそうな話題を提供してくれる。俺も雑談に乗るのは好きだし、BL話が出来る相手は寮には栗原くらいだから、当然大歓迎だ。そんな風に話していると、大抵、不意に無言が訪れるタイミングがあって、その無言が気まずいわけではないけれど、その空気にドキドキと心臓が鳴ってしまう。
栗原は今、何を考えているんだろうか。そんな風に思うようになってしまったのは、そんなタイミングで、栗原の雰囲気が微細に変化するのを知っているからだ。
何も起こらず、また雑談や読書に戻ることもある。けど、たまにそういう時があって、そんな時、俺もまた同じように微細に空気を変えてしまっているのだろう。
こんな風に。
「……先輩」
声音に、ドキリと心臓が跳ねた。栗原はそれ以上どうしようとか、どうしたいとか言う訳でなく、ただ手を伸ばしてくる。耳元に唇を寄せ、熱っぽい声で名前を呼んで、それから俺の様子を探るのだ。手の甲をそっと重ね、体温の熱さを確かめるようにして触れながら、ゆっくりと腕に、肘に指先を伸ばしていく。
俺が何も言わないと、それは了解の合図で、そこからは貪るように下着の中に手を伸ばし、互いのモノを弄り始める。部屋の中は衣擦れの音と、吐息。時々名前を呼ぶ声が聞こえるばかりで、あとは何もない。最初はあんなに抵抗があったのに、栗原の手の気持ち良さが、自分の名前を呼ぶ声が、心地よ過ぎて、麻薬のように止められないでいる。
俺の常識の中では普通のことではないのに、普通でないからこそ興奮して、止めがたくて。
要するに俺は。
(嵌ってる……)
この行為に、栗原に、どっぷりと嵌ってしまっているのだ。
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